ワンダーランド 招待
カチコチカチコチと、時計の秒針が動いていく音が聞こえる。
「ここは・・・・?」
いつの間にか見たことも聞いたこともない場所にいた。
床はゴシック調のモノトーンのタイルが敷き詰められており、所々にウサギやクマなどのぬいぐるみが散らばっていたり、巨大な絵画が浮いていたりする。字面だけで見ればなかなかファンシーな空間の様だが、落ちているぬいぐるみは血で汚れた鉈や矛を手にしていたり、絵画もよくよく見ればずいぶんグロテスクな物が描かれている。おまけに全てが歪に歪んで見え、長時間いれば気が狂いそうだ。
クスクス
「!?誰かいるのか!?」
突然の少女の笑い声に驚き、後ろを振り返るが誰もいない。いや、見えずらいがいる、のか?よくよく目を凝らせば、華奢な少女のシルエットが見えなくもない。
「貴方、面白いわね♪いつか逢えたら嬉しいわ♪」
「は?」
今度は声が後ろから聞こえる。どうなっているんだ?また後ろを振り向くとそこには
「へ?」
巨大な肉食の獣を思わせる咢が眼前に広がっていた。
バグン!!
チュンチュン
「おわぁ!?・・・・・夢・・・?」
朝か。賑やかな小鳥の囀りで、俺は目を覚ました。なんか変な夢を見た気がするが、思い出すことはなかった。
大きく伸びをし、朝食を用意しながら今日の予定について考えてみる。
えっと、昨日作った触媒の試運転をしときたいのと、買い物、は今度でいいか。ああ、それと今日はアイツからの依頼があったな。
もぐもぐとサンドイッチを咀嚼しながら予定を立てていく。
「っふう、んじゃ行くか」
食後のコーヒーを飲み終え、身支度を一通り済ませた時には、約束の刻限が迫っていた。
俺がやってきたのは、自宅から徒歩で15分位のところにある小さな教会だ。
そのずっしりと重厚な扉を開くと、目当ての人物は丁度、神への祈りを捧げている最中だった。邪魔しても悪いので、静かに中へ入り熱心に祈る彼女を静観するとしよう。
彼女の名はリリス。美しい銀髪が特徴でスレンダーな体躯を質素な修道服に身を包んだ、見ての通り聖職者である。彼女の事をボーっと眺めていると、いつの間にかこちらに気づいた様でゆっくりと近寄ってきた。
「おはようございます、ラクス。元気そうで何よりです」
「おはよ、そっちこそ元気そうで安心したよ」
彼女とはもう長い付き合いで、この町では珍しく魔術師にも理解を示してくれている。
「では準備してくるからちょっとだけ待っていてね」
「へいへい」
リリスの準備って結構時間掛かるからな・・・・。ちなみに彼女は聖職者だが、今回の依頼には彼女も同行する。今回、というより教会関連の依頼には大体付いてくる。まぁ戦力的には申し分ないどころか神への信仰を力に変える教会式奇跡と熟練のメイス捌きによって近接戦闘では多分俺より強いので助かると言えば助かるのだが。
さて、リリスの準備が終わるまで暇だし、刻印の確認でもしておくか。刻印というのは、触媒を用いて発動する魔術とは違い、予め体に刻んだ刻印によって発動させる魔術の事だ。現在俺は魔力感知と視力強化で左目、魔力障壁の左手の甲、新体装甲に右手の薬指に刻印を刻んでいる。それぞれ、稲妻型に魔方陣型、それと竜型の刻印だ。一番気合入れて刻印を刻んだのは左目だ。だって凄い便利なんだもん。それぞれの刻印に魔力を流してみる
うん、異常なし。そうこうしている内に教会の奥からリリスが出てきた。どうやら準備ができた様だ。リリスは黒を基調とした戦闘用のスーツを着用しており、相変わらず聖職者がそんなんでいいのかと突っ込みたくなってしまう露出具合だ。本人曰く動きやすいし、もう慣れたとのことだ。という訳で、俺とリリスは依頼にあった、町からほど近い森へと向かった。
「で、今回の目的は魔物化してしまった害獣の駆除ってことでいいんだな?」
