134鱗目:やらかし、竜娘!
「……」
「……」
「……」
「あー……そっ、そういえばサナ!今日は時間あるか?」
「へ?え、えぇ。アタシは大丈夫だけど……なにかするの?」
日曜日の朝、普段なら明るい空気の中それぞれの今日の予定なんかを言い合う朝食の場は、翼と尻尾をだらんとさせ、ご飯を前に持ってる箸を一切動かさない鈴香を中心にどんよりとした雰囲気が満ちていた。
そんな中、雰囲気を少しでも変えようとしたのだろう隆継の投げかけた突然の話題に、気まずそうにしていたさなかも戸惑いながらそう答え、何をする気なのか尋ねる。
「この時期らしいと言えばそれでお終いだけどよ、ここんところこんな天気続きであれだろ?だから気晴らしにって昨日なけなしの小遣いでにゃんこうの育成ゲーム買ってさぁ。で、マルチが出来るんだがそのミニゲームがこれまた面白くて、鈴香もどうだ?」
「…………あー……今はいい、かな」
「そっ、っうかぁ……分かった。俺達遊んでるからよ、いつでも参加していいからな」
「うん。でももう僕おなかいっぱいだから、片付けたら部屋に戻るね」
(……ちょっと!どーすんのよ!せっかく空気読んだのに逆に気まずくなったじゃない!)
(仕方ねぇだろ!だってあれから「三日」も鈴香あんな調子なんだぞ?!それにほら、全く興味ないって訳じゃなさそうだし!)
(いやまぁたしかに尻尾の先揺れちゃってるし気になってはいるっぽいけど……だからってあんなわかりやす過ぎるやり方は無いでしょ!)
(って言われてもよぉ……)
というか、こんな時に限って千紗さんは三浦さんに呼ばれて昨日から居ないし、こういうのに一番向いてるだろう朱雀嶺さんは連絡つかないし……
ピンポーン!
「ん?客か?」
「僕が出てくるよ」
「こんな日にお客さん?珍しいわねぇ……鈴、あたしもついてくわ」
「ありがとさーちゃん。まぁ多分ちー姉ちゃんだと思うけ────」
「ただいま鈴ちゃ〜ん!」
「どっ?!」
隆継と小声で言い争いをしつつ、リビングを出る鈴香を眺めていたさなかは先日の事もあり念の為とお客さんを迎えに玄関へ行く鈴香についていく。
するとそこでは案の定鈴香に突っ込んで来た千紗と数日忙しそうにしていた三浦、そして────
「ちー姉ちゃん苦しい……で、えーっと……」
「お、おじゃましまーす……」
「三浦さん、この人は?」
可愛らしいのんびりとした顔つきの、スレンダーながら出るとこは出てる初めて見る女の子が緊張した面持ちで三浦の後ろに立っており、さなかと鈴香が首を傾げていると。
「あぁそうだったな。自己紹介を頼む」
「はっ、はい!えっと二人共お久しぶりだね」
「「?」」
「僕だよ、京也だよ」
「「……へ?」」
三浦に促されたその子は可愛い声で、さも自分達を知ってるような砕けた喋り方で先日事故に会った当の本人たる男子の名前を名乗ったのだった。
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「えー……つまり?一週間くらい前に鈴香と出かけて事故に巻き込まれた京也は、病院に運び込まれた後意識不明になってる間に女の子になっていた……って事です?」
「掻い摘んで話せばそうなるな」
とりあえず立ったままもということでちー姉ちゃんに連れられて座敷へと移った僕らへ、三浦先生が説明してくれた内容を隆継がまとめてくれる。
「それでその……ほんとに京也君なの?」
「そうだよ〜。雰囲気変わったかな?」
「いや、そんな次元じゃねぇ気がするんだが」
「まぁまぁ隆継君、いちいちツッコんでたらキリないよー」
「千紗さんは慣れすぎなんだよな……」
「あはははは……えっと、京也君」
「何かな?天霧さん」
「三浦先生とちー姉ちゃんが京也君って言ってるから信じるけど、今から言う質問に答えてくれる?」
「お、あるあるだね。いいよー!どんな質問かな?」
「僕とお菓子食べに行くきっかけの時に僕が食べてたお菓子はなに?」
「あぁ!確かナタデココカラメルソースアイスクレープだったよね?」
「えっ、何そのクレープ。ほんとに美味しいの?」
「美味しかったよ!ナタデココのコリコリにカラメルのちょこっと苦いけど甘い香りがアイスと絶妙にマッチして!」
「ねーっ。僕の分も買ってきてくれた時に二つ目も買ってたし、天霧さんあれお気に入りだったよねー。で、その次の週の週末に限定スイーツの食べ放題に行ったの覚えてるよ」
そ、そこまで覚えてるなんて……
「じゃ、じゃあその食べ放題で僕が最初に美味しそうって言ったのは?」
「ギガンティックマキシマムジャイアントベリーラージサイズ天を貫く極大怒髪天盛りスペシャル盛りパフェだったよね?で、他には確かー……百層ミルクレープにパンケーキタワー、虹色ゼリーにバケツプリンが気になってたよね?」
自分が食べていた物から気になっていたものまで知ってるなんて……
「ほ、ほんとに京也君だ……」
「ていうかよく覚えてたな?」
「記憶力はいい方なんですけど、なんだか今日ははっきり思い出せました」
そんなやり取りをして、ようやく目の前の女の人が京也君だと納得した僕は、ジトーっとした目線が左右にいるさーちゃんと隆継から注がれている事に気がつく。
「な、なんだよぅ二人共……?」
「いやぁーだってこんな摩訶不思議イベント……」
「どうせ鈴がなんかやらかして関係してるんでしょうね」
やらかすってなにさ?!
「事故の後人工呼吸しただけだよ!」
流石にあれは間違いじゃなかったはずだし力加減もしっかりしたもん!
「ね!三浦先生?」
「何を考えてるかは分かるが……鈴香、残念ながらこれに関してはお前のやらかしだ」
「へ?」
さーちゃんと隆継に対抗すべく三浦先生を味方にしようとした僕は、三浦先生に容赦なく僕がやらかした結果だと突きつけられ間の抜けた声を出してしまう。
「で、でも僕別に京也君に何も────」
「鈴香、お前さっき人工呼吸したって言ったよな?」
「したけど……」
「その時、唇切ったりとかしてなかったか?」
唇?
「言われてみれば少し血の味がしてたような……?」
「それが原因だ」
「つまり鈴の血を飲んだからこうなったと?」
「でも鈴香の血にある効果は寿命を伸ばす効果のはずじゃあ……」
「それがな、実験用マウスやモルモットに何度か血を与えていたんだが、オスのモルモットだけ何匹かメスになってたんだ」
「それってつまり────」
「鈴香の血、もしくは体液には女性化する成分が含まれている可能性があり、体が大きい動物程その症状が発動しやすくなると考えられるんだ」
三浦先生はそんな衝撃の事実を僕達へと伝えたのだった。