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7 : Search

「なるほどなあ……」


 目を丸くした兵士。


「大袈裟かもしれませんが、僕らにはどうも気に掛かるんです」

「確認だけでも出来ませんか? 捜してみましたけど居なくて……」


 前者は比較的小柄な、金髪碧眼で顔の整っているドイツ系青年、カイル。後者はそれより十センチメートル程低く、ロンググレーヘアと同色の目をした少女、アンジュリーナ。


 この二人によると、アダムという少年を見失ったらしく、せめて手掛かりを見つけたいらしい。


「一応見てみるか。丁度こっちも調べたい事があったんだ」


 二人の若者から説明を聞かされた挙げ句せがまれ、仕方ない、というように腕組みしながら頷き、兵士はポケットから携帯端末を取り出す。


「調べたい事って何です?」

「それがなあ、さっきの事件を起こしたと思われる人物が見つからないんだ。目撃証言はあるんだが、何故か発見できない」


 縦十五センチメートル、横七・五センチメートルの小さな画面上、横に長い画像が現れた。


「ひとまずそっちの探してるアダムとやらを捜してみるよ。しかし良い名前だなアダムって、名付け親はきっと立派なクリスチャンだろうな……あそこのカメラを見てみよう」


 首を傾げる十代の二人を差し置き、男は斜め上を指差した。 そこには街灯に付いた、下方向に突き出した半球状の全方位型監視カメラ。複眼レンズは従来より遙かに解像度もフレーム数も高く、高精度の人物識別や挙動による危険度を察知できる。


 俯瞰して見える灰色のアスファルトと白っぽい歩道。ビュー全体は一八十度の範囲を撮影する仕様上、端の方程アーチ状に湾曲している――その上を左側へ走り去る人々。恐らく拡大した喧嘩から逃れようとしているのだろう。


「あっ、彼ですねアダム君は」


 アンジュリーナが右端で立ち尽くす小柄な少年の後ろ姿を指差し、兵士がタップする。画面がズームイン。


 彼はずっと右側を見ている。先程の騒動があった事は分かりきっている。三人は凝視し続けた。


 すると左画面端、何者かが右に向かって歩いてきた。それも、少年に近付くように。


 黒髪で、人相は良く見えないが、彫りの深い黒髪と頬まで生えている髭。典型的なメキシコ系の外見で、この辺りでは平凡だ。


【顔認証不可】


 不意に、男は立ち止まった。しかも、アダム少年がカメラから隠れる位置に。更には地味な緑色のジャケットが広く覆い被さる。


 しばらくすると、今度は左から出現した装甲トラックが画面の中心で路肩に駐まった。間もなく、武装した兵士達が飛び出し、暴行事件が起きているであろう右方向へ駆け足で消えていった。


 揺れ――突如にしてノイズが覆う画面。半秒にも満たぬ間を置き、再びロサンゼルスの道端が現れた。


 画面を眺めていた三人はすぐに異変に気付いた。


「消えた、の……?」


 注目していた人物が姿を消していたのだ。しかも覆い被さっていた少年ごと。


「何だ? 映像が飛んだのか?」

「いや、さっきこの位置に居た人は動いていませんよ。ログも正常ですし」

「本当ですね……じゃあどうして……」


 砕けた口調の軍人に対し、カイルは丁寧に画面の端に映る日時の羅列を示す。巻き戻し繰り返しても、今日の日付、十二時過ぎの一秒一秒毎の連続した時間の移り変わりに異変は無い。


「あの男が消えたってのはカメラで映っている限り確かだ。顔認識は出来なかったし、カメラが不具合起こすにもタイミングが偶然としか思えんな。それとも奇跡の持ち主か……」


