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9 : Anxiety


「アダム」


 俺の名前じゃねえ。


「戻ってこい」


 何故俺を呼ばない?



 頭がぼんやりしている――何かがこだましているように。


 どこかに横たわっている。


 俺の瞼は開いている筈だ。が、何もはっきり見えない。


「――、――?」


 俺のものじゃねえ声だ。だが聴覚も戻っていないらしい。それでも、何か驚いているのは分かる。


「……ク……マルク、起きたのか?」


 間違いねえ、俺の名前をはっきり聞いた。


 目が痒い。目やにかゴミか入っているらしい。腕を顔に寄せた。


 ……細い腕だ。弱々しいぞ。俺らしくねえ。


 目の異物を取り除くと、眩しい。ハッキリと見える。


 俺が寝転ぶ下は白いシーツのベッド。側には誰かが立っている。


 鮮やかな赤い髪と赤い目の中年男だ。俺を観察すると同時に何かを期待しているような目を向けている。


 見るな、失せろ。


 と、俺は言いたかったのだが、喉がしゃがれていて微かな音だけ。


「どうした?」


 こいつは俺に何をしてえんだ? 馴れ馴れしい、消えろ。


 だがまだ声が出ねえ。頭も痛い。


「何か言えマルク」


 どけ! 覗く顔を振り払おうと腕を振った。


 バキッ!――手が皮膚らしき軟らかい物体に触れたその時、予想だにしなかった衝突音。


「ぬおっ!」


 ドカッ、と重い物体が落ちる音。あいつが床に崩れたんだろう。


「起こすな。俺はまだ眠いんだよ」


 やっと声が出た。目を閉じ、頭痛がす頭を枕に埋めようと……


「お、お前に、任せたい事がある」


 今何と言った? 思わず瞼を開く。


「何だ?」


 俺に何だって?


「やはりお前はマルクだな……お前の力が必要なんだ」


 中年の落ち着いた声がやけに印象に残る。何故だ? 思い出せねえ……しかし今は、


「おい、任せたい事って何だ?」


 すると、相手の声から緊張が消えていた。決心したように大人の声は告げる。


「アダムを取り戻すんだ」


 アダム? 誰だそいつは? 分からねえ……


 いや待て、何故俺はこんな所で寝ている? 何があったというんだ?


