7 : Dance
「さあ踊ろうぜ!」
ブラジル系黒人、リカルドはそう言いながら腰を落とし、左右にステップを踏む。と思えば右半身を前に左回し蹴り。
彼の正面では一人の金髪の男性が向かい合い、キックをスウェーで避けた。
空振って足を戻す黒人。今度は軽く跳び上がって二連回し蹴り。相手は一歩下がって躱す。
着地寸前、一発遅れて空中から横蹴りを一発――咄嗟に腕を上げてガードした敵だが、ふらついて後退する。
追い掛けるリカルド、滑り込むように体勢を低くしながら右足で下段回し蹴り。
金髪の男が一歩下がって避け、黒人の方は背を地面に付けたままブレイクダンスの如く足を素早く回転させる。
隙を伺う敵。するとリカルドは地面に手を着き回転を止め、地面を押す。反動で足を先端に跳ね上がり、向こうへ両足蹴り。
敵は不意の状況下咄嗟に両腕で中段をブロックしたが、威力に負けて背中から倒れた。
立ち上がった黒人青年は一歩踏んで横に一回転、勢いを付けながら跳び上がって更に回り、踵落とし風の回転キックを仕掛ける。
気付いた相手は慌てて横に転がり、先程まで寝ていた地面を蹴りが抉った。
後転して起き上がる敵。片膝を地面に着いたままリカルドが低姿勢で横回転し始めた。
転がるような連続回し蹴りを下がりながら躱していく。隙を突いてローキック。
ドレッドヘアーを大きく揺らしながら黒人が地を跳ねた。蹴りを避けつつ前方に一回転――踵に衝撃。
頭上から不意打ちを食らわされた金髪男は中腰で怯み、黒人が着地してしゃがみながらアッパー――相手が宙に吹っ飛んだ。
苦痛に表情を歪ませながら金髪の男性は空中で体勢を整え、掌をリカルドへ向けた。本能的に体を捻る黒人青年。
彼から八時の方向、数十センチメートル離れた土が破裂するように巻き上がる。一瞬、空気が揺らいで見えた。
(熱? リョウみたいなタイプか)
考えに時間を奪われる最中、敵は既にリカルドへ拳が届く距離に居た。
逆襲が始まり、リカルドは回避を余儀なくされる。連続拳を体の動きだけで避けていく。
相手が両手を伸ばして青年の腕を二本とも掴んだ。放そうとするが、がっちり固定されている。
拮抗している内に、リカルドはある事に気付いた――腕が熱い。
(熱で弱らせようってか。やっぱリョウタイプだな)
黒人の顔がニヤリと白い歯を見せた。同時に、青年の身体が跳び、正面目掛けて両足を突き伸ばす――心地良い手応え。
蹴りの勢いで二人は引き剥がされた。それぞれ背中からの着地だったが、リカルドは受け身を取り、反対側は背で地面を削る。
「良いねえ、もっとノッていこうぜ」
立ち上がってすぐ、ブラジル系青年は笑顔を見せながらその場で踊るように動いた。
一、二、三、と交互に腕を動かしながら、一、二、で横にスライド、もう二拍で反対へ。
挑発と受け取ったのか、ダメージが大きかった方は一瞬舌打ちし、痛みに顔を歪めながら突進する。
指先を尖らせ、猛獣の如き引っ掻くような動作は明らかに掴み掛かるためだろう。リカルドは紙一重でひらりと躱していった。
すると、相手は緩急を付けようとしたのか、時計回りにキックを放つ。
見切り、回転しつつしゃがむリカルド――低姿勢から逆時計回転蹴りが腹に炸裂した。
横向きに煽られた敵が二、三歩ふらついた。逃さず、青年は地面に手を置き倒立。
逆立ちから足をバタバタさせ、連続蹴り。相手が交互に手ではね除ける。
ふと、黒人男性の引き戻した足が後ろに曲がる。体を支える手の片方で地を叩き、反作用で回転――靴先が金髪の側頭部にクリーンヒット。
(まだリョウよりも甘いな)
体を上下入れ替えながらふと思う。金髪の方は困憊しているのか、膝を着きながら息を切らしていた。
トランセンド・マンはエネリオンを駆使して能力を使い、果ては生命維持にまでも利用できる。しかし、生きるのに必要な器官を破壊されればその限りではない。
トランセンド・マンが傷を負えば、空間から吸収出来るエネリオンの量が下がる。特に肉体欠損はその量が大きい。
エネリオン吸収や活用は脳や神経を通して行うが、関係無い筈の部位が失われると何故か機能が低下する。まだ原因は定かではないが、現在の所は「人型」が何らかの関係を持っているといわれている。
つまり、人間の形態が損なわれればトランセンド・マンは力を失うのだ。この場のリカルドは研究者ではないが、それを感覚的に知っていた。
まだ立ち直れていない相手の首に足を引っ掛け、一緒に倒れる。次に相手の腕を引き伸ばして両足で首を挟んだ。
向こうも接触面に熱を放出し応戦するが、空気すら歪む温度を前にリカルドは耐えてみせる。
