4 : Wake
木々を避けて前進する二つの小柄な人影。その直線上には、銃を構える兵士達。
アダムが引き金を引く。それだけで銃口先の人体が血を吹き出し倒れる。
アンジュリーナが両手を前に突き出す。それだけで掌の先に居る兵士が動きを止め、もう片方の少年からの弾丸の餌食となる。
兵士の一塊が全滅した時、正面遠くからの地響きと爆音が辺りを揺るがした。見渡すと、周囲の山々から所々に微小な発光が見える。
少年が迷わず音のした方面へダッシュ。少女が後に続く。間もなく、二人の目の前に無機質な四角の建築物。所々に黒煙や焦げが垣間見えた。
アダムの構える銃口――兵士達が肉を削がれて倒れる。やられる訳にはいくまいと離れた所の装甲車が機銃を向ける。
アンジュリーナの掌が車両へ――機銃から吐き出された銃弾が空中で止まって落ちる。
引き金を引かず半秒――情報を銃弾に確変されたエネリオンが銃に貯められる。トリガーを引き、通常の数十倍の威力を誇る強力な銃弾が貫通し、燃料を引火させ爆発した。
時折、周囲で爆発が起き、土砂と共に兵員や車両を巻き上げ、建物を破壊する。
二人は怯まず前進。少年の銃撃によって兵は肉体を削り飛ばされながら命を落とし、少女が掌を向ける毎に銃弾や車両達が動きを止める。
「危ないっ!」
アンジュリーナの叫び。右隣の少年へ右手を――同時に、少年が目を見開いて左の銃の先端を少女へ。
瞬間、“見えざる閃光”が銃口と掌から発された。途端、アダムの背中に迫る装甲車の擲弾連連射砲が動きを止め、アンジュリーナの後ろに忍び寄りアサルトライフルを構えていた兵士が血を吹き出した。
「あ、逆に助けられちゃったわね。ありがとう」
お礼を言う少女とは対照的に、アダムは無言で後方の装甲車に銃弾で穴を開けた。
「起きろ、出番だ」
俺に向かっての声だ。ぼんやりと聞こえる。
目を開いた、だのに良く見えない。だが、俺の目の前に何かがある事は分かる。
「よくも俺をこんな場所に閉じ込めやがったな」
そうだ、俺はこんな場所に居るべきじゃねえ。やりたい事がある。
身体を起こす。伸縮ボディスーツに包まれた俺の体が見えた。
「敵を殲滅しろ」
冷たい命令、同時に何かが落ちる物音。それじゃ二丁の拳銃とナイフだとは見て判明した。
視界が晴れてきた。目の前の白髪の混じった茶髪の男が背中を向け、扉の向こうへ姿を消した。
「どいつもこいつも殺してやる」
殺してえ、何かが俺をそう思わせる。何だ?
行けば見つかる気がする。俺は立ち上がった。
窮屈なコンテナの外へ――眩しい。
「クソッ! 目障りだ!」
『ジェイク』
「どうした?」
金髪サングラスの男性、ジェイクは目の前の敵兵を手に握る、一・八メートルの両端が短剣状になっている棍の先端で突き刺しながら、通信のボソボソな女性の呼び掛けに答えた。
『さっきまで存在が分からなかったトランセンド・マンが急に現れた。コンテナみたいな建物に閉じ込められていて分からなかったみたい』
「そうか。それで何か問題があるのか?」
回答を得る間に彼は突き刺した人物を投げ飛ばし、もう片方の先端を向けて突進、歩兵の一団を斬殺した。返り血を浴びながら表情を変えずにまた訊く。
『別に何も。でも何も怪しい所が無いから不安』
「気持ちは分かる。だが許容範囲なら乗り切れるさ、心配すんなテレサ」
『うん』
短い返事、通信が切れる。
ジェイクはすると、棍を八の字を描くように振り回し、刀身に触れるもの全てを切り裂く。その都度赤い液体を浴びても嫌な顔一つしない。
今度は右手を棍から離し、背中の筒状の物体へ手を入れ、手探りだけで慣れたように何かを掴み、引き出す。
持っているのは先端の尖った長さ九十センチメートル程の細い棒。
更に左手で棍を勢い良く振り、指先のトリガーを引く。棍は三日月型に湾曲し、両端から太い糸が張った。糸の中間に棒の平らな底を引っかけ、先端を剣の柄に添えて糸を引く。
サングラス越しに視線を一点に定め――ふと、ジェイクの手から弓矢にエネリオンの流れ。この素粒子は糸の引っ張り強度や引っ張り係数を異常なまでに高めた――そして右手をリリース。
直後、矢が秒速千七百メートルで射出、十メートル先の人体を刺す。だがそれだけに留まらなかった。
エネリオンによって貫通力を増した矢はタンパク質の壁を通過し、更にエネリオンの働きでベクトルを調整され向きを変える。更に後ろの敵兵までも貫通し、またその後ろ……
十人程をたった一本の矢であの世送りにしながら、背中の矢筒から別の矢をつまむ。エネリオンを弓矢に込めながら引き、音も無く発射。多少バラバラな隊列であっても一本で大勢が命を落としゆく。
