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1 : Relation

 イエローストーンの管理軍基地が破壊されたその日の深夜、襲撃の当人達である反乱軍一行はロサンゼルスとダラスへ帰投した。


 そしてロサンゼルス、真夜中だというのに反乱軍の基地は、様々な話し声に機械類の動作音で溢れかえっていた。


 それぞれ後始末をする中、二人のトランセンド・マンは基地を離れて都市部のビルの一つへ足を運んでいた。


「ハンさん、来ました」

「ああ、入ってくれ」


 真夜中だというのに灯りのついたビルの廊下、ある一室を叩くスラヴ系の少女が一人、それに続く少年が一人。少女が戸をノックすると中から青年の返事がした。


 礼儀正しく一礼して中に入る少女。そして、少年が何も言わずついて行く。


 部屋では東洋系の青年がキャスター付き椅子に座ったままこちらへ振り向いていた。


「アンジュ、アダム、よく来た。座ってくれ」


 青年、ハンが手で指した先、彼の反対側には丁度良く彼が座る椅子と同じ物が二つ。二人はためらいもなく腰掛ける。


 双方の間には低めのテーブルがあり、茶が二杯用意されていた。


「はいこれ、ジェイクさんがハンさんに届けて下さいって言ってました」

「ありがとう」


 アンジュリーナはウエストポーチから小さな袋を取り出し、卓上へ載せる。それがハンの手元に引き寄せられた。


 袋の中に入っていたのは、直径一センチメートル程度の石粒。黒くて光沢が一切無い。


「ハンさん、それってこの前アダム君が見つけたあの砂粒みたいなのと同じように思うんです」

「ああ、僕も同じ考えだね……あの後、あの黒い物体を調べ続けたんだけど、結局正体は分からなかった」


 ハンが黒い砂粒を眺めて言う。対面する二人が見守る中、話は続いた。


「何しろ、物体の構成にエネリオンが関わっていた。僕ではその詳しいエネリオンがどう構造に関わっているのか調べられない。その手の専門家を呼ぶ事にしたよ」


 二人の少年少女は呆然と話を聞いている。すると、先に何かを思い付いたアンジュリーナが尋ねた。


「それからテレサさんからも話を聞いたんですが、どうやらこの物体、地下のマグマから掘ったみたいだと言っていました。ひょっとして管理組織の目的ってこれじゃあ……」

「そうか、つまりマグマからこの資源を採掘する為に拠点を広げているという訳か。この辺りにも火山が多いから、それで向こうがこの前意図的にロサンゼルスを狙ったという事も理解できる」


 ハンが少女を遮り、驚きとひらめきをミックスさせて言った。


「火山なら他に管理組織が何処を狙っているのかも大体分かりますね」

「ああ、特に環太平洋火山帯の南半分ならまさに僕ら反乱軍の拠点でもある。まだ確定じゃないけど、十分な説得力はある。注意喚起はするべきだね」

「でもこの石、何の役に立つんでしょうか?」


 少女から質問。ハンはまた何かを思い出すように顎に手を当てる。残るは少年がその様子を傍観するのみ。


「実はあの黒い石、エネリオンの流れを強める効果があるみたいだった。原理は分からないけど、もしそうなら……」

「トランセンド・マンの強化に使えるのか。この前の防衛戦でトランセンド・マン二人が逃走用に使っていた」


 急にアダムが喋った。二人が意外に思い、少女の方に至っては半分驚きを込めた視線を送っていた。


「……その通り。でもそれだけじゃない。トランセンド・マンのエネリオンは基本的に神経を介してやりとりされる。専用武器はトランセンド・マンの神経細胞を模した特殊な回路が使われているけど、あくまで能力の拡張に過ぎない。でも、これは自発的にエネリオンをやりとりが出来る可能性まであるんだ」


