43鱗目:体育!龍娘!
「すっずやーん!」
「わわっ?!どうしたのとらちゃん?」
「次体育やでー!楽しみやー!」
あっそうか次体育だったっけ、なら早いとこ着替えないと。
転校してから数日後の二時間目の休み時間、僕がとらちゃんにそう言われ周囲を見渡すと、男子達が着替え出しているのを見て本当に体育前であることに気がつく。
それを見た僕は自分も着替えなければと、飛び込んできたとらちゃんを退かし、しゅるりとリボンを取ると夏服のボタンを外そうとする。
「ちょっ、すずやん?!」
「んう?」
「んう?やあらへん!何しようとしとんの!?とりあえず手ぇ止めぇや!」
緊迫した表情でとらちゃんは僕の服を抑え、きょろきょろと辺りを見てから顔を近づけ小さい声で怒ったようにそんな事を言ってくる。
それに僕が軽く首を傾げ、とらちゃんが抑えてる場所へ目をやると、制服の中に着ている千紗お姉ちゃんチョイスの可愛い女の子が着るデザインのキャミソールが目に入る。
なにって着替えようと…………あっ。
「あ、ありがととらちゃん。いつも家で着替える時の調子でいたよ」
そしてそれを見た僕はあははと笑いながら、素早く外してしまったボタンを付けなおす。
「全く、すずやんはいつも少し抜けとるけど女の子としてはもっと抜けとるからなぁ。危なっかしいわぁ」
あはははは……つい男の時と同じようにやってしまった…………
さーちゃんにも言われたけどやっぱり女の子に早く慣れて自分が女の子って自覚持たないと……少なくとも行動だけは女の子らしくならないとだ。
元の姿に戻れるかわかんないんだし。
自分が女の子だと言うことを忘れかけていた僕は微妙な笑顔を浮かべながら、早く慣れないとと決意を新たにするのだった。
「しれっとさなっち先に行っとるもんなぁ……流石クール。ほなすずやん、ウチらも早いとこいこーや」
「うん。………………うん?」
反射的に頷いてしまった僕はとらちゃんと何処に行くのか分からず、ほんの少し首を傾げつつもとらちゃんに手を引っぱられて行くのだった。
ーーーーーーーーーーー
「あのっ!流石にっ!僕は邪魔になると思うのでっ!」
「んな事あらへん!せいぜい振り返った時とかに誰かに翼が当たる程度や!」
「それダメだと思うんだけど!」
ギャイギャイとそんな風にやり取りを逃げようとする僕と、その僕の前で立ちはだかるとらちゃんはとある部屋こと、女子更衣室の目の前でやっていた。
「ちゃんと窄めてれば当たらへんし!中は結構広いんやから大丈夫やって!」
「そういう問題じゃないでしょ!」
僕は男だぞ!
性別は女になっちゃったけど少なくとも中身は男なんだぞ!入って良い訳ないじゃないか!
脳内会議満場一致で非可決だよ!
そういった言い合いをしながら僕が逃げようとする度とらちゃんが僕の前へと入ってくるという、そんな攻防を暫く繰り広げていると横から僕達に声がかけられる。
「あんた達なにやってるのよ」
「さーちゃん!」「さっちん!」
呆れたような声で僕に声をかけてきたさーちゃんへ僕は助けてといった目を向けると、さーちゃんは少しの間僕ととらちゃんを交互に見てひとつ頷く。
これで助かった!いやー良かった良かった、流石に僕が女子更衣室に入るのはアウトだと思うしね!
いやーほんとに───────
「とりあえず鈴、別に誰も気にしないからさっさと入って着替えなさい」
「さーちゃん?!」
助けてくれないの!?というか気にしないってなんなのさ!
「それに鈴って純粋無垢で人畜無害だし」
なんだそりゃ?!理由になってない!
「ほら、観念なさい」
「あううぅぅぅぅぅ…………」
2対1は流石に分が悪く、近づいてくる2人にジリジリと僕は女子更衣室の扉へと追い詰められて行ったのだった。
ーーーーーーーーーーー
他を見るな前だけを見ろ、何があろうと何が起ころうと前だけを見続けるのだ。
それこそが我が歩む道なのだから……
「すずやん着替えんの?」
「ア、ウン、イマキガエルカラ」
「…?まぁええか」
女子更衣室に押し込まれ、右も左も後ろもキャイキャイと喋っている女子に囲まれガヂゴヂに固まっていた僕は、とらちゃんの言葉に機械音声のようなトーンで答える。
いかんいかん、いつまでも現実逃避で天上天下唯我独尊龍娘でいる訳には行かない、というかさっさと着替えて出てしまえばいいじゃん。
我ながらなぜ気が付かなかった。
だいぶ気が動転してたんだな、うん。
とりあえずそうと決まれば無だ。心を無にしてさっさと着替えてしまうのだ……
僕はすっと考える事を辞め、するすると服を脱いで僕のロッカーに放り込んである体操服へと手を伸ばし、そこで僕は更衣室の雰囲気が変わった事に気が付いた。
なんか…………………………静かになった?
