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8 : Order

 足が地面を叩く――球状に広がる筈の衝撃は一点に集められ、直進。


 延直線上に立っていた二つの人影。左右に分かれ、震源へ。


 空中で突如起こる空気の振動。多数生まれ、あらゆる角度から左右の二人を襲う。


 接近する二者はそれぞれ体を捻り回転させ、見えない筈の音波を華麗に避ける。


 震源から見て左側は長さ三十センチメートルにも満たないナイフをアダムが振り、右側は一メートルを超すであろうサーベルをクラウディアが突く。


 長い方をしゃがんで躱し、短い方を自身のナイフで受け止める。再び少年がナイフを動かし、合わせて防御。女性が刃を引き戻し、今度は腿へ突き出される。


 少年からの攻撃を振り払い、弧を描くナイフの勢いで細剣を防いだベル。今度は少年の左ジャブが直進。


 男性の左手が拳をいなした。アダムは続けて右のナイフを逆手に持って前に突き出す。


 対する男は左手で相手の武器を握る腕を押さえた。隙を見たクラウディアが、またも腕を曲げ戻し発射、刃先が喉を狙う。


 首を後ろに倒したベル――細長い刃が喉前三センチメートルを通過した。瞬時にクラウディアは腕を横に振る――剣身が喉を裂こうと襲い掛かる。


 追い詰められた男は少年の右手を放り投げ、上体を後ろへ逸らし、クラウディアの斬撃を躱す。


 そのまま後ろへ倒れたベルは跳躍。後ろへ回転し右足を上げ、サマーソルトキック――ガツッ、と手応えあり。


 腕で蹴りをガードしたアダムは反動で二歩バック。宙を漂う人体へ女性から伸びるサーベル。


 金属音――刃先が下に払い落とされた。ナイフで攻撃を受け止め、回転の挙動に左回転が加わる。


 男は無事着地したが、勢いを完全に殺し切れておらず、体勢を崩す。


 少年からの容赦なき跳び蹴り。なす術もなく側頭部に衝撃が加わり、バランスを失い倒れる。


 振り下ろされる細剣をナイフで止め、力ずくで上体を起こす。座った体勢から蹴り。クラウディアの脛にヒットし、隙を見て起き上がる。


 男の背後一メートル、少年が既に接近していた――相手が振り向きながらナイフを横殴りに出す。


 直後、少年の左裏拳がベルの右上腕へめり込んでいた。痛みで強制的に攻撃を中断された男は、続けて来る短い刃を左手で止めようとする。


 ベルが左手で向こうの右手首を押さえる――腕に細く鋭い衝撃。アダムの左指先がベルの左手首の筋に突き刺さっていた。


 痛みに手を引っ込めると、少年から左ボディブロー。咄嗟に右腕でガードし、続けてアダムからの膝蹴り。左手でどうにか受け止めたが、痛みと威力に負けて後退した。


 横を向けば女性の手に握られた剣が弧を描いて振り出されている。直感的にナイフを出して対抗するベル。


 クラウディアの身体から剣へ供給されるエネリオン――充填した長い刃が短い刃に接触。エネリオンが接触面から相手の刃へ流れる。


 流れ込んだエネリオンはナイフを形作る金属結合を弱める――結果、切れ味に劣る筈の西洋剣に負けてナイフが折れた。


 驚いたベルは慌てて頭を引っ込めるが、背後からの衝撃で体勢が崩れた。


 相手へローキックを決めた倒したアダム。その手に握る刃がベルの頭部へ……


 普段は軽口を飛ばす彼だが、この時はあまりにも切羽詰まっていた。


(使うか)


 馴染んだような動作で左手を、首に巻き付いた輪っかに触れる――不可視の閃光。


 目が覚めた気分だった。眠気をコーヒーで吹き飛ばすのとは格段に違う。


(凄い)


