9 : Funeral
『……という事がありまして……』
「それは残念だったな」
椅子の上でくつろいでいる所、電話から部下であるポール知らせに、クリストファー・ディックは無念の表情を浮かべた。
ロサンゼルス掃討作戦が完全な失敗に終わったのだ。ただし、彼には責める意思もない。
『ところで中佐には訊きたい事があります』
「何だ?」
次の電話からの音声を聞いた途端、彼の表情は余裕を失った。瞳孔が開いていた。
『要請して使用許可を貰った二体ですが、何故か命令に背きましてね。欠陥でもあるのかと……』
ディック中佐は声を伝えるだけの音声電話で良かった、と内心で思った。そして一方、彼の普段無表情な顔は急変し、恐ろしさに強張っていた。
「……そんな事があったのか」
『現在二体は無事に帰還中です。それで戻って来たら原因を調べようかと』
「分かった、ご報告どうも」
冷汗が額を通るのを感じ、強制的に電話を切った。
周囲に誰も居ない事を視認で確かめると、クリストファーは無人の研究室で安堵をついた。ハンカチで汗を拭き取る。
「流石に不味かったな……しかし、これも失敗となればどうやって“アダム”を取り戻すべきか……」
ロサンゼルスはサンタモニカ丘陵、そこで一つの戦いが終わりを迎えた。
防衛に成功した反乱軍の損失は一割以下。死者はもっと少なく、その半分程だろうか。
スクラップに成り果てた無人兵器の残骸が散乱する荒野の中、至る所で倒れている人影を発見した。
撃たれ出血し、既に屍となった彼らは生き残った兵士達に運ばれ、死体袋の中へ次々と入れられる。その様子を一人の少女が黙って、しかも目を背けずに見続けていた。
何十、いや、何百もあるかもしれぬ死体袋の列を前に、アンジュリーナが正座し手を合わせて目を瞑る。
(ごめんなさい、私の力が足りなくて……)
彼女が最も忌避する出来事が、この日何百と訪れた。だが押し潰される訳にはいかない。
(二度と誰も苦しませたくない。みんなを救ってあげたい。だからもっと頑張らなきゃ!)
立ち上がる。そして前を向く――戦いが終わる度、幾度とこうしてきた。
「どうしたんだ?」
背後から少年のものと思われる疑問の声。振り向けば何時の間にかアダムが2メートル先に立っていた。どうやら行為が理解出来ない様だ。だから教えてあげる。
「弔いよ」
「とむらい?」
言葉の意味を知らなかったアダムは尋ねる。普段は落ち着いて大人びている筈だが、今の子供の如き雰囲気が異様に思えた。
「死んだ人の事を想い悔やむのよ。死んだ人達が成仏するように、そして死んだ人達の分私達が生きていけるように」
「くやみ? じょうぶつ?」
無表情なままだが、何時もとは違ってまるで好奇心旺盛な子供のように質問する。可笑しかった。それでも少女は決して笑わずに教えてあげた。
「悔やみ、後悔とも言うわ。してしまった事を謝るために。成仏は死んだ人が迷いなく天国へ行けるように……」
「天国とはどんな場所だ?」
予想外の質問にアンジュリーナは戸惑い、目を泳がせて考え、自分の思い付く限り精一杯答えた。
「天国、死んだ人が行く世界と言われているわ。でも生きていた頃に良い事をしていなければ、地獄へ行ってしまう……」
複雑な心境だった。彼は理屈的な説明を求めているのは分かっている。だが思い浮かんだ事といえば、まるで子供相手にするためのお伽話の如き内容だ。恥ずかしさに少女は顔をうずめる。
「……一般にそう信じられているの。人は死ぬ事を一番怖がっている、だから少しでも安心するために、嘘か本当かも分からない話を作って……大事なのは信じる事よ」
「信じる、か……」
咄嗟に思い浮かんだ言葉をそのまま口に出す。アダムは黙って考え込んでいるらしいが、どう感じているのかは分からない。
「ご、ごめんなさい。あんまり私も分からなくて……」
不安げに俯いた少女。少年の顔が見えない。
だが答えは少女の意表を突くものだった。
「ありがとう」
「えっ?」
意外感に拍子抜けし、顔を上げながら間の抜けた声を発した。アダムの目ははっと見開いていた。
「トレバーから信じる事を教わった。信じる事が真実に繋がると、そういう事なのだろう」
「ううん、そういうつもりじゃなかったけど、アダム君が良いなら私は別に良いわ。教えてあげたかった、それだけよ」
改めて向き合う、まだ成人前の二人の男女。沈黙が流れる。
これを破ったのは寡黙なアダムの方だった。
「アンジュ、君は天国や地獄を信じるのか?」
今度はアンジュリーナ自身が考えさせられる問い掛けだった。頭を捻った挙句、口を開く。
「私は信じている。だって楽しくないでしょう? 私はこう思うわ、信じていればその人にとっては存在するんだ、って」
そして今度はアダムが腕組み、思考を繰り広げる番だった。数秒後、組んでいた腕を解除した時、その表情はどこか晴れているようにも見えた。
「アンジュ、君が何故理論に合わない行動を取るのか、理解出来なかった。だが、それが少しだけ分かった気がする……ありがとう」
訝しげさの残った顔だったが、彼の感謝に偽りは無い。
「どういたしまして」
アンジュリーナは心優しく元気な笑顔で返事した。普段は周囲に子供っぽいと扱われている彼女だが、この時はどこか大人びていた。
程度はあれ、人の役に立つ、それだけで彼女は嬉しかった。
ロサンゼルスより東へ約二千二百キロメートル、テキサスの荒野。
ここでも一つの戦いが終わりを迎えた。
ロサンゼルスから送られたトレバーをはじめとする戦力や、カリブ海から上陸した戦力が、ダラスを拠点とする反乱軍へ勝利をもたらしたのだ。東部から攻め入った地球管理組織側は被害が拡大するのを恐れ、既に撤退し終えていた。
まばらに低木が生えている乾燥地帯の中、反乱運兵士達。アラブ系の大柄な男性、トレバーの姿もここにあった。
彼が指揮した部隊は、彼の得意とする奇襲攻撃による短時間の襲撃によって功を奏し、味方側の被害は最小限に留められた。
「そんじゃあ、乾杯!」
皆があちこちで焚火を囲む中、一人の兵士の大声に連鎖し、栄養剤の入った水筒を酒代わりに、あちこちで打ち鳴らす音がした。揃って水筒を口に付け、それぞれの喉を茶色に染まった液体が潤す。
ただ一人だけ例外が居た。それを見ていた兵士の一人が声を掛けた。
「トレバーさんも飲みましょうや。一つが終わった所ですぜ」
「結構だ」
既に酔ったようなテンションの男に対し、トレバーの返事は冷酷だった。
「つれませんねえ……おーい、もっと酒持ってこい!」
周囲ではしゃぐ兵士達をトレバーは跡目に、離れた所へ移動した。バックグラウンドにはまだ騒ぎ声が聞こえるが、無視してあぐらをかき腕を組んだ。
(しかし、何故このタイミングでロサンゼルスを攻撃したのか……)
トレバーは戦闘中、ロサンゼルスに管理組織が攻撃を開始したという報告を受けた。
(俺達をダラスへ向かわせ、ロサンゼルスが手薄になった所を狙う、という手なのだろうか。だがそれでは引っ掛かる)
後からロサンゼルスを攻撃したならば、初めから敵はロサンゼルスを狙っていたのではないか。そう彼は思ったのだ。
(だとすればロサンゼルスに何かがある。それは何だ? まさかアダムか? それとも……)