81鱗目:捕獲作戦、龍娘
「…………すずやんどうかしたん?元気無いみたいやけど」
「ふへ!?げ、元気?あー元気ね!僕は元気はいっぱいだよ?ほら、元気元気ー!」
9通目のラブレターから数日後の帰り道、僕は唐突にとらちゃんにそう言われ、驚きつつも元気である事をアピールしようと翼を大きく動かしてみる。
「いやいやいや!明らかに元気ないやん!尻尾だるーんなっとるし!何かあったん?」
「あー……んーとねー…………」
油断してた…………んー、これはとらちゃんに言うべきかどうか……きっととらちゃんの事だから全力で解決に乗り出してれるだろうけど…………
そこまで考えて僕がチラリととらちゃんの後ろに居るさーちゃんに目をやると、さーちゃんは喋るべきではないと言わんばかりに首を振る。
やっぱり巻き込むべきじゃないよね。
「昨日ちょっと見たいテレビ見そこねちゃってさ」
「ホンマにー?まぁ、それは仕方ないな、ドンマイやすずやん!元気だし!」
「うん、ありがととらちゃん」
「どういたしまして!さて、それじゃあここまでやね。ほな2人ともまた明日ー」
「はーい」
「バイバーイ」
さて、とらちゃんも見えなくなったし…………
「…………これで良かったよね?」
「えぇ、これで良かったはずよ」
手をひらひらと振りとらちゃんと別れた後、僕はさーちゃんにそう訪ね、返事を聞くとぺちぺちと自分の頬を叩く。
「全く、こんな時に隆継はどこで何してるのかしらねぇ……」
「ゲームセンター行ってそう」
「まぁあいつの事だし、居るとしたらそんな所よね」
ーーーーーーーーーー
「ハァックション!あぁー……」
「風邪か?季節の変わり目だから注意しろよ」
「いや、これはどこかで美少女が俺の噂をしてるに違いないぞ龍清」
「頭の病気か?」
「うるせぇ、そんなとことよりもうワンゲームだ。次こそ負けねぇ」
「はいよ」
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「どこかで誰かがくしゃみをした気がした」
「……大丈夫?疲れてない?まぁそれは置いといて、とりあえず今はどう?」
「失礼な……こほん、えっと今はねー…………」
さーちゃんにそう聞かれ僕が軽く目だけで辺りを見回して見ると、先程まで感じていた嫌な視線を今は感じる事が出来なかった。
「いなさそう」
「それは良かったわ、それにしてもまさかここまでとはね」
「正直、つらい」
「よしよし」
翼や尻尾を垂れ下げてしまっている僕はさーちゃんに頭を撫でられて、思わずすりすりと手に頭を押し付けるようにしてしまう。
一体なにがあってこんなに気弱になっているのかというと、それはあの9通目のラブレターを貰った翌日へと遡る。
あの日、いつものように学校へ行き、授業を終えた僕がたまたま1人で帰っている時、変な視線を感じ振り返るとそこには誰もいなかったのだ。
それがここ数日に渡り続いている事で、ただ見られる事には慣れた僕も隠れて見られるのは気持ち悪く、ここまで弱っているのである。
「空から見ようとしても街中だから飛べないし、町から出るともう追って来てないし…………なんか女の人の苦労がまたひとつ分かった気がする」
「女の苦労に関しては多分違うような気もするけど、少なくともストーカーは看過できないのは確かね。今千紗さん達が何とかしてるのよね?」
「うん、これ以上何かあったなら直ぐに、これ以上何も無くてももう時間の問題だって。金城さんももう少し怪しいと思うレベルを浅くしてみるとか」
というかこの話をした時の金城さんとちー姉ちゃんの顔が怖かった、あれはやばい、うん。
「それは良かったわ。アタシだって元気な鈴がいいもの、今の鈴も鈴で可愛いけど」
む、ニヤニヤしちゃって……
「じゃあ可愛い僕に免じて空飛んで帰っていい?」
それならつけられることも無いし。
「高いの苦手だから勘弁してちょうだい」
「えー、どうしよっかなー」
「明日学校のプリン買ってあげるから許して?」
「仕方ないなぁ」
学校プリンだからね!仕方ないよね!あれすっごく美味しいもん!
「ちょろ鈴……」
「何か言った?」
「うんん、何も言ってないわよー」
そんなやり取りをしながら、僕は少しの不安と共にさーちゃんと一緒に家へと帰って行くのだった。
「それじゃあ鈴ちゃん、怖いだろうけどお願いね?」
「ん、分かった。がんばる」
「私の弟子に手を出した事、後悔させてやるわ〜」
「金城さん、うちの鈴ちゃんに手を出したんです。後で私の方にも回してくださいね?」
「もちろんOKよー」
怖いっ!この人達怖いんだけど!というか追われてはいたけど手は出されてないからね?!
