2 : Confirmation
北アメリカ大陸の中心部に位置するソルトレークシティは、現在まで大昔からの豊かな自然に恵まれている。特に巨大なグレートソルト湖はこの地域のシンボルだ。
その塩湖のほとりに、大量の軍事車両とテントが並べられていた。
更にその中で一際大きなテントの中、様々な情報機器が並んでいる中で会話が繰り広げられていた。
「久し振りだな」
「そっちこそ、随分元気そうで」
「しかしすまんな、こちらはこの前侵攻されてからろくに戦力を用意出来なかった」
「お互い様だ。そのために手を組むんだろ?」
中央で、力強く鍛えられた腕で握手を交わす二人の人物。
片方は戦闘ジャケットに身を包んだ短い黒髪で三十代の男性、ロバート。反対側は彼と同年代くらいの、短い金髪を逆立てた黒いサングラスが特徴的な男性。
「ロバート、ガキ生まれたんだって? おめでとう」
「まあな。てかジェイク、お前の方こそ三人目が生まれたんだろ?」
「おうよ。子供は良いもんだ」
楽しい会話の最中、まだ手は離れていない。ロバートの太い腕が掴んでしっかり握っているのだ。
「ジェイク、子育てで腕が衰えたか?」
「そうでもないさ」
サングラスの男性が手を握り返す。一回りだけ細い腕が相手をたちまち圧倒し、ロバートは「負けるか」と顔で訴えながら動かそうと必死だった。
ようやく兵士が「分かった、降参」と諦めた。金髪の男は続けてレックス、リカルドとも続けて挨拶し、後ろに見知った少女の姿と見知らぬ少年の姿を認める。少女の方と握手しながら言った。
「アンジュも遂にボーイフレンドが出来たのか?」
「違いますよー。新しく入ってくれたアダム君ですよ」
ジョークに頬を膨らませて反論するアンジュリーナ。ジェイクと呼ばれた人物は子供じみた様子に笑った。
「分かってる分かってる、話は聞いてるさ。アダム・アンダーソンと言ったか?」
「そうだ」
ジェイクが手を出し、アダムが掴む。二人はお互いの手を振って、サングラス越しに見詰める。
「以前のロス防衛に役立ったって聞いた。俺はジェイク・ファレル、よろしくな」
温かい歓迎に少年は何も反応を示さなかったが、ジェイクは気にせずサングラスの裏でニコニコ笑っている。
個人的な話はさておき、このテントに居る人間達が地図が広げられた中央の机に集まる。
「で、要は作戦に変更あるかどうかってだけだろ? どうなんだ?」
ロバートの後ろ、レックスが腕を組みながら疲れた表情でやや早口に言う。
「せっかちだなあお前。まあ待てよ、もうすぐでテレサが“確認”を終わらせてくれるぜ」
金髪サングラス男性の後方、黒いセミロングで前髪が目まで掛かっている二十代前半程の女性。
彼女は目を閉じて椅子に座ったまま呼吸以外動かない。また、近くのトランセンド・マン達はこの女性の周囲でエネリオンが流れているのを感じていた。
十数秒後、パチリと瞼が開き、紫色の印象的な瞳が見えた。
「どうだった?」
ジェイクが尋ね、女性は目を眩しそうにこすりながら答える。
「特に目立った動きは無かった。気付かれてないと思う」
小柄な身体を立たせて言った女性。見た目以上にトーンが低く、ボソボソな声だった。
「でもトランセンド・マンが以前四人だったのが五人に増えてた。戦力としては標準レベルだったけど。それ以外増員は無いみたい」
淡々と平坦な女性の声が告げていく。
「一人くらい楽勝だぜ。しかし、増員がそれだけって妙だな……能力がチョイと特殊なのか?」
「でもそこまでエネリオンに“個性”があるとは思えなかった」
トランセンド・マンの操るエネリオンは個々によって能力が違うように、エネリオンの構成も指紋の如く超越人それぞれだ。特殊能力によって構造の傾向も大まかに区別が付く。
この女性以外、場に居る者達が首を捻った。そして、ジェイクが一番最初に言葉を発する。
「これ以上無用な心配は止めとこう。少なくとも作戦内容は変更無しで良いな?」
誰からも反論は無い。
「あ、待って。実はさっきの“確認”で分かった事なんだけど、向こうのトランセンド・マンの一人のエネリオンのパターンがレックスに似てた。隠されてるエネリオンの強さ自体はそれ以上かも」
「ほう?」
と、女性の抑揚の無き発言にレックスが思わず机に上半身を投げ出し、応答した。
「確実に二人以上でやって。そうじゃないと多分負ける」
