49鱗目:日常、龍娘
「んっ……んんーっ!ふぁぁ……よく寝たぁ……」
昨日の疲れが残っていないスッキリとした気持ちで目覚めた僕は、カーテンを開けて気持ちよさそうに翼を広げ大きく伸びをする。
ちょっと涼んでこようかな。
外の光でうっすらと澄んだ青色に染まっている部屋の中、寒くないようにと僕は上から1枚羽織ってぺたぺたと足音を響かせて玄関へと向かう。
スリッパを履いて外に出た僕は、朝の冷えた空気を吸って翼を大きく1度羽ばたかせるとトンっと地面を蹴り、うっすらと青い明るさの空の中を翼を羽ばたかせて飛ぶ。
うぅぅ……やっぱりちょっと寒い。やめときゃ良かったかも……………
ヒュウウウウと風が鳴る中、家が小さく見える程の高さへ飛び上がった僕が自分の体を抱きながら眼下の町を眺めていると。
「わぁ…………」
灯のほとんど着いていないいつも見ている町とは全く違う静かな町が、朝焼けの黄金色に染められていく様子をみて僕は言い表せない感動を覚え思わず声を上げた。
青みがかった空気は消え去り、柔らかい朝日に包まれだした頃、朝焼けに見とれていた僕はそろそろ戻ろうと地上へ降下を始める。
ん?誰か走ってる……?もしかして……
急降下である程度高度を落とし、翼を広げ滑空していた僕は、地上に見える田んぼ横のあぜ道を見た事のあるような体格の誰かが走っているのが見えた。
それを見た僕は翼を折り畳んでその人が誰か分かるくらいまで更に高度を落とし、その走っている人の顔を確認すると翼を羽ばたかせ、その人の横に着地する。
「隆継おはよ!」
いきなり横に着地され驚いていたその人、隆継に僕は元気よく挨拶をしたのだった。
ーーーーーーーーーー
「いやービビったわ。まじでビビったわ。あーほんとビビったわ」
「ご、ごめんって隆継ー。朝ごはん1品増やしてあげるからー」
「それなら許す」
驚かされて少し怒っている隆継と一緒に家へ帰りながら、僕は隆継の前で器用に後ろ歩きをしながらそう言って両手を合わせて謝っていた。
それにしても筋トレしてたのは知ってたけど、ランニングまでしてるなんて知らなかったよ。
こんな朝早くから隆継も凄いなぁ。
そう、丁度僕が隆継と合流した時隆継はランニング帰りだったのだ。
詳しく聞くと、こっちに越してきて道も覚えてきたからそろそろ再開しようと試しに今日から走ってみた所らしい。
「「ただいまー」」
坂道を登り終え、家へと帰り着いた僕達はそう言って家へと上がると、朝ご飯は何がいいかなんて話しながら脱衣場へと顔を洗いに行く。
あ〜、水分が持って行かれた顔に水が染み込む〜。
「ぱはっ!ふー……先に使わせてくれてありがと隆継ー。次どうぞー」
「おーう」
先に洗面台を使わせてもらった僕は、顔をふっかふかのタオルで拭きながら隆継にそう言って洗面台を譲る。
あーすっきり。さて朝ご飯を作って…………ん?あっ!
「隆継隆継!」
「ん?どうした」
「もしかして髭?それって髭?!」
落ち着いてから改めて見たからか、隆継の顎や鼻の下に髭っぽいのがある事に気がついた僕は、もしかしてと思いテンション高く隆継に聞く。
「うげっ、まだいいって思ってたのに…………剃らねぇとっ!?鈴香?!」
「うぉおお……!じょりじょりしとる……!」
これが……髭…!こんな感じなのか……!
僕はまだ生えてなかったからなぁ……初めて触った……!