 「へえー」とアンジュリーナ。記憶を思い返して脳内で納得する静かなアダム。ハンはまだ喋り続ける。


「だから“僕ら”への対抗手段が生み出されるかもしれない。少なくとも希少な物質なら近い内は危険度は低いだろうけど、その前に終わらせなくては……」


 彼は駒を動かして勝利を勝ち取らなくてはならない。それがこのアジア系青年の、戦闘指揮者としての責任なのだ。それを示すように彼は眉を潜ませる。


「ハンさん、私も頑張りますから!」


 真剣な表情を見て苦しんだのか、アンジュリーナはテーブルを乗り出して声を掛けていた。対するハンは真面目な少女を見て、真剣な眼差しは残したまま口を綻ばせる。


「ありがとうアンジュ、君みたいな味方が居て頼もしいよ」

「ハンさんだって昔、団結が大事だって言ってたじゃないでしたか」

「……どうやら最近疲れ気味みたいだなあ。明日はゆっくり休むとするよ」


 ハンは「参ったなあ」と苦笑しつつ額を押さえ、純真な少女に応えてみせる。


「たまには私にも任せて下さいよ。私だってオペレーターの仕事は幾らか教えて貰いましたし」


 「助かるなあ」とアジア系青年。場の空気が和んだ所だった。


「ハン、電気操作能力があるというのは本当か?」

「ん? そうだけど、電子一個一個の知覚まで出来る」


 アダムによる急激な話の変容に青年は言われるがまま答えた。少年の隣で居座るアンジュリーナも首を傾げていた。


「実は昼間の戦闘であるトランセンド・マンから攻撃を受けた。その時に傷を付けられた。見てくれ」


 少年がシャツをめくり上げると、腹に黒ずんだ皮膚が見えた。


「応急処置は?」

「抗生物質を打った。壊死らしい。トランセンド・マンの能力によるものらしいが、全く原理が分からない」


 話が掴めず黙り込むハン。その間は数秒程度。


「エネリオンは神経でやりとりされる。神経は電気のやりとりでもある筈。だからハンなら何か分かるかと思って……」

「あ、成程そうか。分かった、少し掛かるけど良いかい?」


 無言で頷くアダム。するとハンは目を閉じた。


 少年を構成する物質、さらに細かく――原子、そしてそれよりも遙かに小さな電子が“視え”る。


 視野を広げ、大量の電子の流れを捉える。その流れは一つの座った人間の形を取っていた。


「武術は単に戦闘技術だけじゃない。治す技術も含まれているんだ。薬学や整体法、鍼灸法まで。特に僕は鍼灸法おいて神経の伝達が関わっていると思っているんだ」


 おもむろに青年が立ち上がる。すると彼は部屋の端の棚からアタッシェケース大の鞄を下ろし、少年の前へ戻る。


「中国は古来から経穴といって、いわゆるツボが体内の異常が皮膚の反応として敏感に出てきた所があるんだ。つまり、このツボを刺激すれば内臓への働きかけが可能になるという訳さ」


 ケースからハンが取り出したのは、注射針よりも細いステンレス製の針。説明しながらそれを幾つも持った。


「……観察してみたけど、原因の方は割とあっさり分かったよ。壊死した細胞は全く電気信号を受け付けないんだ」


 アダム、そしてアンジュリーナが「どういう事?」と訝しげに疑問を顔に浮かべている。


「電子の流れの履歴を遡ったんだ。それで分かったのが、電子はある時期から突然不活性化した。まるで何かでエネルギーを奪われたみたいに……」


 ハンの電子観測技術は元々コンピューターやそれらネットワークにアクセスする事も可能だ。それらを使用してデータの追跡や復元までする事が出来る。


 説明を聞いたアンジュリーナが息を呑んだ。一方、アダムは黙ったまま何かを考えているらしく何も言わない。


「大まかにしか分からないけど、これは何か嫌な予感がする……」

「ですね。エネルギーを奪うなんて初めて聞きました……」


 青年の呟き。それに答えたのは少女。青年は鞄に入っていた【消毒用エタノール】と書かれている樹脂製の白い瓶を空けて、内部の透明の液体を脱脂綿に浸した。続いて脱脂綿で取り出した針を拭いていく。