さっきまでの賑やかだった女子更衣室が嘘の如く静まり返っていた事に気がついた僕は、体操服へ着替える前にどうしたのだろうと周りを見る。
そう、僕は見てしまったのだ。
周りにいる服を脱ぎかけた、もしくは脱いで下着だけになっている半裸の女子という女子が全員、じっとこちらを見てきているのを。
えっ、えっ……?………なっ、なに……?なんで皆こっち見てるの?僕なんかやっちゃった?
「あ、あのー……皆さん?どうかしました……?」
何となく身の危険を感じた僕は、思わずきゅっと尻尾を抱きしめてたじたじとロッカーを背に後ろへと下がる。
そしてそれと同時に僕を囲んでいた女子達も何か呟きながらじりじりと距離を縮めてくる。
「すべすべぷにぷにのお腹……」「ちっちゃいおててが……」「恥ずかしがってて……」「ちょこちょこ動いてるのが……」「尻尾抱っこ……」「さらさらの髪の毛……」「かわいい……」
「えっ、あのっ、皆さん?!」
なんか思ってらっしゃることが口に!というか欲望みたいなのが───────
そして僕の言葉が起爆剤となったのか。
「「「「「「「「「「可愛すぎる!!!」」」」」」」」」」
「ふみゃぁぁぁぁああああ!さーちゃんとらちゃん助けっ!」
次の瞬間女子達の波に飲まれた僕は2人に助けを求めようと声を張るものの、暴走した女子達数十人を2人が止められる訳もなく。
「ごめん鈴、私じゃ無理」
「ウチもこれは…………ごめんな?」
「そんなっ!あっ、まっ、ひゃうっ!尻尾やめっ……!んあっ、付け根はぁ……ふあぁぁぁぁぁ……」
この後、更衣室からはツヤツヤとした女子達と、ぐったりして死にかけている僕が出てきたのだった。
その後僕が体育の度に保健室で着替えるようになったのは言うまでもあるまい。
「おっ、鈴香ー……って大丈夫か?なんかえらく疲れてるみたいだけど……」
「隆継か………隆継…あそこは天国や夢の場所なんかじゃない……地獄だ…………弱き者は淘汰される、そういう場所だよ……」
「一体何があったんだ……」
「更衣室にいた女子全員に好き勝手されたのよ」
そして数分後、体操服でグラウンドに居るふふふと遠い目で笑う僕を見て少し引き気味になっていた隆継に、何があったかをさーちゃんが簡単に説明する。
「それは……うん、お気の毒だったな、天霧さん」
「女の子同士ならスキンシップとかも結構やるし、大丈夫だと思ってたんやけどなぁ。まさかすずやんがここまで恥ずかしがり屋さんやったとは」
「鈴は確か田舎から来たのよね?」
「そうなん?」
「え?あっ、うん!そうだよ!同じ歳どころか1番歳が近い人が四歳上だったんだー!」
「へぇー」
さーちゃんに振られそんな風に「三浦先生による僕の設定」をおどおどしながらも答えた僕を、とらちゃんがじーっと疑いの目で見つめてくる。
そしてそんな僕を見かねてか、隆継が助け舟を出してくれる。
「それにしても本当に暑いな。なんで今日に限ってわざわざプールじゃなくてグラウンドで長距離走なんだ」
「あ!それウチも思っとった!せめて一学期最後の体育くらいプールがよかったなぁ……なぁ!すずやんもそう思わへん?ってあぁ!すずやんずるい!」
ずるいと言ってくるとらちゃんの前で、しれっと僕は片方の翼で陽の光を遮り、もう片方の翼で器用に自分を扇いでいた。
「快適快適」
「すずやん自分だけずーるーいー!」
「いや僕の翼なんだけどこれ……仕方ないなぁ。それー!」
グラウンドの中にある芝生でぴょんぴょん跳ねてずるいというとらちゃんを見て、僕は仕方ないと両翼を大きく羽ばたかせ4人に向かって風を送る。
「うおおー!思ったより風くるんやなこれ!涼しい!最高や!すずやん最高!」
「だな、これはいい」
「髪の毛乱れちゃうけど、涼しくなるならもういいわ」
「これはいいな、あぁ本当にいい。天霧さんありがとう」
「どういたしまして〜♪」
そう言ってくる4人に僕も嬉しくて笑顔で翼をバッサバッサと動かして風を送っていると……
