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6 : Advent

 ハワイ島西北部、カワイハエ。


 旧アメリカ合衆国にあったハワイ諸島は、二十一世紀前半頃、観光業によって栄えたものの地価や物価が上がり続け、対して賃金は上がらず住民が不満を爆発、結果、治安が悪くなるという深刻な問題に悩まされていた。


 当時人口のはオアフ島に密集しており、そこで政府はまだ開拓の進んでいないハワイ島へ事業を拡大し、貧民を移住させるという計画を無謀にも行った。


 当初は農業資源の確保等が期待され、低所得者向けアパートやバイオマス発電施設等の公共投資が積極的に行われたが、自然伐採や移住者の犯罪が目立ち、諸島のみならずアメリカ全土や様々な方面からバッシングを受け、事業は頓挫。取り残された住民は独自に都市を構築し、最大人口八十万人にも及ぶ規模にまで発展した。


 しかし観光業で安定的な収入は得られるものの、中途半端に整備されたインフラと行政サービスに住民達はまたしても不満を覚え、再び治安が悪化するという事態となる。


 だが、五十年程続いた市民と政府の間のいざこざは第三次世界大戦によって消え去った。ハワイ州は第二次世界大戦より前から持ち合わせている海・航空戦力によって西環太平洋からの脅威を退けてきた。


 一方でアメリカ本土では南アメリカからの襲撃や移民のテロが続いて壊滅状態だったが、こちらは一度かつての中国からの侵攻を受けたにも関わらず、被害を最小限に留め、これを撃退した。


 三次大戦後は持ち前の人口を活かし再興に努めてきたが、インフラの穴が目立ち、反乱軍コミュニティーが行政を開拓していく現在でも治安の悪さはあまり改善されていないという。


 そんな苦労が浮き彫りになった、薄汚れたコンクリート製中層アパート達の山が並ぶ広い通りの谷を、反乱軍の歩兵や車両が慌ただしく行軍していた。


 移住が増えた事によって、ハワイ島にも軍事設備が整い、オアフ島と並んで太平洋の平和を担う役割を果たしてきた。また、島は面積が狭いが故にこうして陸戦隊が迅速に出動も出来るのだ。


「ミサイルレーダーに敵機が映りました!」

「撃て! 他も備えろ!」


 大量のトレーラートラックの荷台が傾き、瞬間、後ろ向きに眩いばかりのバーナー光を発した。


 轟音と噴煙が辺りに広がり、反作用で鉛筆を巨大化したような物体が多数吹っ飛んでいく。四キロメートル先にある海と空の境目をあっという間に越え、ミサイルを発射したトラックが備えたレーダーの緑画面に映る白い矢印型の記号が、こちらへ徐々に近づいてくる機影の大軍にみるみる接近していく。


 猛スピードのミサイル達は突如レーダー上から忽然と姿を消した。しかし、標的である敵機の数は一つも減っておらず、トラックの操作員達は目を疑った。


「空母と滑走路から戦闘機の出動を確認しました」

「ようし、害鳥共を追い払え!」


 連隊の指揮官と思われる人物が声を上げる。海の反対側から、三角翼の戦闘機が五機、後続にまた五機、雲一つ無い空に直線を描いた。


「対空砲用意! ミサイルは出し惜しみするな!」


 海岸線に沿った大通り、二足歩行戦車や装甲車両上部の機関砲や、榴弾砲が海の上の空を見上げた。再び、ロケット連装自走砲が火を噴く。






 ハワイ島付近の上空、二つのプロペラを回して飛ぶ中型垂直離陸輸送機、合計三十機が編隊を組んでいる。


 先頭の一機、閉じたカーゴ内。両端の長いシートに座り、空挺用のゴーグルとマスクが一体化したヘルメットを付ける兵士五十人。


 時折流れる炸裂音が機を振動させる。狭い窓の外からでは、日光をチラチラと乱反射させる海面が見えるだけ。微かに黒い煙も見えるが、輸送機には直撃どころか百メートル手前にも届かない。


「防御は本当に大丈夫なんでしょうね?」

「“俺達”を何だと思ってるんだ? ツバメ共の護衛なんざ朝飯前よ」

「別にラルフさんがやってる訳じゃないでしょうに……」

「まあ俺でも範囲防御能力ありゃあ同じ事よ」


 その様子を歯を見せて満足げに眺めるのはラルフと呼ばれた、日に焼けた肌と後ろに縛ったオールバックの黒髪の東南アジア系の中年男性。自慢気に語られ、話を振った兵士は返す言葉を失った。