 と、兵士の悩み。それは他の若い二人も同然だった。


「なあおい、取り込み中すまんがこれ見てくれよ」


 横から声が思考を遮る。一同が一斉に振り向くと、別の軍人の姿。


「どうした?」

「現場に一番近いカメラ確認したんだが、ここだ。原因の二人組を確認した。そこの二人も見てくれ」


 掌の上の携帯端末を見せる兵士。そこには、路上の見下ろすように、何かを言い争っている黒髪と金髪の二人組の姿が映る。


 映像は流れ、駆けつけた二人の兵士を殴り倒す場面。ハッ、と驚愕の声を漏らしたのはアンジュリーナか。


 そして、金髪が黒人の集団に向かって中指を立てる場面が現れる。怒った黒人達は殴り掛かろうとしたが、金髪の白人は逃げた。


「見ろよ。普通仲間同士の喧嘩をこうも他の奴らに吹っかけるか? 完全に喧嘩させようと誘っているなこれ」


 次に、黒人の一人が金髪に投げ飛ばされ、別の白人グループにぶつかる。結果、両陣営による大きな喧嘩が発生し、通行人達は逃げ出した。


 カメラの俯瞰映像は続く。「ここだ」と軍人の指が画面に差したのは、先程の黒髪と金髪が通行人に混じり、何事も無かったかの如く走り去る様子。


「まるで逃げるような動きだなあ。まさかこの騒動を引き起こす為だけに喧嘩してたりなんかして……」

「気になりますね。アダム君……」


 手を組むアンジュリーナは不安に首が俯き気味だった。


「しかし他に証拠も見つからない以上どうする?」

「ひとまず、僕が調べてみますよ。少なくとも、あの一瞬で監視カメラから映らないように動く事は“普通”じゃあ出来ない。ちょっと待ってて下さい」


 カッ、と青年の緑眼はほんの一瞬だけ凄みを帯びた。その後、彼は仁王立ちのまま目を閉じていた。


 ただ眠っているのではないと外見だけでも分かる。何かを考えているのか――殆ど動かぬ姿はまるで石像だった。





 目からの視覚情報を遮断したカイルは、代わりに“見える筈のない”情報を掴んでいた。


(さて、アダムという少年はこの辺りに居た。ざっと見積もって十五分前くらいか……)


 イメージ的には、光のような何かがホログラムを生み出し、映像を作り上げる。しかし、現実のそれとは似ても似つかぬ姿だ。


(ここに立っていたな。後ろから誰かが歩いてくる)


 色や音が体感的に分かる訳ではない。何かがそこにあったという情報だけが流れ込む。それを空間的に変換しているだけに過ぎない。


(軍の人達が走っているな。じゃあもうすぐか)


 ふと、眩い刺激――例えるなら閃光。


(エネルギーが一瞬で放出された。右隣の人物が何かを発射したのか……他にも協力者は居そうだな。トランセンド・マンが起こすエネリオン変換によるものじゃない)


 トランセンド・マンの脳内で無意識に行われるエネリオンの構造変換は、複雑な情報量を持つ。しかも一瞬で。


 エネリオンはエネルギーそのものよりも情報に近い性質を持っている。エネルギーは熱や運動といった単なる量よりも、それを変換しコントロールする機関にこそ価値がある。エネリオンの構造変換によるエネルギー化もそれだけ希少な価値と複雑な情報処理を持つトランセンド・マンならではなのだ。


 そして、この情報を探る事こそカイルの得意分野の“一つ”だった。


(電気? 放電時間を極端に短くするによって一瞬だけ動きを止めたのか)


 しかも現在の情報だけではなく、過去まで。


 線が重なれば平面に、平面が重なれば立体になる。では立体が重なればどうなるのか。


 その答えは時間だと言われているが、三次元空間に居る人間の知覚では認知出来ない。


 しかし空間同様、時間も座標の一つならば自在に分かるのではないか──それをカイルの知覚は証明していた。


 人間には前後だけの道でも、アリのサイズなら左右に移動出来る。それと同様、物質の根源に迫る素粒子レベルのミクロの知覚では、多次元の認識が可能といわれている。


(後ろの人物がアダムを殴って一緒に右へ去った……)


 “見えざる軌跡”を捉えた。流れるような人型の光――





 目を開けながら自然と九十度右横を向いたカイル。その動きを少女一人と大人二人が不可思議に眺めていた。


「犯人と思う後ろに居た人物はあの路地裏に行ったみたいですね。他にも共犯者は居ると思われます」


 カイルが脳内で思索を巡らせている間は十秒にも満たなかった。なので、彼がキッパリと断言した時は「もう?」と三人とも感嘆の視線を送っていた。


「すげえな。トランセンド・マンになると便利そうで良いなあ」

「そうでもないですよ。やるべき事をしなくては。それより、そちらの捜している喧嘩を起こした犯人はどうします?」


 賞賛を込めつつもジョークめいた発言に、苦笑する青年。メリハリを利かせ、親切に訊く。


「そうだな……いや、そっちは俺達だけで進めるとするよ。生憎足手まといになりそうだ」

「分かりました。そちらもお気を付けて。行こうアンジュ」

「はい。では、そちらも頑張って下さいね」


 礼儀正しく挨拶する若者二人を見送り、兵士二人はしばらく気を取られたように手を振っていた。


「……若いっていいな」

「ああ……美男美女ってのはああいうのなんだろうな」

「俺もトランセンド・マンになったらモテるかな?」

「馬鹿か、いくら力持ちでもいかつい顔が駄目だお前は。おまけに頭も駄目だ」

「お前みたいなイチャモン付けたがる軟弱者に女の子がついて行きたくなるかよ。女ってのは男の筋肉が好きなもんだろ」


 双方とも憎まれ口を吐き捨てる。ニヤけた笑みを浮かべる中、もう一人兵士が会話に吸い寄せられてやってきた。


「うるせえ、仕事をサボる奴は精進しないぞ。それに女は結局金と名声だろ」

「そんなのに寄る女なんてロクなの居なさそうで俺は嫌ですがねえ……しかし、さっきちょいと面白い事を耳にしたんですよ。事件に関わりがあるかも」

「……聞かせてくれ。ボーナスをやるかもしれん」


 上司の目の前で兵士は、腑に落ちない顔を解かぬまま、先刻の若者二人とのやりとりを話し始めた。


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