「なんだなんだ?」「うわっ、結構風つよい!」「おお、これは涼しい」「私もいいかな?」「うひょー」「すずしーい!」
なんて言って俺も私もと次々と人が涼みに集まってくる。
そして授業の開始を知らせるチャイムがなる頃には……
「お前ら何やってんだ」
体育の護里先生がそう言ってしまうほど、僕の前に生徒の皆が集まっていたのだった。
尚僕はあまり涼めなかった。
ーーーーーーーーーーー
「それじゃあいつものバディと2人1組を作ってからストレッチをやってくれ」
男女に別れ準備体操をし終えた僕達に護里先生がそう言いうと、それを聞いた周りの女子達が前にいる人などと一斉に2人組を組み始める。
そして僕は案の定。
えと、えと、僕は……僕は誰と組めば……
ぽつんと1人残されて翼と尻尾をしゅんとさせ、オロオロとしていた。
どうしよう、いつものって言われても僕今回が初めてだし誰と組めば…………先生?
「そんな悲壮な顔で何オロオロしてるのよ、鈴のバディはアタシよ」
ペちっと横からそんな声と一緒に頭を叩かれ、僕は声の主の方に振り向く。
「さーちゃん!助かったー!」
「大袈裟ね。ほら始めるわよ」
「うん、でもどうして僕と?バディさんは?」
さーちゃんが僕にそう言ってくれて僕は助かったとばかりに嬉しそうにさーちゃんの名前を呼ぶが、ふとバディはどうしたのかと首を傾げる。
「鈴が来るまでうちのクラスの女子の人数奇数だったから、女子の出席番号一番後ろのアタシが余ってたのよ」
「なるほど」
「ほら、さっさとやっちゃいましょ」
「うん!」
さーちゃんに僕が元気よく返事をして、2人でストレッチを始めたのだった。
ーーーーーーーーーーー
「まずは開脚前屈よ。鈴、足を開いてその間に体を倒してね。私は背中押してあげるから」
「はーい。よーいーしょーーっと!おおっ!全部ついた!」
思ってたよりも僕体柔らかくなってる!
ぺたーっと開いた足の間にある地面に上半身をつけた僕は嬉しさで少しだけ翼が動く。
「あっさりついたわね。それじゃあ交代しましょ」
「はーい、押すよー」
「加減はしてね?」
「はいさー」
「んっ……んんっ……」
「おお、さーちゃんの声がなんか色っぽい」
「だまらっしゃい」
ーーーーーーーーーーー
「次は背中合わせで腕を組んで」
「こう?」
「そうそう、そしたら相手を背負うようにして持ち上げるのっ?!」
「こうー?」
「…………そうだけど次からもうちょっとゆっくり上げてね。後鈴、翼が腰に当たって痛いのとこれ恥ずかしいから早く降ろして」
「ご、ごめん」
力加減を少し間違い、勢いよくさーちゃんを持ち上げてしまう。そしてさーちゃんに痛いと言われて僕は直ぐにさーちゃんを降ろす。
「それじゃ次は私の番ねっ!?」
「さーちゃん?」
「んっ!んんーっ!鈴重くない?!」
「そこまで重くないと思…………」
どうしたのと首を横に向けながらなんか頑張ってるさーちゃんに重いと言われ、そんな事は無いと言おうとして僕は思い出した。
「鈴?」
「ごめん、僕体重250キロ超えてた」
「ダイエットしなさい」
「違うよ!?重いのは僕じゃなくて翼と尻尾だからね!!」
「貴女の体の一部じゃない」
すっと覚めたような声になったさーちゃんにそう言われ、僕は思わずそう声を大きくして反論してしまう。
その後もいくつかストレッチをした後、僕達はようやく体育の授業へと移ったのだった。
読者の皆様、今回も「ドラゴンガール」を読んでくださり誠にありがとうございます。
今回なんと皆様のお陰で「ドラゴンガール」のブックマークが600件を突破しました!
本当にありがとうございます!これからも面白い作品が書けるよう誠心誠意頑張って行きますのでどうか「ドラゴンガール」をよろしくお願いします!
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