「“カニ共”をしっかり導いてやろうぜ、テイラー」

「……そうか、分かった。では行こう」


 フルフェイスヘルメットに通信機能でも備えてあるのか、中から低くこもった声がする。呼びかけに答えるどころか黒い頭を振らせもしない仲間を見て、浅黒い肌の男は首を傾げた。


「クソ真面目だねえ。ヘルメットの外の空気でも吸えば良いのに」

「全員降下準備だ。予定通りに進めるぞ」


 ビーーーーーッ! ビーーーーーッ!


 警報音。機体後方の扉が下に開き、強い風が吹き付けた。待機する兵士達の服や、タイラーの着る黒いロングコートが揺らすが、バイザーの顔は表情どころか形一つ変えない。


「王の寡黙な威厳とやらか」

「では」

「下界で会おうぜベイビー」


 先頭に黒ずくめの男、その後ろを兵士達が二列に並び、軽口を振り払う。当人は苦笑いしながら両腕を広げ、渋々列の一番後ろへ加わった。


 倒れた扉を一踏み、空気のスペクトルによって青色が乱反射した明るい空間に飛び出る。強風がコートを煽る。


 重力によって段々と速くなっていくが、速度の二乗に比例する空気抵抗を受け、やがて一定の速度に、浮き上がりも落ちる感覚も消えた。


 遥か下方、ハワイ島西岸部と輝き――直径二十ミリメートルはあろう砲弾が連なって昇ってきたり、巨大な砲弾やミサイルまで。


 しかし対航空機用のそれらが当たる事は無い。後ろを見てもついて来ている小隊は被弾せず、輸送機に届く前で爆発する。


 視界端で敵戦闘機が機体腹部のウェポンベイを開き、ミサイルを繰り出す。こちらも機と機の中間で爆発し、戦闘機は散開した。


 輸送隊に防御専門のトランセンド・マンが居る事は既に分かり切っている。心配は無用――迫りくる地面を目で確かめ、足を地球に向けた。


 ベキッ! と、コンクリートの大地が足元を中心に円状にひび割れた。音速の走行をものともしない彼には、大気圏落下の衝撃など足を曲げるだけで十分に和らげた。


 横三百六十度に散らばっている敵兵達が一斉にこちらを向く。


 前へ踏む。五メートルを一瞬詰め、前へ拳――銃をこちらに向けている最中の人体が吹き飛ぶ。


 十数メートル先のビルの壁にぶち当たるのを横目に、左五人の掲げる銃口が光った。


 弾頭や薬莢の材質改良や、光学機器の進化による射撃の精度向上により、百五十年近くアップグレードされ続け使われてきた五・五六ミリ弾の大群が、黒い姿の表面を削る。


 しかし、ヘルメットはおろか、コートすら傷付かない。途端、街の背景の中に溶け込んだように見えた。


 一瞬で至近距離へ――空中で両足を開き、並んだ二人へキック。勢いを保ち、後ろのもう一人に向かって右足を伸ばし、飛ばす。


「このっ!」


 近くの汎用軽装甲車両の屋根から頭を出した射手が叫ぶ。彼が手にする機関銃が火を噴いた。


 十二・七ミリアスファルトを跳ね、砂利片を作るが、揺れる影に当たる手応えが無い。次の瞬間、目の前に黒い靴裏。


 首から上がサッカーボールの如く飛んだ。ドロリとした赤黒い液体がズボンに飛び散るのも気にせず、暗い両袖の中に隠してある剃刀サイズのナイフを二本、握る。


 前方にこちらへ小銃を構えるのが八人。二つの刃を手首のスナップで投げる。軌跡を辿る銀の輝き――袖に通じる極細のワイヤー。


 二本の腕を交差するように一薙ぎ。たわみ、先端に波が伝わる。扇を描いた所で引き戻した。


 途端、一個分隊が上下分断、力を失った下半身が倒れ、上半身も崩れ落ちる。激痛に情けない声を上げる者に、目を見開いたまま既に絶命している人物まで、様々。


「“クモ共”も降りてきたぞ! 駆除してやれ!」


 パラシュートに乗って降ってきた箱型の物体が空中で展開、アームを複数伸ばした。そして空気抵抗によって十分に減速した自身を、腕を曲げ着陸の衝撃を和らげる。