昼休みの校長室、校長先生の許可の元この場に来た僕は、同じくこの後の作戦の為に来たちー姉ちゃんと金城さんの恐ろしい雰囲気に、横に居る校長先生と一緒に青ざめた顔で震えていた。
「と、とりあえず!これは我が校としても、我が校の生徒である天霧さんがそのような事に巻き込まれているのは看過できません。全力でお手伝いさせていただきます」
「御協力感謝しますわ校長先生。それでは」
「はい、作戦通りに」
「鈴ちゃん、がんばってね。絶対成功させるから」
「ん、頑張る」
えらいえらいとちー姉ちゃんに頭を撫でられ、僕は作戦開始というようにして2人が出た後、校長先生と一緒に校長室を出ていったのだった。
そう、僕達はこれからここ数日僕を悩ませているストーカーをとっ捕まえる作戦を行うのだ。
やる事は簡単、金城さんの部下と日医会の僕と仲良くしてくれてた人達、そして手の空いている先生達によりストーカーを予定のポイントで捕まえるのだ。
でもまさか、三浦先生がそんな根回しが出来るほどだとは思わなかったなぁ……
「でもまぁ、ストーカーがこの学校の生徒じゃなくてよかったです」
「えぇ本当に、まぁ流石に天霧さん自身にフラれたから大丈夫でしょうが……ラブレター9通はやりすぎですし、注意はしておきます」
それは本当に助かる、もうラブレターは懲り懲りだ。
そう、この案件に乗り出す前に第1犯人候補として上がったラブレターの送り主と僕は、昨日先生が陰ながら見張っている状態で会った。
そして告白を断った上で聞いた所、ラブレターの送り主はここ数日僕を付け回しているストーカー本人ではない事が分かった。
ちなみに、告白された僕は嬉しいと感じる所か、ドキドキのドの1画目すら出てこなかったのは、本当に申し訳ないと思っている。
「でもこれで誰がストーカーかやっと分かりますね」
「おぉ、校長先生もやる気ですね」
少し意外。
「当然です。我が校の生徒である内はそんな不埒な輩に手は出させません。だからこそ、囮のような役をさせてしまい、本当に申し訳ない」
「いえ、気にしないでください。それに────」
「今日でこれも終わりですから」
そう言うと僕は、また青ざめていく校長先生を横に、金城さんやちー姉ちゃにも負けない程威圧感に満ちた雰囲気を笑顔のまま放つのだった。
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さて、それじゃあいっちょ。
「ゆったりのんびり帰りましょうかね」
勿論、餌になる為だけどね。
放課後になりいよいよ帰る事になった僕は、そう言うと教室を出てとらちゃんに捕まる前に早歩きで靴箱へと向かう。
ちなみに隆継とさーちゃんには作戦を実行すると伝えている為、今日は別々に帰ることになっている。
よし、このまままずはとらちゃんと会うことなく靴箱まで行かなければ──────────
「あ!すずやんナイスタイミング!一緒に帰ろー!」
「うそーん」
今日に限ってそんなジャストタイミングで階段で鉢合わせする?
「うそーんって……もしかして嫌だった?」
「へっ?!あっ、いやっ!そんな事は─────」
「ごめんなすずやん、ウチ仲良くしたくてやってたんやけど…………迷惑やった?」
うっ!そんな捨てられた子犬みたいな可愛い目で……!
「迷惑じゃないよ!迷惑じゃないけど、ちょっと今日は間が悪いかなぁーなんて」
「でもレンガ広場に行くんやろ?」
「う、うん」
一体どこで聞いたんだろう……
「じゃあそこまで一緒にいこっ!ウチもちょっとレンガ広場に用事あるし!」
「いや、でも今日はちょっと……」
「ほら!いこいこ!」
「あぁぁぁあ!分かった!分かったからぁー!」
そう言うととらちゃんはグイッと僕の手を引っ張り、問答無用で一緒に行こうとする。
そして手を引っ張られた僕はバランスを崩しかけながらも、そう言ってとらちゃんについて行く。
まぁ万が一何かあっても金城さんとかちー姉ちゃん達もいるし、多分大丈夫でしょ。それに───────
「今日はねー、クレープ屋さんが来てるって話があってなー?」
こんなに可愛い笑顔をしょんぼりさせたくないからね。
「すずやん?」
「ん、なんでもない。クレープ楽しみだね!」
「やろ!?そうと決まれば善は猛ダッシュや!」
「おー!ところで…………クレープってなに?」
「そこからかっ!全くすずやんはもー」
「あはははは……ごめんねー?」
そうして僕達は仲良く一緒にレンガ広場へと向かうのだった。
「ん〜♪」
あま〜い!美味し〜!柔らかくてもちもちしてて、ん〜〜もう最高!