魔物というのは、異形に変異した魔法使いなどから浴びせられる魔力によって変異してしまう動植物達のことである。ダンジョンなども魔力を常に放っている為魔物に変異しやすい。
「ええ、それと魔物化の原因もまだ判明してないから気を付けましょう。最悪異形化した、魔法使いと遭遇するかもしれないから」
「それもそうだな」
俺たちは慎重に進んでいく。
「妙ですね」
「ああ、報告よりも魔物の数が少なすぎる」
依頼には確か、多数の魔物による被害とあった筈だ。そもそも教会にも戦士はいるので大体なら自前の戦力で何とかなるはずだ。したがって教会関連の依頼は全体的に厄介な依頼が多いのだが、しかし今のところ低級の魔物に2,3回それも単体で遭遇しただけだ。なにかあったのだろうか。
カチコチカチ
「!?」
「? どうかした?」
「いや・・・・・・」
何だ、今の・・・・?まるで時計の秒針の様な・・・・・・。
カチ、コチ、カチ・・・・・・・・
やはり、聞こえる。どうやら聞き間違いではないようだ。それにしても、何所かで聞いたような音だ。
「何かいますね、ほらあそこ」
ふと、何かに気づいた様子のリリスが歩みを止め、前方を指さす。
「うん?ウサギ、か?」
前方に目を凝らしてみると、何かいるのが分かる。柔らかそうな毛皮に覆われたその体躯は遠目からみると、ウサギの様に見えた。尤も、古風な執事服に身を包み、物凄くよく斬れそうな大鎌を携えているのが普通だとしたら、だが。
「魔物が少ないのは奴のせいかな。慎重に行こう」
「わかりました」
幸い、向こうはこちらに気づいていない。先手必勝だ。空間系の魔道具になっている左のポケットに手を突っこみ、真っ白な真珠のネックレスを握り締める。
「閃光よ、駆けろ」
詠唱によって生み出された小さな無数の白い光が、ウサギへと向けられた右手の指をパチンとはじいた瞬間、鋭い光の矢となって放たれた。
「Gi!?」
全弾命中。
「いくぞ!前衛頼んだ!」
「は、い?」
「は?」
俺とリリスは一気に飛び出し、眼前に広がる獣の咢に間抜けな声を上げるしかなかった。
バグン!!!
「あ?」
気が付くと俺たちは妙な空間にいた。何故か見覚えのある、ゴシック調のタイルに夥しい人形たち。
「なんです、ここ。まるでお伽噺に出てくるワンダーランドみたいですが。ダンジョンですかね」
「夢で、見た・・・・・・?」
「夢?そんなことより気を付けてくださいね、いますよいっぱい。」
「ああ、分かってる」
先ほどから不自然なほどたくさんある人形たちが、いつの間にか肥大化している。
ズズ、ドチャ
「・・・・なんだか分らんがコイツら先にどうにかしよう。」
「そうね」
触媒を掴むために俺は左のポケットに手を突っ込み、隣ではリリスがメイスを握りなおした。鉈やら槍やらを装備した動物の人形が6体、とっとと片付けよう。
「はああああ!」
ドゴッ!とリリスのメイスが飛びかかってきた鶏の人形を叩き落して地面に叩きつけた。
負けじとおれもポケットに突っ込んだ左手で、精巧なガラス細工を掴み取る。
「晶刃よ、透き通れ」
左手の中でガラス細工が砕け散ると共にリリスに忍び寄っていたトカゲの人形の腹から鋭利なガラスの剣が生えた。そのまま崩れ落ちる人形が手にしていた槍を奪い取り眼前に迫っていた豹の人形の口内にぶち込む。これで半分か。いや、よく見ると向こうでリリスが二体目の豹の人形を叩き潰していたのであと二体だ。4体がやられ、流石に慎重になったのか、残りの人形たちはこちらの様子を伺っている。ふむ、纏まっているのは好都合だ。
ポケットから大ぶりな木の根を取り出す。
「絡み付け。縛樹」
持っていた根がいきなり蛇のように蠢きだしたかと思うと、人形たちの背後から絡みついて動きを封じる。
「いまだやっちまえ!!」
「どっせえええええい!」
と、少々男よりも漢な掛け声と共にリリスはメイスをフルスイングした。
ゴシャッ
わぁ、恐ろしい威力だ。リリスを怒らせるのは止めようと思った。