10 彼が笑ってくれればそれで十分で(前編)
おとうさん。
いつもはすごく優しいの。
本をたくさん読んでくれるし。
髪だって優しくとかしてくれる。
おとうさんの作るホットケーキはふわふわだし。
シロップだってたっぷりかけてくれる。
……だけど。おかあさん、帰ってこなくて。
お仕事も。
おとうさん、なにも悪くないのに。
悪く、なかったのに。
……なのに。
揺れる車内で女の子が懸命な声で訴えた。
なにが、悪かったのかな。
どうすればよかったのかな。
あたしが、悪いのかな。
……あたし、どうすればいいのかな。
「お父さん、好き?」
「……うん」
そっか、とつぶやく。
あなたは悪くないよ、なんて無責任なこと、いえない。
がんばれなんて、もっといえない。
この子と父親のふたりの暮らしはまだまだ続く。その場しのぎの言葉なんてかけられない。
──彼だったらなんていうかしら。
わたしは前を見たまま口を開く。
「あのね──。つらかったら、お父さんに悪いとか思わないで、ちゃんと誰かに頼るのよ」
女の子の顔が険しくなる。だって、と口を開きそう。
その前にわたしは続ける。
「それがお父さんのためでもあるって、わたしは思うから」
「おとうさんの?」
わたしはうなずく。
娘が我慢していたら、これ以上がんばれないくらい追い詰められていても、父親はもっともっとがんばらなくてはいけなくなる。
たぶん、それくらいは子ども思いの父親だったみたいだし。
「──おにいちゃんみたいに?」
「え」
「おにいちゃん、すごく強かった。だけど、おとうさんが」
女の子はつらそうに唇をかむ。
「だからおにいちゃんは、おねえちゃんを呼んだんでしょう? 大好きなおねえちゃんなら、きっとなんとかしてくれるからって」
「大好きかどうかはわかんないけどね」
苦笑すると女の子が身を乗り出した。
「大好きだよ」
「そうかなあ」
「そうじゃなければ頼めないよ」
女の子はさらに言葉を強める。
「こわくて、頼めない」
叫ぶような声。返事ができない。
……泣きそうになる。
会ったばかりの女の子が、こんなふうにいってくれることに。
それから。
たった6歳くらいで、どんな人に頼めばいいのか、わかることに。
アラームの音が強くなる。
火災竜巻が接近していた。火の粉も接近しているのか、燃えている木々の合間から見える空が真っ黒だ。
しかもあれ、彼によるとただ黒いだけじゃなくて、ものすごい熱風をはらんでいるらしくて。
あんなのに襲われたらさすがに──。
「バウンドする。しっかり歯を食いしばっていて。舌をかむわよ」
いい捨ててアクセルをさらに踏んだ。
一番近い市街地。そこをまっしぐらに目指す。
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