「おぉ、すずやんの尻尾と翼が荒ぶっとる…………そんなに気に入ったん?」
「うん!ねぇねぇ、もう1個食べていい!?」
「すずやん可愛ええなぁ……ウチはここで待っとくから遠慮せず買ってきてええでー」
「やった!とらちゃんありがとー!」
学校を出て真っ直ぐレンガ広場近くまで来た僕は目を輝かせながらとらちゃんにそう言うと、もう一度先程クレープを買った屋台へと向かう。
そして今度はイチゴのクレープを買って戻ってくる。
「そういやすずやん、クレープ食べるのもええんやけど」
「んむ?」
何かな?
「何か用事あるって言ってなかった?」
「んっ!」
やばいっ!忘れてた!えーっとスマホスマホ……
「あった!」
とらちゃんに言われ慌ててバックから僕が取り出したスマホには、案の定ちー姉ちゃんからメッセージがいくつも来ていた。
うわぁー、めっちゃ早く目的地に迎えって来てるよ……というか最後の「早く来なさい」って絶対金城さんじゃん!メール越しでも威圧感すごい。
「よ、よしっ!いこっかとらちゃん!」
行かないと金城さんにシメられる!
「んお?もう行くん?せめてクレープ食べ終わってからでも──────────」
「んぐんぐ…………食べた!」
「はやっ!せっかく買ったんやからもっと味わって食べたらええのに」
味わいたかったけどね!これ以上待たせると多分殺される!
「まぁそれはまた今度という事で……とりあえずほら!いこっ!」
一息でクレープを食べ終えた僕は、そうしてとらちゃんの手を引っ張り、作戦を行う場所へとかけていくのだった。
翼に気持ち悪い視線を感じながら。
ーーーーーーーーーーー
よし、見えてきた。確か打ち合わせだとここの通りの入口に金城さんが────────
「ぶふっ!!」
「うおっ?!すずやんどした!?」
「ごほっごほっ!ごめっ!ちょっと……ぷくくっ……」
その格好は卑怯だ金城さん……!女児アニメのキャラクターTシャツでサングラスに帽子って…………!普段とキャラが違いすぎてやばい……!
「よ、よしよーし……大丈夫かーすずやーん…………」
「あ、ありがとうとらちゃん……ふぅ、もう大丈夫。ふふっ」
とらちゃんに背中を撫でられながらもなんとか立て直した僕は、仕切り直しも兼ねて翼を大きく1度動かして金城さん達に合図を送る。
そして少し緊張した面持ちでその通りへと入っていく。
「そういやすずやん、今日先生達が皆忙しそうにしてたけど。それとすずやんの用事ってなんか関係あるん?」
「んー……まぁ少しね」
流石とらちゃん、こういう所にさらっと気が付くのは凄いなぁ。
さて、まだちゃんと見られてる感じがするし、通りもそろそろ4分の1くらい歩く訳だし、多分もうそろそろ────────
「あんた、何やってんだ?」
「な、なんだね君は?!ワシはただ買い物に来ていただけだ!」
きたっ!
「とらちゃんちょっとごめんねっ!」
僕はとらちゃんにそう謝ると勢いよく声の聞こえた方へと振り向き、僕をつけていた犯人を逃がすまいと囲いを作っている協力してくれた人達の元へと走る。
「ほう、財布のひとつも持たずにか。それに物陰に隠れてコソコソとしてたじゃあないか。何かやましい事でもあるんじゃないか?」
「はっ!証拠もなくそんな事を、ワシは貴様とは違って上の立場という物に着いているのだ!そう気安く触るなっ!」
なんかこの声どこかで聞いたことがあるような……?いや、そんな事はどうでもいい、今は僕も協力して犯人を取り押さえないと!
「なら俺は教師として生徒を守らなければならない立場だ。さぁ、来てもらおうか」
「ちっ!離せと言っているだろう!」
「離せと言われて離すわけが無いだろう。ほら、こい!」
とりあえずちー姉ちゃんを探さなきゃ、ちー姉ちゃんは……いたっ!
「ちー姉ちゃん犯人は?!」
「鈴ちゃん!そこで今体育の先生と警察の人が………………うそ……!なんでここに!?」
僕が囲っていた人の中から見つけたちー姉ちゃんに犯人を尋ねると、ちー姉ちゃんは犯人の居る場所を指さし、その犯人の姿を見て息を飲む。
そう、ここ数日僕をつけていた犯人は1度僕の逆鱗に触れたあの男。
田上誠一郎だった。




