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2 : Prediction

 赤い太陽が東から顔を出し始めた頃、晴れたロサンゼルスの南部海岸に位置するロングビーチ。


 かつては海水浴やレジャーに訪れる観光客や、沿岸や船による釣行客で溢れていた。現在でも規模こそ減ったが、未だに人気のビーチや釣りに訪れる人々は絶えない。


 更に、ロングビーチから沖合約四十キロメートル程離れた所にあるサンタカタリナ島は釣りスポットとして現在でも人気だ。


 この面積百八十平方キロメートル程の島の磯の沿岸、モーターボートが浮かんでいた。太陽光発電と海水燃料電池をメインとし、発電用エンジンが補助的な役割を果たす仕組みだ。


「違う違う、少し速い。それじゃあ逃げられちまう。もう少しゆっくりだ」


 と、ボート上の黒人青年、リカルド・アルメイダが横に向かって指摘する。


 隣で長さ三メートル程の釣り竿をボートの外に掲げ、手元のリールを巻いている少年はアダム。


 竿の先端からは静かに波打つ海へ糸が伸びている。そして、海面から金属製の光沢の強い疑似餌の一種、メタルジグが飛び出してアダムの手元に。


「魚に合わせなきゃ。奴は何処に居てどんな飯を食いたいのか、それを考えるのさ。そうすりゃ釣れる」

「合わせる、か。何事でも同じなのか」


 何かを思い出したのか、呟いた。


「ああ、そういやハンに武術教えて貰っているんだって?」

「そうだ」

「あいつの格闘技術は俺達の中じゃ最強だからな。あいつ俺達の動きを完全に読んでて合わせているのさ。勝てたのなんて精々トレバーくらいしか居ねえぜ」


 苦笑するリカルド。そしてアダムは糸の末端に付いたルアーを竿先から五十センチメートルばかり垂らし、リールの糸を通すベールアームを立て、指で糸を押さえる。


 そして体の後ろへ振りかぶり、竿を縦に勢い良く前へ――重心が後ろから前へ移り替わる瞬間、糸を押さえる指を離した。


 メタルジグは煌びやかに輝きながら、船から五十メートルも離れた所で着水。


「投げるの上手いわね」


 今度はアダムの更に隣から少女、アンジュリーナの素直な賞賛が飛ぶ。少年の方はルアーの落ちた部分をただ見詰めている。


 十数秒後、彼はリールのベールアームを戻し、ハンドルを回し始めた。二秒でおよそ三回転のペース。


 しばらくし、海中からメタルジグが着水前と同じ姿を見せた。


「やっぱ初心者にはちとムズいかなあ。あと海も少々荒れた方が良いんだよな」


 と、リカルド。しかしアダム本人が言うに「少ない道具で出来るならばそちらが効率が良い」との事でこちらを希望しているのだ。


「アンジュちゃんはどう?」

「全然ですよ」

「俺もだ。これだから楽しいんだ。広大で気まぐれな自然を相手にどこまで読みを通すのか、そこが面白いんだ」

「なるほど、男の人達ってそんな賭けみたいなの好きですよね」

「だろ? 勝つか負けるかでとんでもねえ金まで賭けられる」


 リールを巻く三人。ちなみに、ボートの反対側ではリカルドの友人二人も釣りをしている。このボートもその内一人の物だった。


 すると、糸の一番下から錘と、糸から枝分かれするように付いた、イカの切り身が付いた釣り針が、海から出てきた。


「やっぱり釣れませんねえ」

「ロックフィッシュ狙いなら待つのも手だぜ」


 アンジュリーナが糸を垂らし、後ろから前に大きく振って仕掛けを投げた。


「海の中を見通すんだ。魚の動きはもちろん、潮の流れだとか、地形だとか。駆け引きってのもそういうもんだろ? 例えばあそこ、黒っぽく見えるが、岩がゴロゴロして潮が複雑になってる地形で……」


