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6 : Lost

 ロサンゼルスで突如起きた暴行事件の調査は、まだ続いていた。兵士達はまだ周囲の通行人に聞き込みを続けている。


「あれっ、それじゃあおかしいな」

「どうした?」


 一人の兵士の腑抜けた声に、他の一人が寄る。肝心の人物は首を傾げたまま話し始めた。


「それが、目撃者や騒ぎを起こした奴らの証言によると、どうやら元は二人組が揉めてた事から次第に巻き込まれていったんだと」

「それで、どうした?」


 片手に持っていたメモを見ながら問いに続ける軍人。瞳は手元にピントを合わせ、口元はつり下がっている。


「証言ではそいつらはそれぞれ黒髪と金髪で、ジャケットにカーゴパンツという格好らしいんだが、辺りを探しても全然見当たらねえ」

「そりゃ変だな。透明人間かニンジャでもあるまいし……」


 揃って二人はポリポリ頭を掻いた。痒みは消えないのか、双方はそのままぼんやりと空を眺めていた。


「……そういや、騒いでた奴らの一人によると、そいつに挑発されたと言っていた奴も居たな。元々の喧嘩は飯がどうとか言ってたらしいが、そんな話題で普通関係無い奴ら巻き込むか? ソーシャルメディアを炎上させる訳じゃなかろうに」

「確かに。まさか何かを隠すために注意を引きつける陽動だったりして……」

「滅多に無い事だが、こりゃ監視カメラでも確かめるか? こいつは厄介な事件になりそうだ……」

「同感だ。ドーナツとコーヒーとパイプが欲しい。推理小説のモチーフにでもなれねえかな」

「お前にゃサングラス掛けて俺が法律だ、と叫ぶ方が似合ってるさ」


 ジョークを交わし、笑い合う兵士二人はつかの間息を抜くと握り拳でタッチ、再び近くに居る目撃者に話を訊き続けるのだった。





















「ボス、そいつがターゲットですかい?」

「しかし電磁スタン弾なんかよく効きましたね」


 ロサンゼルスの陽が半減した路地裏、大型ゴミ箱の陰に身を隠しながら黒髪と金髪の人物が言った。


 この二人こそ先程、ロサンゼルスの表通りで騒ぎを起こした張本人達だった。数分前まで喧嘩をしていたとは思えぬ程、口調は冷静だった。


「そうだ。放電時間短くして電圧高めりゃあ効果は一瞬でもエルボー食らわせてやりゃあいいんだよ。それよりお前、ちゃんと監視カメラは無力化したろうな? ターゲットが都合悪い所に居たからな」

「ええ、狙いを合わせて引くだけ。タイミングが難しい以外は簡単でしたぜ。電磁パルスって意外と遠くまで届くんすね。まあ芝居の方がずっと大変でしたがね」


 尋ねられたのは、二人に対面し、顔の下半分を髭が覆うアルフレッド。彼は黒っぽいジャケットの下に目を閉じた少年を抱えていた。側面や後ろからは見えにくいだろう。


 懐から拳銃型の物体を見せて、得意げに語る金髪の男。対するアルフレッドは片方の口角を上げて応じた。


「へっ、てめえの大根演技なんざハリウッド主演どころかエキストラすら出来るかっての。早く拘束具持ってこい。これでステーキを飽きるまで食おうぜ」

「そいつは名案ですが家に帰るまでが遠足ですぜ。それに俺はワインの方が飲みてえ」


 ジョークを吐き捨てた黒髪は。何処からか抱えてきたボストンバッグをゆっくりと下ろす。ファスナーを開けると、出てきたのは金属製の輪や、合成繊維製の縄が様々。


 ぐったりと気絶している少年の膝を折り、腕で膝を抱えさせる。そして両腕や両足、上腕や腿や首にまで輪を取り付ける。そしてロープで縛り、固定。


 コンパクトに纏めた少年はスヤスヤ息をしたまま起きない。それを軽々と抱えたアルフレッドは、ボストンバッグに易々と詰め込んだ。


「しかし、こんな弱そうなガキがねえ……それをわざわざ誘拐しようって、こいつは何か裏がある気がしませんかい?」

「同感だ。軍だの政府だのという奴らは隠すのが好きらしいからな。とても気になるもんだ」


 ファスナーを閉め、部下からの呼び掛けに髭面の上司は不気味に笑いながら頷く。わざとらしい言い草と歪んだ顔は何かを企んでいるようにも見える――顔を見合わせ、肩をすくめた部下達。