ボキッ!――相手の肘が反対側に折れ曲がる。抵抗する力も一段と落ちた。
リカルドの足に挟んだ首が微かなうめき声と共に、ミシミシと音を立てる。
「俺だってこんな事はなるべくしたくはないが」
反抗する圧力が消える。彼は首を折られた死体をそっと地面に置き、開いたままの目を閉じさせた。
「安らかに眠れ」
仰向けの死体に上着を被せ、リカルドは死体を背にした。
そして近くで戦っている最中の味方に気付くと、声を掛ける。
「ジェイク、俺の所は終わった。どっか手伝う所は無いか?」
「ご苦労。そうだな、俺ももうじき終わりそうだから今苦戦中のレックスの所にでも行ってくれ」
金髪の男性が両手に抱える棍で、自身へ向けられた刀を受け止めながら返事した。
「あいよ。そういやアダムの方はどうだ? あいつの実力はまだ良く分かってないからな」
「今は未確認のトランセンド・マンとやり合っている。別に苦戦しているようでもなかった。アンジュは他の部隊に援護に行ったよ。それからテレサも管理軍の重要な機密を発見したらしい」
「大詰めだな。さあて、羊を囲ってやろう」
親指を立てながらブラジル系黒人はどこかへ一直線に赴くのだった。
(俺ものんびりやってられないな)
ジェイクはレンズ越しに戦友を見届け、サングラスの裏でそう考えながら、目の前を襲う剣先を棍の中心で横に逸らした。
逸らされた相手は刀を一回転、遠心力を加えた薙ぎ払い――縦にした棍を反対側へ、防御。
棍の先端の一方を地面に突き刺し、両手で握って体を固定し、横蹴り。命中し、ジェイクが棍を周回して着地。向こうは後退しながらバランスを整える。
棍を引き抜いた金髪の男性は、離れて向かい合う相手を逃さず目を捉えている。体格は同じくらい、赤毛で目も茶系統。一本の日本刀を両手に切先を喉の高さに。
向こうがサングラスのレンズの奥を見ながら、突撃――棍の右端が振り下ろされる刃を左に逸らす。
刀を引き戻した相手が今度は左上から振り下ろし。棍の左端が跳ね飛ばす。
続けて襲う右切り上げ、左切り上げ、そして喉突き――二回の斬撃を払い、体を後ろに反らす。顔の下から銀色の輝きが通り過ぎた。
伸ばしたまま刃を下す赤毛の男。棍の中央が受け、横にずらす。接触点を中心に金髪男性が跳んで錐もみ回転、刀が下になる。
ジェイクからの反撃、棍の中央を持って二つの先端を駆使した連続攻撃。一本だけの敵は一歩一歩確実に下がっていた。
右振り下ろし、左振り下ろし、右振り上げ、左振り上げ、突進して棒の中央を押し付け――それぞれ刀で防ぎ、最後の突撃を正面から迎え撃つ。
対峙――棒が刀を一押し。右先端が相手の心臓狙って一直線。
日本刀が刺突を横へ逸らす。続けて刀は素早く八の字を描くように連続して振られる。棍もそれに応じ、二つの先端が次々と弧を描く。
いつの間にか攻勢が逆転していた。二本で圧倒的な連続攻撃する棍が刀を防御に押し込んだのだった。
体の周りで回転する棍に更に勢いを付け、相手がスピードに負けて回避しようと跳び退く。
(よし)
ジェイクは状況を狙っていたかのように、次なる行動に移る。左手だけで棍を回し続け、中心の引き金を引く。右手は背中へ。
棍が変形し弓に、そして右手で矢筒から取った矢を一本弦に張る――回転の勢いを付けたまま解放。
高速で回転するジェイクの姿を見ていた赤毛の敵は、引っ張り強度と弾性力を強化された弓から発射された矢に遅れて気付く。回避の暇も無く刀で斬り払い。
突如、矢が爆発した――トランセンド・マンには深刻なダメージにはならないが、爆風で眩んだ所を突いて遠心力を込めた棍が追撃。
攻撃は刀で阻まれたが、当の持ち主は衝撃でよろけていた。そこへ襲いかかる棍の連続打撃。
遂に棍の握り部分と刀の鍔が当たり、競り合い――沈黙を破ったのはジェイクだった。
棍を押し出し、虚が生まれた所へサマーソルトキック。気付いた赤毛の男が一歩バックしながらスウェーで躱した。
一回転して着地。その時ジェイクは弓を引き、既に矢が発射されている状態だった。
貫通力を強大された矢が音速の十倍で、赤毛の男の心臓を至近距離から貫く。
「良い戦いだった」
膝をガクリと着いた赤毛の死体が刀を手から滑り落とす。胸に空いた穴を見てジェイクはサングラスの奥の顔をしかめた。
死体の着るボロボロなジャケットを外し、仰向けにした赤毛の男の上に広げて乗せる。刀をその隣に並べ、ジェイクはようやく動き出した。
「皆、一気に詰めるぞ!」
通信機のスピーカーから聞こえる多数の雄叫びを聞き、彼は弓をまた引っ張るのだった。