「今から針を刺していくから動かないでくれ」


 正面で座るアダムに呼び掛けた。ただでさえ無駄な動きの無い少年には造作もない事だ。それから脱脂綿で少年の黒ずんだ腹を拭く。


 ハンが針を一本持ち、遂にアダムの腹部の皮膚へそれを刺した。


(痛みが無い。痛覚神経を避ける程に細い針なのか)


 少年の思考を余所に、腹にはたちまち大量の針が突き立っていた。アダムは微塵の動揺も見せないが、隣ではアンジュリーナが心配性を発動しているらしく、手を胸の前で組みながら見守っていた。


「痛みは?」

「無い。しかし不思議だ。体が活性化されているのか?」


 ツボにも痛覚遮断、内臓器官の改善、といった色々な種類がある。ここで中華系青年が刺激したのは単純な血流・神経伝達促進というものだ。


 神経というものは断ち切られると身体不随を起こすが、電気信号を送る事で切断された神経を再び繋げる、という治療法もある。この場合はそれを細胞レベルに縮小して行われたもので、死んだ細胞へ直接刺激を送る事で再生を促進させるという訳だ。


「トランセンド・マンの元々の回復力もあるだろうし、数時間程度で治ると思うよ。二人とも一日中ご苦労だったね。ゆっくり休んでくれ」

「ありがとう」

「ありがとうございます。ハンさんも無理しないで下さいよ」


 それぞれ礼を述べた十代の二人。少女の配慮に頷いたハン、丁度少年に刺さった針を抜き終えていた所だった。


「そうするよ。二人共おやすみ」


 再び脱脂綿で針を拭き、椅子に座る二人が立ち上がる。一礼する少女と振り向きもしない少年をドアの奥に見送りながら、医療箱を片付けた。


「僕も休まなきゃ。明日は久し振り何処かに食べに行こう。今日は今日、明日は明日だ」


 そう言ってハンは大きなあくびをし、目をこすりながら部屋の片隅に置かれたソファーに寝そべり、携帯端末を操作して部屋の明かりを消し、そして眠りにつくのだった。





















「あ、そうだ、アダム君」

「何だ?」


 白いLED照明が照らすビルの廊下。二つの足音だけが鳴る最中、アンジュリーナは言った。


 その表情は真剣で、隣のアダムはそれを見詰める。少女は何かを考えるように少しの間俯いていたが、やがてその顔が上がる。


「……戦闘が終わって帰ってくる時、アダム君とても苦しそうな顔をしていたわ」


 返事は無い、が、少年の顔には「それで?」と書かれていた。


「やっぱり心配なの。だから打ち明けて欲しくて……」


 アンジュリーナが口ごもったのは、アダムに怒鳴られた記憶が真新しくかつ衝撃的だったからだろう。


「……あまり言いたくはない。だが、アンジュにだけなら言えるかもしれない」


 意外な答えに少女が「えっ?」と声を上げる。少年は口も足も止めない。


「多分記憶だ。管理組織に何かを注射された」

「注射?」


 少女はふと、アダムが怒りを見せた時の事を思い出した。


(そういえばあの時、抗生物質を打ってもらって、それで様子がおかしかったんだわ)「何か分かったの?」

「……」


 少年は目をちらつかせ、まるで眩しいかの如く瞬きしていた。


「……後は奴らから逃げている記憶だけしか分からない……いや……」


 途中で何かを思い出したらしいアダム。しかし彼の口は呂律が回らず、一向に喋らない。


「……ごめん、後は言えない」


 立ち止まり、顔を俯かせた少年。顔の影が白く明るい照明によって一層引き立った。


 その時、アダムは自分の手が掴まれる感触を覚えた。


「大丈夫、気が向いたらで良いわ」


 許容する優しき声。目をやると、少女の手がこちらの手を握っていた。顔つきも幾らか大人らしさを帯びたようにも見える。


「アンジュ、助けようとしてくれてありがとう」

「どういたしまして」


 気を取り直して二人は白く照らされた廊下の奥へと進んでいった。


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