 リカルドが海に向かって掲げる三メートルもの竿の先端がしなった。青年は竿を静かに立てる。


「そら来た。アンジュ、網頼むわ」


 黒人がリールを巻いていく中、白人少女がボートの甲板に雑に置かれた道具類から網を掴む。


 アンジュリーナが戻った時、海中に薄く茶色の影が現れていた。迷わず彼女は網を海面へ。


「ロックフィッシュか。これから暑くなってくりゃシーバスも釣れるんだがな」


 横から差し出された網が、海面に浮いてきた赤色系統の魚をすくい上げる。そして甲板の上へ。


 赤茶色の二十センチメートルばかりあるカサゴらしき魚が、釣り針をくわえていた。リカルドの指が魚の口に突っ込まれ、慣れた手つきで針を外した。


「もうちょいサイズ欲しいが、上々だ」

「凄いじゃないですか。これどんな料理が良いのかなあ……」


 賞賛と同時につい考え込むアンジュリーナ。不意に、彼女の竿が大きく曲がる。


「わっ」

「ドラグを緩めるんだ。相当だなこりゃ」


 言われてリールの糸が巻かれる部分の、頂部に付いたツマミを捻った。糸が海中に引かれる分、竿のしなりが緩む。


 巻き取っていくアンジュリーナ。青く霞んだ一尾の魚影が段々見えてくる。リカルドが網を取る。


「ハタかこりゃ、ついてるなアンジュ。おっと、巻くの強すぎだ」

「へっ?」


 少女が手を止めた。途端、海面近くまで浮上していた茶色い魚が遠ざかる。


「あっ」

「ああっ!」


 リカルドの軽い反応に対し、アンジュリーナは大袈裟に声を上げる。ボートの反対側の縁に居た二人が何事かと駆け寄った。


「しかも結構暴れてると来た」

「ご、ごめんなさい!」


 何に対して少女が謝っているのか誰も分からなかったが、再び茶色い魚の姿が海の底からはっきり確認できた。


 黒人男性が網で持ち上げ、ボートの甲板へ降ろす。体長は四十センチメートル前後。


「嬢ちゃんこの時期にこんなサイズだなんてついてるな」

「さっきの拍子抜けたとこ可愛かったぜ。俺が教えてやろうか?」

「お前はナンパするんじゃねえよ」


 二人のリカルドの友人。どちらも二十代半ばといった所だろう。


「でもこれどうします? 刺身かなあ。それとも……」

「焼くなり煮るなり美味けりゃ何でも良いぜ。なあアダム」


 今まで無言だったアダムへ話が振られた。だが、当の少年はただ海を見詰めてハンドルを回しているだけ。


「やっぱこの時期ルアーはムズいかもよ」

「沖に出たら良い獲物が居るかもしれんがなあ」


 リカルドの友人二人の呟き。少年は手元に戻ってきた金属片の疑似餌を投げ返す。


「巻き方変えてみな。巻きと止めを交互にするんだ」

「小刻みにしたら振動で誘えるぜ」


 助言を素直に受け入れ、竿をしゃくり上げたりリールを断続的に巻いたりするアダム。気付けば、この船に乗る五人全員が同じ方向へ糸を垂らしていた。


 数十分、静かな波だけが続く。変化といえば太陽が少し傾いた事と、リカルドの友達一人が回遊魚を釣り上げたくらいだけだった。


「そろそろ移動するか?」

「そうしよう。俺がお前なら泳いで素手で捕まえてやりたいね。お前なら出来るだろ?」


 ラテン黒人の提案に船の持ち主が返事した。まだリールを回している残り三人を見て待つ事にする。


 ちなみに、トランセンド・マンの水中での機動力も常人を遥かに超え、標準的な人物であれば秒速六十八メートルものスピードを誇り、これに勝る水生生物は存在しない。


 しかしそれでは趣味が本末転倒だ。それを百も承知なリカルドは鼻で笑った。


「アダム、地形ってのは動かない。だからこっちから行ってやらなきゃならねえ。次は天気。これはどうしようもねえから時間を選ばなきゃならねえんだ。釣りってのは自然とのバトルだぜ」


 言い終えた丁度、海中から乱反射させるルアーが引き上げられた。見かねて黒人の方を向くと頷く。


 「全速前進!」とリカルドの友人が操舵室でアクセルレバーを前に倒した。





















 反乱軍のオフィスビルの一室。


「ジェイク、レックス達が世話になったな」

『子守りより楽勝でしたぜ。そっちんとこのアンジュちゃんまた可愛くなってたじゃないっすか』


 パソコンのディスプレイとその上部に付いたカメラを見る、小柄な茶髪の中年男性はチャック・ストーン。対する画面には、金髪とサングラスが印象的な三十代半ば程の男性、ジェイク・ファレル。


「ハンが珍しく休みでな、代わりにという訳だ」

『アイツも働き過ぎですからな。まるで日本人みたいだ』

「かといって今度は私が過労になってしまうのはな……」


 交差する冗談。二人は笑い合った。しかし、チャックが一拍置き、真面目な顔で話し始めると空気は変わった。


「手短に言うとするよ。お前さん達が見つけてくれた謎の石とやらはエネリオンの反応を自動的に行えるかもしれないという正体不明な物質だったんだ」

『……続けて』


 ジェイクも考えながらジョークの笑いを殺していた。


「ハンが言うには構造自体にエネリオンが関わっているんだと。しかしそうなれば分からんからなあ……」

『エネリオンが構造に……うちのテレサでも分かるかなあ……』

「まあそれは置いといて、あれはマグマを掘って採った物だと聞いた。だから火山帯が狙われる可能性が大きい、そうハンが言っていたよ」

『そうか、じゃあ奴らが今後環太平洋地帯を狙う訳っすね』

「だからお前さんの所のジェンキンズならこういう事を広めてくれるのが得意と思ってな」

『了解。“爺さん”ったらこの前広告塔だなんて自虐言ってましたよ』


 画面越しのサングラス男が吐いたジョークは、深くなりつつあるシリアスさをリセットした。


「そうそう、それから私が研究していた事なんだが、実はトランセンド・マンについてだ」


 トランセンド・マンは次世代の“兵器”として地球管理組織からも反乱軍からも最も重要視されている“物”でもある。だからジェイクは再び眉をひそめ、深刻な表情を取り戻した。


「トランセンド・マンにはスペックとして足りない「予備軍」と呼ばれるのが“標準”の十倍も居るのは知っているだろう?」


 『一応』と金髪の男。アイルランド系男性は続けた。


「どうやら予備軍を実用レベルに引き上げる開発が管理組織で盛んになっているらしい。トレバーが多数と交戦したそうだ。脳を活性化させる特殊な薬剤が用いられていたんだが、その構成が明らかになってな。そのデータを送ろうと思う」


 チャックは机の下に立てられたコンピューターのUSB差し込み口へメモリーチップを入れる。通信速度や情報容量は記録回路の抵抗低下等によって遙かに上昇したが、こういった形状等の従来の共通規格は便利な為、地球暦〇〇一七年現在でも多く使われている。


 一世紀以上同じ形態のキーボードをタップ、そして画面に呼び掛けた。


「送っといたよ。対抗策は早く出した方が良い」

『届きましたよ。しかし管理軍の奴ら中々面白い技術を目指しているみたいで』

「同感だ。まるでトランセンド・マンそのものの数量を増やしたり、あるいは必要としないような開発らしい。考えが進み過ぎて読めんよ……」


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