ジェイクは矢を取りながら視野の端っこにコンテナの如き車両を発見。ハッチが開き、中で人型の物体が立って並んでいる。
人型戦闘ロボットだとすぐに分かり次第、矢の先端を腰のポーチに入れ、先端に輪のような物を付けた。
弓を引いてエネリオンを込める。今度は取り付けた輪にまで流れ込んでいた。
解き放つ――矢が先頭のロボットの頭に突き刺さったが、貫いてはおらず何故かくっついたままだ。
運動エネルギーを矢から受けて機械の体が後ろの機体をも巻き込んで吹き飛んだ。次の瞬間、爆発し、ガラクタが散らばる。
『お前九世紀も昔なら義賊でもやっていそうだな』
「武器は使い方が全てだ。今度矢で串刺しした奴をバーベキューにでもするか? 焼け焦げてしかも金属だがな」
ジョークにジョークで立ち向かいながら矢を放ち、別のマシンの一団を爆発四散。そしてまた弓を引く。
『伏せな』
反射的に従い、矢を構えたまま屈む。直後、後方で圧搾空気が弾ける音。
ためらわず矢を放つ。前方の戦車が火薬庫を射貫かれ、砲塔が粉々に爆破された。
「サンキューレックス」
『礼はそこのトムキャットにでも言いな』
振り向いた先では、多数のポリゴンを組み合わせたような外面で、全幅三十センチメートル程の黒い三角形の全翼機が、目線の高さで宙に止まっていた。周囲には地面に倒れた敵兵が複数。
「トムキャット?」
『対地能力はイマイチだが、ロマンはあるからな』
やがて全翼機は静かに浮上し、ジェット気流を噴かせて姿を眩ませた。
『あ、あとそっちにトランセンド・マン一人来てるから気を付けな』
「了解」
ジェイクは弓を振りトリガーを再び引いた。弓は真っ直ぐな棍に戻り、振り回す。
左へ九十度向けば、瓦礫の合間十メートル先に剣を一本構えた人の姿。
イエローストーンに位置する管理組織施設より四キロメートル離れた森林、そこに停まっている一台のトレーラーの内部。
「こいつは確かに強力だが、油断はすんなよ。対物ライフルに打たれりゃ流石に穴が開く」
「なら先に穴を開けてやろうぜ!」
金属のプレートに頭以外の全身を覆われた人物が九人。中央で忠告したロバートに対し、黒人のルーサーが強気を見せた。
「なあボブ、そのガトリングとこれ交換しねえ?」
「良いねえ。ついでに肩の装備を変えられれば俺は良いんだがなあ」
金髪碧眼の若者が左腕の太いグレネード連装砲と、アイルランド系中年男性が右腕の三銃身ガトリングを、それぞれ交換する。
「これライフルじゃねえよ、大砲だろ!」
スペイン系の人物がマシンで固めた手に持つ、半分に折り曲げられた長さ一メートル程の筒へ文句を吐いた。
「トランセンド・マンにも使える威力だ。こっちはドローンの準備良しです」
隣のインド系の男性がフォローし、ヘルメットを被ってロバートへ報告。
「ミハイル、お前のそれ装甲大丈夫か?」
「当たらなけりゃ良いだけ、ノロいと的になっちまうでしょう?」
「それで、何時行くんだい?」
ロバートが比較的薄い装甲の男性を見て言ったが、対する相手は余裕の口ぶり。そこへ黒髪をポニーテールに束ねた女性が待ちきれずに尋ねる。
「準備は良いらしいな。おいピーター、お前ずっと黙りっぱなしだぞ、少しは何か言え」
「いやあ、僕がこんな武器使っても良いのかなあって……」
「扱いはこの前のウォーカーと同じようなもんだ。さあ出ろ出ろ、ヘルメット被れ。ロマンを目に物見せてやるんだ!」
リーダーが率先してトレーラー後部のドアを開け、ヘルメットを被って出る。
ヘルメットのバイザー裏では光点等によるレーダーや気象状況が表示されている。日中の日光がバイザーに程良く阻まれ視界良好。
『意外と軽いんですね』
『スーツ全体は武装を含めて百二十キログラム以上はあるとはいえ、二万ワットを超えるパワーだ。最大で時速五十キロメートルで走れるが、パワードスーツは持続的な動作の方が向いている』
『まるで火星に着陸した気分だなハハハ』
ヘルメット内のスピーカーから部下達それぞれの呟き。後ろで八体のパワードスーツが森林の土を踏んでいた。
「さあ科学の力を見せてやろうぜ」
『といってもこれ世界大戦前からあった奴だろ?』
「うるせえ、改良すりゃあ最新版だ。さあ行くぞ。シモン、後方は任せたぞ。ミハイル、先頼む」
親しい黒人に刃向かい、部下二人へ命令。巨大な二つ折りの筒を持った兵士が隊列を横に離れ、軽装備の兵士が足に付いたローラーを回しスケートのように前に前進。
残りの内七体がスケートに続いて大地を踏み、一体だけが皆から外れてどこかへ行った。