 高さニメートル半、節のような胴体から太い足が八本伸び、足を伸ばした全長は七メートル、全幅も六メートルに迫る。


 比較的小さい胴体の先端には、八つの半球型カプセルに覆われたカメラやセンサー類の付いた頭部。下部には人の手より小さな作業用アームまで付いている。


 背中には対人用機銃二丁と対物用グレネード自動砲。黒いボディを支える脚の先端は黒くゴツゴツしたタイヤと、壁をよじ登る為の折り畳み式グラップルハンド。


 建物や閉所での機動を重視した甲殻類型の制圧型無人戦闘ロボットだ。多脚式ならではの折り畳みや軽量化により、大量の空中投下も可能だ。


 遅れてパラシュートで降下してきた管理軍歩兵達が、この無機質な甲虫の背後を取る。チタン合金製の殻が兵士を狙う小口径弾を弾いた。


 太い足から顔を銃身を出した歩兵の射撃が反撃する。車両や予め積んでいた土嚢を盾にするが、黒服で体を覆ったトランセンド・マンと更なる降下兵達によって削れていく。更に兵員輸送軽装甲車両までもが後ろで着地し、歩を進めていた。


「退け!」


 弾幕を前に痺れを切らし、車両と共に点射で牽制しつつ後退する反乱軍。誰かが混乱紛れにロケットランチャーを放った。


 噴煙を吐き出しながら、加速――蟹もどきの足元で炸裂した。


 しかし、足が一本外れただけで七本の歩行で難なく歩いているのが粉塵舞う奥で見える。奥に潜む小銃達が顔を覗かせた。


「ぐあっ!」


 逃げている一人が、どこからともなく飛んできた銃弾の餌食になり、倒れた。


 幾らかヘルメットを被った頭が上げる。巨大蜘蛛が数匹、アパートの壁に張り付いていた。


 更に屋上から姿を現したもう一匹が、無防備な反乱軍側の頭上目掛けて機銃掃射を見舞う。退却の足が一層速まった。


 敵兵の顎と首の間に剃刀を刺し一人葬ったテイラーは、左隣で暴れる東南アジア系の同僚をチラ見した。


「また会ったな。恋しかったか?」

「務めを怠るなよ」


 肘打ちで敵兵一人を弾き飛ばし、後ろの三人を巻き込んだ所で冗談。恒例通りテイラーはあしらい、投げ飛ばして兵士の心臓を貫いたナイフを、括り付けたワイヤーを引いて手中に戻した。


「おいおい水くせえなあ相棒。少しは楽しんだって……」

「ロサンゼルスから艦隊が来るまで残り三十二時間。長期戦は禁物だ、忘れるな」

「おいおい置いてくなよお! ドイツ人じゃあるまいし。しかも顔なんか隠しやがってコミュ障かよ」


 馴れ馴れしい仲間を鬱陶しいように置いていき、撤退していく軍勢に圧を掛けていく。その時――


 後ろに居た味方の軍勢の一部が悲鳴を上げた。


 百八十度視点を変えると、半円状に飛ばされる兵士達。宙に放り出される者や、果ては人間より遥かに重い筈の多脚戦車までボディを破壊されている。


 二人の超越者の目は、混乱の最中を高速で動き回り、手刀で巨大な蟹の頭をかち割っているのを捉えていた。


 猛獣の鉤爪の如く構えた手を一振りし、扇状に兵達を吹き飛ばした黒髪の人物は、二人を一瞥して止まった。


「これ以上は通さんぞ」


 十メートル離れているが、低くも通った声と、二メートルは近いであろう身長とシャツの上からでも分かる肩幅や筋肉が存在感を示している。肌は比較的白いが、切れ長の一重瞼の目はアジア系の特徴だ。


「俺がやるぜ。先行ってな相棒」


 横に居るであろう黒コートの方を見たが、既にその姿は消えていた。苦笑いを浮かべ、ラルフは腰ベルトに差した、長さ五十センチメートルの二本の棒を抜いて無限を描くように振り回した。


 向こうの大男も右手にミドルソード、左手に片手斧を持ち、それぞれ長さ八十センチメートル程のそれらを、黒く細く尖った瞳と共に向ける。


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