「マジか……いや待て、俺がまずそいつを引き受ける。他の皆はそれ以外の相手をしてくれ。それから一気に掛かろうや」
「お前は大丈夫なのか?」
ロバートが心配を掛ける。だがレックスは自信ありげに笑顔で応えた。
「俺に良い考えがあるぜ」
「それが一番心配なんだが……念のため俺達が駆けつけられるなら援護する」
「助かる。それじゃあ……」
更に大人達で話が進められる。
一方、話から離れて隅の方に居る黒人、リカルドが後ろを向き、更に後方の少年少女へ話し掛けた。
「お前達も大丈夫か? リョウの代わりみてえな感じで、それにアダムの方は実戦そんな慣れてないだろ?」
「私は大丈夫です。一応アダム君のサポートもしますけど、アダム君は大丈夫?」
「ああ」
二人に見られながら断言した少年。平坦な声だが、一切の不安が感じられないのが頼もしくもあった。
ロッキー山脈、イエローストーンよりそう遠くない山の一つ、木々や岩に隠れるように建つ、管理軍の採掘施設。
闇夜に紛れて森林の中を音も無く飛ぶのは、あらゆる波長の電磁波を探知するカメラを付けたドローン。
施設側では多数の戦闘車両が並び、交互に見張りをしている兵士達も見受けられる。
施設中央の仮設事務所らしき建物の、一番奥の部屋。椅子に深くもたれて卓上のディスプレイを見る人物が居た。
「リヴィングストン指揮官、休まれないのですか?」
「一日や二日寝なくたって平気だ。まあ少し気になる事があってな」
「と言いますと?」
同じ部屋でキーボードを打ち込んでいた人物が、椅子に深くもたれる茶髪の男性に訊いた。男性は力無く笑いながら言う。
「今日トランセンド・マン一体が増員されただろう。そいつが気になってな」
「気になる事とは?」
尋ねる声に抑揚は無い。対照的に、リヴィングストンと呼ばれた方は、顔に僅かな苦味を含んだ笑いを浮かべていた。
「ディック中佐直々の“命令”でこちらに配属させろ、との事だった」
「存じ上げています」
機械的な返事を気にせず、茶髪に白髪の目立つ男性は面倒そうに息を吐くと説明を続ける。
「「リジェネレーション計画」の出来たばかりの“試作品”をもう送って来るとは変だと思ってな」
「しかし送られて来たのなら実用段階にまで進んでいるという事では?」
茶髪の男は部下の受け答えに舌打ちする。それから眉を曇らせ、子供を叱るように言った。
「お前はもう少し疑った方が良い。俺は管理社会は賛成だが、考える力が無くなるのはどうかと思うぞ」
「つまり指揮官は今回の増員に何かあるとお思いなのですか?」「これを見てくれ」
リヴィングストンは体の正面一メートルにあるデスクトップを手で示し、部下が彼の隣に寄って画面を見る。幾つもの数字やグラフが並んでいるが、彼らはそれが指す意味を知っていた。
「何の取り柄も無い“平凡”な奴だ」
「能力値はどれも平均以上ですが」
「数字が全てではない。特殊能力はまだ不明だと。こんな訳も分からん“物”を扱えだと、私は変だと思うがね」
毒の籠もった発言に部下は言い返せず唸った。リヴィングストンはまだ何か言いたそうに続ける。
「科学者という連中は良く分からん。まあいざこちらの害になれば“破壊”すれば良いだけの事だ」
暗い室内で不気味な余裕の笑みを浮かべ、椅子から重い腰を持ち上げると振り向き、口角だけを少し上げて窓の外に見える星空を眺めた。
「少しぐらい楽しもうぜ」
部下に対して言ったのか、夜空に向かって言ったのか、それとも独り言なのだろうか。
彼は右腕を前に出して手を力強く握っていた。
外では兵士達が見張りをしたり装備・兵器や設備の点検を行っている。特に掘削タワーは人や機械が集まり、常に休みなく動いている。
その麓には貯蔵タンクらしき建造物や兵士達の宿舎。その中に、目立たぬようひっそり置かれているコンテナ。
コンテナの外壁は無機質な灰色で凹凸も無く、開閉口には重そうな同色同素材の扉。
外壁は五十センチメートルもあり、扉を開けば二つ目の黒い扉。こちらには幾つものセキュリティーが備わっている。
そしてその奥、分厚い防護壁に包まれている内部。箱のような物体がコンテナに固定されている。
縦二メートル、横八十センチメートル、高さ五十メートル。外側は樹脂素材で、上面部分だけ一辺三十センチメートルの透明なガラス部分がある。しかし曇っていて中身は見えない。
曇って見えない部分からは、肌色と赤色が垣間見えた。
上面にある液晶部分には【異常無し 冷凍休眠中】の表示が常にある。