 何も思い出せねえ。だが、かえって頭がスッキリする。


「そいつを取り戻せば良いのか?」

「そうだ。だがお前にはまだ力が足りない。そのためにも訓練をしろ、分かったな」

「分かった」


 そうすれば、俺の“願望”は叶えられる筈だ……何なのかは覚えていないが、何となく分かる。


 眩しさに打ち勝ち、上体を起こす。そして、裸足で冷たい床の上に俺は立った。


「強くなりてえ」


 そうしなければ、手に入れられない。不安だ。





















 地球管理組織のロサンゼルス強襲より三週間後。


 ロサンゼルス市郊外の丘陵地帯に位置する反乱軍基地の滑走路端に、集まる兵士達の姿と「超越せし者達」が数人。


「飛ばされて早速仕事だとは、せめてロングビーチにでも行きたかったぜ」


 苦笑いの黒人の口から愚痴が吐かれた。


「すまないが、仕事の後にでもしてくれ」


 静かに、申し訳なさを込めてなだめる東洋人。


「てかリョウは何で来ねえんだ?」

「実は、不機嫌らしくて。そりゃあここ最近働きっぱなしだったからね」

「まあアイツ、ずっと休みたい休みたいとうるさかったもんな。別にそういう時はガツンと言ってやれば良いのに」

「いいや、今回はダラスからも来てくれるから戦力に与力を残しておくべきだとも思ってね……」


 冗談めかしたリカルドの問いに、ハンは真面目に、目を閉じ気味に回答する。


「慌てないで良いっすよ、ハンさん。現地行けば後は俺達に任せて下さいよ」

「助かるよレックス……その強化装備の調子はどうだい?」


 ラテン人が上司を気遣って優しく声を掛けた時、彼は流線型のバックパックらしき物体を背負っている最中だった。ハンが問う。


 レックスは無言で目を閉じ、イメージ――宙に浮く自身の姿。


 途端、レックスに向かって突風。すると、砂埃が巻き上がると共に青年の身体が宙に浮いた。


 上昇速度は更に増し、地上に居る者の目には既に豆粒程度の大きさにしか見えなくなった。


 一方、レックス当人は後方から高圧空気を浴びながらスピード感を充実していた。旋回、上昇、急降下、前進……


 最後に急降下し、強烈な落下を覚える。空気を逆噴射――上空へ張り付けられる感覚。


 やがて彼は片膝を着いて始発点へ帰還した。


「スーパーヒーローかよ」

「美人の目の前だからな」


 わざとらしい動きに突っ込むリカルド。レックスは黒人の隣の、銀髪ロングの女性を見ながら言い返す。


 言われた当人は「全く、お世辞ばっかり」と呟くが反面、照れ笑いを見せた。


 リカルドはハンに向かって「なあ、俺の奴どこだっけ」と尋ね、ハンが何かを言いながら手で示し、黒人はその方向へと進んだ。


 そして、北欧女性は青年に歩み寄って言う。


「頑張れよレックス」

「大丈夫だ。ヘマの仕方を知らないんだ」


 思いがけないジョークに吹き出すクラウディア。


「ところでハンさん、これちょいとピーキーじゃないっすか? まあ俺好みだから良いけど、ハンさんにしちゃあ珍しいと思って」

「短時間の奇襲を想定して、瞬間的な最大出力は限界以上に引き出せるようにしたんだ。普段使う分には問題無いと思う」

「うへえ、そんな技術何時の間に……」


 ハンの受け答えにレックスは思わず感嘆。だがハンは首を横に振る。


「実はこの前の戦闘でアンジュとアダムが管理組織の兵器と思われる破片を持って来てくれたんだ。理屈は解明していないが、破片にはエネリオンの流れを強める作用があった」

「そこからヒントを得たって訳っすか。その破片とやらも凄いじゃないですか」

「ただ、エネリオンが構造に関わってくれば解明は難しいんだ……」


 段々と口調が暗くなる東洋男性。そこへムードを打ち破る如く、北欧女性が割り込んだ。


「それだったら私の「結合操作」で……」

「違うんだ。“僕ら”が感知可能なのは精々電子のスケールまで、それより小さいエネリオンとなれば一つ一つの感知は無理に近い。エネリオンは電子の持つエネルギーにまで関与していた。僕じゃあお手上げだった」

「う……」


 否定され、クラウディアの口が止まった。


「まあクラウディアの能力は間接的に結合力の正体が掴めるってだけなんだろ? 分析にはカイルみたいな奴が向いているさ」


 と、ラテン青年が隣からフォロー。ハンもそれに頷いた。


「この前連絡したところ、少なくともあと一年までには来れそうだと言ってたよ」

「い、一年……」

「そりゃあ研究者だから忙しいだろうなあ……」


 ハンの発言に二人が呆れるように言葉を失う。そこへ、小柄な姿が割って入った。


「ハンさん、来ましたよ」


 三人が振り向いた先には長い灰髪の少女と、その後ろにボディガードの如く突っ立っている少年。


「アンジュ、お前も行くのか?」


 心配気味にクラウディアが声を掛ける。アンジュリーナの能力や性格が襲撃に不向きなのは周知の事実である。


「はい。兵士さん達の援護に専念とか、あとアダム君は攻撃の方の実戦が初めてなので、分からない事とか私が教えます」

「待て、アダムも参加するのか?」

「そうだ」


 クラウディアの更なる疑問にアダムが一言で答える。その様子を見て、次に口を開いたのはハンだった。


「実は彼自身が志願してくれたんだ。リョウは参加しないから丁度良いかと思って」

「確かに、アダムには十分に実力あると私も思う」

「陰湿な戦いぶりは俺も体験済みだ。役立つと保証するぜ」


 沈黙したままの本人と隣の少女を差し置いて、三人が話に熱中している。すると、アンジュリーナは九十度横に向き、目の前の少年に問い掛ける。


「アダム君は、心配?」

「心配?」


 単語の意味が分からないのだ。それをすぐに察したアンジュリーナは優しく教えてあげる。


「何か気になって落ち着かない事とか、そんなのは無い?」

「気になっている事はある」

「気になっている事って?」


 肯定と否定が半分ずつ。気になった少女が内容を深めた。


「向こうがどんな戦力を用意しているのか、それが問題だろう」

「た、確かにそうだけど……」


 アンジュリーナが期待していたのは自身の心情面の心配だったが、真面目な戦闘に関する返答だったので拍子が抜け、苦笑してしまった。


 笑うのを止め、アンジュリーナは決心したように一息吸い、話を再開する。


「私は心配。もしこの戦いで皆が死んでしまったら、なんて考えると心配なの……」


 またも自ら話の路線を自然と暗くする少女だが、誰も引き止めない。向き合うアダムはただ聞くだけで何も言わない。


「でも、今の事を心配していてもどうにもならないわよね。だからちょっとアダム君が羨ましいなあ、って……」


 段々脱線していく話を誰も止めないまま、聞いているアダムまでその魔力に取り込まれ、何も声を掛けられずにいた。


「アダム君は、どうして不安にならないの?」

「分からない」


 唐突な質問と、無慈悲な即答。少女の顔には驚きと、少年の顔には疑問。


 二人の間を静寂が漂う。周囲の仲間達の会話や雑音など耳に届かない。


 気まずい雰囲気を打開すべく、無理矢理言葉を発しようとしたアンジュリーナ。だが、


「ただ、その時思った事だけを考えている」


 アダムが先手を打った。その台詞に少女ははっと、新たな発見をしたような表情に変貌した。


「……そうよね、何が起こるか分からないこれからの事に押し潰されて良い事なんて無いわよね」

「……」


 明るみを取り戻したアンジュリーナが輝く灰髪を揺らしながら言う。一方、少年は相手の様子の変わりぶりに疑問を隠し切れず、頭の中で首を傾げていた。


「アダム君、ありがとう。お陰でちょっと気が楽になったかも」

「……」


 どうして感謝されるのか、彼には分からない。だが、すべき事は知っている。かつて目の前の少女がそれを教えてくれた。


「どういたしまして」


 自然と導かれるように、アダムは言い返した。笑顔は微塵も無いが、アンジュリーナの思いに応えようとしているのだろうか。


 そんな少年の姿がどこか微笑ましく、少女は更に微笑みを返した。


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