54鱗目:スマホ!龍娘!
「なんか久しぶりだなぁ。こうやって姫を乗せて運転するのも」
「鈴ちゃん直ぐに夏休みになっちゃったからねー」
「ねー。でも陣内さんがいいなら時間がある時はいつでも来ていいんですからね?」
遊んでくれる人増えるし。
「ははっ、それじゃあ今度お邪魔しようかな。そして目的地に到着だ。車停めたら後ろ開けるから少し待っててくれよ」
久々の陣内さんが運転する車、と言っても今日は大型トラックではなくワゴン車だが、それの荷台に僕は乗せて貰い今日は千紗お姉ちゃんと一緒に買い物へと来ていた。
「それじゃあ俺は休憩コーナー的な場所で待ってるから、どんなの買ったか後で見せてくれよ」
「はい!陣内さんありがとうございました!」
「それじゃあ陣内くんまた後でよろしくね」
そう言って近くにあるカフェへと向かう陣内さんを手を振って見送り、僕は千紗お姉ちゃんへ振り向く。
「それじゃあ、鈴ちゃんに似合うの見つけなきゃね!」
「うん!」
笑顔で千紗お姉ちゃんにそう言われ、僕は尻尾を振りながら元気よく返事をすると、今日の目的である僕のスマホを買いに向かうのだった。
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スマホが沢山ある…………しかもこれが全部数万円くらい……ひえぇぇぇ………………
「ですから龍娘さん……いえ、妹様にはこのタイプがいいかと、それに最新式ですし」
「なるほど、鈴ちゃんはどう?これなんだけど?」
「うぇ?!なっ、なにっ!?」
というか妹様って僕の事!?
僕の身長よりほんの少し低いくらいの机の上に乗せられた沢山のスマホに戦々恐々していた僕は、話を振られてビクッとなりながら千紗お姉ちゃんの方へ振り向く。
「これなんだけどね、鈴ちゃんなら大きさこれくらいがいいかなぁって」
「どれどれー」
僕はそう言うと、千紗お姉ちゃんが掌の上に置いてくれたちょっと小さめのスマホを見やすい場所まで持ってきて、掌に乗せたままちょいちょいと指で突っつく。
「い、いいんじゃない?」
「いいんじゃないって………乗せて突っついただけでしょ鈴ちゃん。ちゃんとこうぎゅって持たないと!」
スマホを突っついてた僕に千紗お姉ちゃんがスマホの持ち方を見せてくれるが、家を出る前に隆継にスマホは壊れやすいと教えてもらっていた僕は……
「スマホって壊れやすいって聞いたよ?だからそんな風に僕が持ったら壊しちゃうと思うよ?」
そう隆継が言ってたもん!
そう言いながら「知ってるよ?」という顔で僕が2人を見ると、それを見た店員さんと千紗お姉ちゃんは顔を見合わせ、ぷッと吹き出してくすくすと笑い始める。
「ど、どしたの?僕……何かおかしいこと言った?」
「おかしいも何も……ふふっ!」
「そんなちょっと握りしめたくらいでスマホは壊れませんよ」
「ほ、ほんとに?」
店員さんがそう言うなら……でも隆継は壊れやすいって……
そう言う店員さんに大丈夫と言わんばかりに頭を撫でられた僕は、まだ少し不安で千紗お姉ちゃんの方を向く。
「そうよ鈴ちゃん。隆継くんにでも吹き込まれてたんでしょうけど、鈴ちゃんが全力で握りしめたりしない限り壊れたりしないわ。それに……」
「それに?」
「お箸よりかは遥かに丈夫よ」
ニコッと笑いながらそう千紗お姉ちゃんが言ってくれる。
それを聞いた僕はそれならと掌に乗せていたスマホを恐る恐ると両手で持つ、するとスマホはペキッと音を立てて壊れる……
なんてことは無く、僕の小さい掌にちょうど収まるようにスマホはしっかりとそこにあった。
おぉぉぉぉ……!ちゃんと壊れない!
「鈴ちゃん横のボタン押してみて」
「これ?」
「そうそう」
「ポチッ……と、おぉお!着いた!画面着いたよ!千紗お姉ちゃん!」
「そうね〜」
凄い!!ここを押せば画面着くのか!はいてくだぁ!
