01 アップルパイの約束☆(前編)
ねえ、と彼女が肘で小突いた。
「アップルパイ、作ったことある?」
作ったこと? 食べたことじゃなくて? 怪訝に思って彼女を見ると、彼女はキラキラとした瞳でうなずいた。
聞き間違えじゃないのか。なら。
「ないなあ」
「わたしも」
だったら、と声が重なった。
「一緒に作ろうか」
──それが先週交わした、片思い相手の彼女との約束だ。
*
アップルパイの材料っていえば。
リンゴにバターにシナモンでしょ。
砂糖はブラウンシュガーかな。
レーズンも入れたいな。
玉子と薄力粉はいうまでもないし。
それからそれから。
──それなのに。
おれは吠える。
「おじさん、なにやってんのおっ」
モニターには火炎放射器を振り回すゴツイ身体つきの六十男が映っていた。
ただでさえ世界中のそこかしこで盛大に森林が燃えている真っ最中だ。
だからこそおれはこうして上空から必死で地元消防隊ができないほどの大規模な消火措置をしているっていうのに。
男は燃えている木々を、さらに燃やしているわけで。
「……ひょっとして消防の人? 消防車が入りやすいように燃やしているとか?」
モニターを拡大表示する。男のススに汚れたシャツからネクタイが見えた。
消防士ではなさそうだ。
しかも。
この男だけじゃなかった。さっきも同じような男がいた。その前には初老に近い中年女だ。
パニックになったのかな、迷惑だな、くらいにしか思わなかったけど。
こう重なると話は別だ。
「くっそおっ」
手早く担当地域へ消火剤を投下して、目の端でその効果を確かめつつ、この小型ジェット機を待機できる場所とかあれとかこれとかを検索する。
なんとか地上に降りてオフロード仕様のデカい車、いわゆるSUV、たとえるならランドクルーザーの荷室がやたらデカいヤツをちょっと失敬して走らせたところで、左耳に装着した業務用携帯電話から怒鳴り声が響いた。
『お前はなにをやっとんじゃあっ』
本社の営業管理部長であった。
『地上に降りるなや。次の森林火災現場へ飛べや。仕事しろや』
だって、とアクセルを踏みながらおれも怒鳴り返す。
「放置できないでしょ。こんな狭いエリアで立て続けに火炎放射器男がいるんだよ。男だけじゃなくて火炎放射器女もだよ」
『お前は警察官でも消防士でもないだろうが』
「そうだけど」
『そいつらだけじゃないっつっとんじゃ。いちいち関わっていたらきりがない』
そいつらだけじゃない?
「なにそれ。聞いてない」
……あー、と部長の声が弱くなる。いわなくてもいいことを口走ったらしい。
つまり、とおれは畳みかける。
「こいつらだけじゃなくてさ。世界中に、この大規模森林火災に便乗して火炎放射器を振り回しているやつらがいるってこと?」
……あー、とさらに部長の声が弱くなる。冗談じゃない、とおれは語気を強める。
「おれたちが不眠不休で措置してもぜんぜん森林火災がおさまらない原因ってそれ?」
『そうじゃない。そいつらはただの便乗だ』
「だとしたらなおのこと止めなくちゃでしょ」
『どうしてそうなる。他人の仕事に手を出すなや』
「だって」
『さっさと次の現場へいけや。ウチの仕事こそ消防には手が回らない作業だって自覚はないのか?』
「地元警察や消防にあの人たちを捕獲する余裕なんてないでしょ」
ことは一刻を争うのだ。
森にとっても、火炎放射器男女にとっても。
ちくしょう、と吐き捨て強引に通話を切ろうとしたとき、部長が押し殺したような声で続けた。
『殺すなよ』
一拍間をおいて「わかってる」と小さくうなずく。
広告の下の☆☆☆☆☆ボタンから応援をお待ちしています☆彡