「……とりあえずここからどうやって運ぶかが問題ですぜ? どうやら反乱軍の奴ら俺達の事に勘付いているらしい。他の二人はもう既に現場から離れてる」

「だが計画自体を知られている訳じゃないだろう。予定通り仮拠点で落ち合うぞ。バラバラで移動した方が良い。ボス、ターゲットは任せましたぜ」


 金髪の部下がアルフレッドに話を振った。訊かれた本人はフッ、と鼻で笑っていた。


「おう。ガキの子守なんざ死んでもやりたかねえが、お前らに務まるとも思えんしな」

「女に寄り付かれねえあんたには言われたくねえですがねえ」

「うるせえ、分け前減らされてえか?」


 にやけ面のままアルフレッドは脅し文句を告げると、推定六十キログラム以上のボストンバッグを軽々と片手に、薄暗い路地裏の向こうへ去っていった。





















「カイル、オーストラリアの調子はどうだったんだ?」


 左横を見てそう言ったのは緩いパーカーを着た長身の青年、リョウ。


「ん? 今のところは平穏だね。東と南のアジア方面の制圧が進んでくれているよ。現在は中東地域と北方アジアが激戦化しているかな」


 隣に並列して歩く金髪碧眼の青年、カイルは穏やかに答える。しかし、右横の青年は苦笑して息を漏らした。


「相変わらずお堅いねえ。そうじゃねえ、皆調子はどんな感じだ? お前、ガールフレンドが出来たりしたか?」

「君こそ、呑気だなあ。皆元気さ。ドニーさんも特に動いてはいない。僕は研究くらいしかまともにやってないけど」

「ジジイ臭えなあ。若い内くらい良い女と良い事しまくれよ。折角モテる顔してるんだしさあ」

「君の方こそ、もう少し真面目に生きても良いんじゃないかい?」

「耳が痛えよ。説教は尻デカ女だけで十分だ」


 大袈裟に耳を塞いだ日系人。思わずゲルマン青年が吹き出した。


「クラウディアさんはしっかり者ですから、皆を放っておけないんですよきっと」

「この野郎、俺がガキだっていうのか?」


 怒りが半分、笑いが半分。わざと握り拳をカイルの目の前に見せつける。「ごめんごめん」と相手は引き気味に苦笑した。


 尚、視界の傍らに見知った色白の少女が見えると一気に冷めたが。


「おっ、アンジュちゃーん!」


 歩道の奥、グレーのロングヘアーをした少女――表情を喜びに変え、手を振る。ただ、三十メートル先でキョロキョロ辺りを見回す様子は不審だった。


「どうしたんだろう? 道に迷ったとか」

「そりゃねえだろ。いくらドジ可愛いとはいえ、少なくともロスに二年くらいは居るし」


 通り一帯に響く声に呼ばれた当の少女が、灰髪を揺らして振り向いた。大柄な青年が手招きし、彼女は駆け足で寄ってくる。


「どうしたアンジュちゃん見渡して、トイレにでも行きたいのか?」

「リョウさん……ってそうじゃなくって! あと“ちゃん”付けしないで下さいよ……あっ、カイル君久し振りね」


 隣に居た青年を一目するなり不機嫌気味に拗ねるのを取り消し、嬉しそうに声を上げた。本人の金髪の青年であるカイルも連鎖して、笑顔になる。こちらは目が若干細まっていた。


「うん、昨日こっちに来たばっかりなんだ。ちょっと研究が進むかもしれないと思ってね。さっきはリョウとメキシコ料理を食べに行ってたんだ。少し辛かったけどね」

「それってひょっとしてディエゴさんの所ですか? あそこ良いですよね。焼き方も良いし、サルサが特に美味しくて」

「そうそう、アボカドが入ってて辛味が若干マイルドになってくれるのが……」


 同じティーンエイジャーだからなのか、それともカイルが穏やかだからなのか、若者二人はすっかり意気投合している。突如繰り広げる会話を、唯一の二十代は寂しげに観察していた。


「……っていうかアンジュちゃん、さっきまで何か探してるようだったがどうしたんだ?」

「あっ、そうだった……」


 逸れて誰も止めなかった話を、白けた視線を送りながらリョウが戻し、後頭部に手を当てて苦笑するアンジュリーナ。しかし、彼女から笑みはすぐに消えた。


「実はさっきまでアダム君と一緒に居たんですけど、はぐれてしまって……」

「アダムがねえ、まさかアイツが道に迷うなんて考えられんだろうし……」

「最後に見たのは?」


 茶髪の青年の軽口を阻んで、金髪の青年が尋ねる。対する少女は俯き、顔に影がかかっていた。


「実はさっき近くで喧嘩があったんですけど、それを私が止めに行ったらその間に居なくなってて……」

「そう自分を責めるなよアンジュちゃん。誘拐された訳じゃあるまいし、すぐ見つかるさ」

「喧嘩?」


 悲しげなアンジュリーナを慰めようとなだめようとするリョウに対し、カイルは更に質問した。


「あ、はい。すぐそこであったんですが、もう収まりました」


 彼女が後ろに指差した先を見る――メキシコ系の店が並ぶ道端、駐まっているのは砂色の兵員輸送装甲トラック。自分達の所属する反乱軍のものだとすぐに分かる。


「でもまだ調査は続いてるみたいですね。結構時間掛かるのかなあ?……」


 何気なく答える少女だが、それを聞いて訝しげに眉をひそめた人物が居た。


「一度訊いてみよう。何か間接的に分かるかもしれない」

「えっ? あ、はい……」


 カイルの表情は決して明るくはなかった。かといってシリアスに沈んでいる訳でもない。ただ何かを考えている風に見える。


「リョウ、君はどうする?」

「そうだな……」


 青年の茶色い目は横を向いていた。辿ると、その先には建物の間に挟まれた細い路地――リョウの親指が向く。


「ちょっと潜ってくる」

「そこまで深刻じゃなきゃあ良いんだけどね……」

「“超越”してるからなのかは知らんが、鼻は利くんだ。あるいは、休みすぎて暴れたいと思ってるらしい」


 親指を立てたリョウはパーカーのフードを被り、薄汚れて湿り気を帯びた路地裏へと消えていった。


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