「ほはぁー!」
尻尾の先をピコピコと動かしながら僕は感動と興奮の余り、目をキラキラさせて何度も画面を点けたり消したりして見ていた。
「「やばい、かわいい」」
「2人とも何か言った?」
なんかぼそっと聞こえた気がしたけど……
「何も言ってないわよ〜。それで鈴ちゃんどうする?それにする?」
「んー…………」
ちょうど掌に収まるから……大きさはこれでよし、デザインも端っこが丸っこくなってて悪くない……うん。
「これがいい!」
僕はひとつ頷くと両手で持っていたスマホを千紗お姉ちゃんへと渡す、すると千紗お姉ちゃんは満足そうにひとつ頷くと、店員さんにこれをと言ってそのスマホを渡す。
これで僕もとうとうスマホデビューか………なんか感慨深いなぁ…………ん?さっき……千紗お姉ちゃん店員さんにこれをって…………
うむうむと頷いていた僕はさっき渡されていたスマホの色が確かピンクだった事を思い出し……
このままじゃ初スマホがピンクになってしまう!
「いっ!色は!色はせめて水色に!」
パタパタと歩いていく店員さんを僕は慌てて追いかけるのであった。
「よかったなぁ姫」
「うん!はぁー…………にゃんこう可愛い……」
「そっちなのね……」
あの後水色のスマホを買って貰った僕は、その後合わせてケースとストラップを買って貰ったのだが、そのストラップに例のにゃんこうがあったのだ。
「鈴ちゃんそのキャラ本当に好きね……」
「知らぬ間に姫が意外なのにハマってたなぁ……」
「えへへ〜」
「さっ、家に着いたぞーっと」
陣内さんにそう言われ、お店に行った時と同じように僕は後ろを開けてもらい車を降りる。
「それじゃあ鈴ちゃん、私は洗濯物取り入れてくるね」
「うん、お願い。ただいまーっと……ん?」
これから用事があると帰る陣内さんを僕達は見送った後、洗濯物を取りに行った千紗お姉ちゃんと僕は玄関前で別れる。
そして僕が玄関へと入ると、そこには綺麗に揃えられた黒革の靴が2足あった。
黒革の靴……?
さーちゃんも隆継もそんなの持ってないはずだし……三浦先生でも来てるのかな?
僕はそう考え三浦先生は客間にでも居ると思い、先にお茶でも出そうかなとリビングへと向かう。
そして僕がリビングの扉を開けるとそこには三浦先生ともう1人、とても上品な大人の女性が居た。
そしてその女性を見た僕は────
「あら、気が付かれるなんて。あの時姿は見られてないはずだけど……流石は龍の本能とでも言うべきかしら?」
開けたままのドアからバックステップで廊下へと飛び出し、その女性への言い様のない恐怖から警戒心と敵意を全開にしていた。
「ダレ……!」
「さぁ、誰でしょうか」
あの時……?いや、今はそれよりも、この人には気を許しちゃダメな気がする…………!