「やめっ!このっ!力強ぇ!」
髭を触る僕の手から逃げようとする隆継の服を掴んで大人しくさせた僕は、僕の顔の近くまで隆継の顔を持ってくると髭を触りながら近くでまじまじと観察し始める。
「そっかぁ、隆継はもう髭が……ふひひっ。面白い触り心地…………」
「くっ、こんのっ……!そらっ!」
「ぴうっ……なっなにっをっ?!ふふゅっ……やめっ!こそばっ、いひひひっ!」
隆継の髭を堪能していた僕はいきなり隆継に髭をじょりじょりと押し付けられ、驚いた拍子に押し倒されながら、こそばゆさに足や翼をぱたぱたと動かしていた。
そして最早お決まりというべきか、そんなタイミングで脱衣場の扉が開かれ。
「たーかーつーぐー?何をしてるのかしらー?」
「隆継くん?ウチの大事な大事な鈴ちゃんになーにしてるのかなー?」
「いや!これはっ!」
「はーーっ……はーっ。やめてぇたかつぐぅ……はひっ、はぁ……はぁ……」
恐ろしい笑顔のさーちゃんと千紗お姉ちゃんに、悶絶している服の乱れた僕の上へ乗っかっているのを見られた隆継は、ダラダラと冷や汗を流していたのだった。
この後隆継、そして何故か僕もさーちゃんと千紗お姉ちゃんにみっちりと怒られたのだった。
そんなこんなありながら、2人が引っ越して来て暫く経った七月末の今日、チリンチリンと風鈴の音が響く座敷で僕達は今……
「なぁサナー、そろそろ休憩しようぜー」
「何言ってんのよ。アンタはさっき休憩取ったばっかりじゃない。ほら手を動かす、頭を動かす」
「あぁぁぁぁぁ」
「物理的に動かせって事じゃないわよアホ継ー?」
「ねぇさーちゃん。ここ教えて」
「あぁ、そこね。そこは──────────」
夏休みの宿題を進めていた。
「鈴って文系科目はちょっと苦手みたいだけど、それが問題ないくらい他の科目は満遍なくこなせるわよね。それに理数系科目は頭1つ抜けて得意だし」
「あはは、三浦先生に教えて貰ってたからねー」
トントンと今日終わらせた英語の宿題を教科書と一緒に机で揃えながら、僕は尻尾を揺らしてさーちゃんとそう話す。
「それにしてもさっきは本当に助かったよ。さーちゃんが英語あんなにできるなんて。それに教えるのもとっても上手で、まるで先生みたいだったよ」
「流石に本職の先生程上手ではないわよ。でもありがとね鈴、アタシも鈴の役に立てて嬉しいわ」
いやはや、まさかあそこまでさーちゃんが教えるの上手とは…………三浦先生も相当教えるの上手だったけどそれ以上だよ。
教える事に関しては本当に天性の才があると思う。
自分のその考えにうむうむと頷いた僕はぱたぱたと翼を軽く動かして、ジトーっとした目を向かい側で机に突っ伏している人へと向ける。
「で、あの机に突っ伏して謎の唸り声を上げだした生き物は?」
「毎年あんな感じになるのよ。そして夏休みの最後に泣きかける。ほら隆継、今日の分だけでも終わらせてしまいなさい」
「ぐごぅぁぅおぁぐりゅぁぁ……」
「どうやってそんな声出してんだ…………ほーら隆継。もうひと頑張りだから頑張れー」
僕がそう言って尻尾で持ったうちわを使って器用にぱたぱたと仰いでやると、隆継はようやく顔を上げてまた宿題へと取り掛かり始める。
そして僕達2人はそんな隆継に分からない所があれば教えてあげるのだった。
ーーーーーーーーーー
「だー!終わったぁ!」
「お疲れ隆継、はい麦茶」
僕はそう言うと水晶のお盆から麦茶の入ったコップを取って、隆継の前に起く。
「ありがとな鈴香。どこぞの鬼とは違ってお前は本当に気が利いて優しくてその上可愛くて最高だぜー」
「はははっ。最後の一言はともかくそう言ってくれてありがとうね、さてさーちゃんと千紗お姉ちゃんは出かけてるし……何しよっか」
「そうだなぁ………………」
麦茶の入ったコップを自分の前にも置くと、僕は水晶で作ったお盆を軽く振って消し、隆継の前に座ると首を傾げながらそう聞く。
すると隆継は顎に手を当てて悩み始め、暫くすると何かに気がついたような表情になり、その表情のまま僕に話しかけてくる。
「鈴香」
「はいはいなんでしょう」
「鈴香ってサナはもちろん朱雀峯とか龍清もあだ名で呼んでるよな?」
「うん、とらちゃんにむーさんって呼んでるよ。それがどうしたの?」
別におかしい所は何一つないと思うんだけど……
「今まで俺も気がついてなかったんだが……俺って鈴香にあだ名で呼ばれた事なくないか?」
「………………あっ」
言われてみれば……!僕って隆継の事あだ名で呼んだことない!というかあだ名付けてすらいない!
隆継にそう言われ、まだ隆継にあだ名を付けてなかったことに気が付いた僕は驚きで口をぽかーんと開けてしまう。
「その様子だと考えてすらなかったんだな」
「ごめん……僕も気がついてなかった……」
「仕方ねぇ仕方ねぇ。本当に俺ですら気がついてなかったんだから」
やってしまったとばかりに僕は尻尾や翼、耳までもしゅーんとさせてしまう。
隆継だけ忘れてたなんて…………うぅ……だいぶ酷いことしてしまった………………
「ごめんよたかつぐぅ〜」
「わーった!わーったからそんなすっげぇ罪悪感感じるような顔するな!」
「でもぉ……」
隆継にそう言われるも僕は尻尾の先でぺちぺちと畳を叩きながらでもと言う。
すると隆継は頭を掻きながら参ったなぁとばかりに何か考え出す。
「そうだなぁ…………なら鈴香今付けてくれないか?俺のあだ名をさ」
「いいの?なら……精一杯あだ名考えるね!」
ニィッと隆継がそう言いながら僕に笑いかけて来て、それを見た僕も笑顔になって大きく頷くとあれもいいなこれもいいなと考え始める。
しかしさーちゃんと千紗お姉ちゃんが帰ってくるまで様々なあだ名を考えたものの、何一つしっくり来るものはなかった。
そして結局、隆継は隆継のままが1番ということになったのだった。