「金城先輩、鈴香をからかうのはやめてやってください。それと鈴香も、撃たれたんだから警戒するのは分かるがこの人は敵じゃない、だから警戒を解いてくれ」
三浦先生がそういうなら……って。
「撃たれたぁ?!」
サラッと三浦先生の言葉に紛れ込んでいたとんでもない単語に僕は目を丸くする。
「話してなかったか。ほら、前に鈴香1度暴走した事あっただろう?」
「う、うん……」
その時の記憶は全然ないけど……
「あの時お前を眠らせる為に麻酔銃を打ち込んだのがこの人、日医会の警備の統括でもある金城先輩だ」
「なるほど」
そうだったのか……僕はてっきりあの男の傭兵か何かかと…………いや撃たれた事には変わりないんだけど。
警戒の余り翼まで広げて尻尾を立てていた僕は、とりあえず敵ではないと三浦先生に教えて貰い、翼を畳んでホッと胸を撫で下ろす。
「それで三浦先生、その警備の統括さんがなんでここに?」
「それはだな。この間の誘拐騒ぎで鈴香の馬鹿力が世間にバレた事だろう?それで今後、鈴香が狙われる事が増えると予想してな」
それってもしかして……
「もう分かったみたいだな。そう、鈴香さえ良ければ金城先輩に訓練してもらおうと思ってな。どうだ?」
三浦先生の言葉を聞いてもしかしてと思った僕に三浦先生は1つ頷くと、僕が予想した通りのことを聞いてきた。
そしてその言葉を聞いた僕は即答こそしなかったものの、この間の飛行実験で落ちた時、そして誘拐されかけた時の千紗お姉ちゃんのあの顔が僕の頭をよぎる。
うん。いつまでも千紗お姉ちゃんに心配かけたくない……その為には自分の身は自分で守れなきゃ…………
そして僕は千紗お姉ちゃんの為ならばと、真剣な顔で金城と呼ばれた人を見る。
「お願いします。僕を鍛えてください!」
僕はそう言うと深く、とても深く頭を下げた。
僕の大切な人の笑顔を守るために。
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「はい、ここまでよ。10分休憩を挟んでまた再開するからね」
「はい」
休憩を言い渡された僕は息こそ乱れて無いものの、目元をグシグシと強く擦りながらよろよろと立ち上がり、三浦先生が居る休憩スペースへと歩いていく。
「お疲れ鈴香、どうだ?特訓は」
「やばいです、泣きそうです」
なにあの人!真正面から翼掴まれたと思ったらそのまま後ろに投げ飛ばされたんだけど?!
本当に手も足も出なかったんだけど!
というかあの人人間?
「あの人、あぁ見えて馬鹿力だからなぁ」
馬鹿力ぁ?そんなレベルで済むの?あれ?
三浦先生に渡されたタオルで顔を拭きながら、微塵も気力の残ってない僕は、椅子に座って翼や尻尾をだらーんと垂らしていた。
それくらい手痛く殴られ蹴られと金城さんに僕は一方的にやられていたのだった。
正直、泣きそう。でも……
「やっぱりこっちにも驚きですよ。なんですかここ、家の下にこんな場所あるなんて知りませんでしたよ」
「そりゃ話してなかったからなぁ、シェルターとかそんな感じのイメージで作った場所だし」
僕は三浦先生にそう言うと目の前に広がるだだっ広い真っ白い部屋、三浦先生が言う通りならシェルターを眺める。
僕が頭を下げた後、それを許可した金城さんはいい場所はないかと三浦先生に聞くと、三浦先生は座敷へと僕達を連れていき畳を1枚捲った。
するとそこにはハッチのようなものがあり、そこを進むとこんな場所があったという訳だ。
「それでどうだ?1発入れられそうか?」
「入れるどころか触る事すらできる気がしません」
「はっはっは!まぁそうだろうなぁ」
そうだろうなぁって……
僕はここに連れてこられた後基本的な心構えと動き方を金城さんに教えられたのだが。
一通り教えられた後「この子、面白いわね」と金城さんが呟いたかと思うと、どういう訳か「今から模擬戦ね」と言ってきたのだ。
ちなみに僕の勝利条件はただ1つ、金城さんに少しでも触れれる事だ。
「三浦先生何か作戦とか見てて気になったこととかないですか?」
「そうだなぁ。強いて言うならリーチが足りてないな」
「リーチですか」
「だな、腕の長さが足りずに逃げられたり避けられたりされてるな。後もうひとつ言うなら……」
「言うなら?」
「もっと思いっきり殴りかかれ。相手は金城先輩、戦闘に関してはプロ中のプロ。腰が引けてるようじゃ当たるのも当たらん。
それに鈴香の1発くらいじゃあの人は大怪我はしても死にはしないさ」
「それはいいんでしょうか……」
三浦先生がニヤっと悪い笑みを浮かべながらそういうのを見て、僕はアハハと困ったように笑いながらそう返す。
「金城先輩も「腕1本くらいくれてやるわよ」って言ってた位だし、安心しろ」
腕1本って…………でもリーチか……それなら。
「ちょっと勝ち筋が見えたかもしれません」
「お、それは良かった。さぁ休憩も終わりみたいだ、頑張ってこいよ!」
「はいっ!」
今度こそ1発くらい!
僕は元気よく三浦先生にそう元気よく返事をすると、部屋の真ん中に立つ金城さんの元へと向かうのだった。