 振り下ろされるナイフが遅く見える。上半身を横にずらし、躱す。


 首元に衝撃――痛みは無かった。その代わり、何かが割れたような音が骨を伝わって聞こえた。


 次の瞬間、目覚めは終わった。視界に映るものが速く動く。


 少年からのパンチが起き上がろうとする男を地面へ叩き付ける。


 再び目覚め――次は腕が遅く見える。手を伸ばし、受け止めた。


 腕を掴まれたアダムは、そのまま相手の男によって引っ張られ、後ろへ投げ飛ばされた。


 クラウディアが接近し、剣を突き立てようとする。しかし、相手は既に起き上がっていた。


 至近距離の轟音がクラウディアの体を揺さぶる。バランス感覚を一時的に失った女性はそのまま跪いた。


「中佐からの“命令”は果たす」


 地面に伏した少年を見ながらの発言。足を地面へ叩き付ける。


 発生し増幅された衝撃が前後へ――うつ伏せのアダムを噴き上げ、跪いたクラウディアは後方へ転がる。


「何故中佐がアンダーソンを求めるのか分からないが、見えてきたぞ。お前の不思議な性質に興味があるのだろう」


 何が不思議なのか、アダムには分からない。それ以前に中佐という人物が気になっていた。


 ベルは出撃前、中佐よりヘルメットのような装置を被せられた。洗脳技術を基にした知識を植え付ける装置だ。同じ物を既に撤退したブラウンも被っていた。


 それによって与えられた命令を必ず実行する、それだけだ。


 上から殴ろうとした。


 しかし、拳を突き出す途中、覚醒が止まった。違和感に殴りの軌道が鈍る。


 歪んでスピードもウエイトもないパンチ、アダムはそれを掴み、引き寄せながらもう片方の手で手刀をヒット。


 相手がのけ反る。地面に手を着いた反動で起き上がったアダム。


「クソッ! 何故だ、「変圧器」が壊れたのか?」


 首輪に何気なく手をやる。原因はすぐ察知した。


 首輪に割れ目があった。少年がナイフを振り下ろし、その時に何か割れた音がしたが、これだったのか。ベルは顔を不満と怒りに歪ませた。


 次の瞬間、ベルはまた視界の映像がゆっくりになるのを覚えた。


 手を前に――エネリオンを空間から吸収、そして掌から放出――空気中を甲高い轟音が響き、地面を揺るがす衝撃が起きた。


 砂と共になすがまま吹き飛ばされる反乱軍の二人。管理軍の一人は戦場とは反対方向へ走る。


「大丈夫か?」

「ああ」


 クラウディアの呼び掛けにアダムが表情変えず伝えたが、大柄で黒髪の男性は闇夜の中に消えていた。


「逃げられた」

「負けるよりは良い。それよりも皆を早く手伝うぞ」

「分かっている」


 珍しく焦りを見せる早口なクラウディア。彼女の言う通りに抵抗なく従うが、少年の脳内には疑問がまだ残っていた。


(何だ?)


 夜に光源は無い。だから何かが光ったように見えれば、不思議に思わない筈がない。


 光源を辿る。地面に落ちてあった小石、いや、大きめの砂粒といったところか。


 何かに当たって砕けたような跡――思い出した。


(ナイフを振り下ろした時、何か硬い物に当たった気がした。あの首輪の一部か?)


 拾って顔の前に持ってくる。直径五ミリメートルも無いだろう。しかし、アダムはこの微小な存在に気を取られていた。


 暗くて見えないが、この石だけは暗闇以上の黒さがあった。立体的な凹凸が視認できない。


「どうしたんだ? 早く行くぞ」

「ああ」


 短く返事し、石をポケットに入れる。そしてホルスターから二丁拳銃を抜いた。


 荒野を走る二人の「超越者」。目的地はすぐに見えた。





















 機械仕掛けの動物達の中に、二つの人影をアンジュリーナは感じた。


 彼女の遠目には、少年が二丁の拳銃を休む暇なく動かし続け、女性の持つ小銃と合わせ、機械共が大量の屑鉄へ変貌する様子が映っていた。


「皆さん、クラウディアさんとアダム君が戻って来ました! これなら対空に火力を向けられます!」

「ピーター、ぶちかませ!」

『勿論です!』


 少女の報告を受けたロバートに促され、人間の二・五倍の大きさがある二足歩行戦車、アームが上空目掛けて伸び、アームの支える二丁の二十ミリサブマシンガンが火を噴く――上空でオレンジ色の爆発。


「航空戦力はあと僅かだ。地上に引きずり落とせ!」


 途端、背後にそびえる観測塔から走る電子――金属の鳥もどきの群れが雷を浴び、爆炎を上げる。


 生き残りが機体下部に設置されたミサイルを発射した。直後、機体は地上からの鉄塊を食らい、燃料が引火し爆散したが、直進するミサイルは無事だ。初速は遅いが、ジェット噴射で加速され、音速の四倍にも匹敵する。そして他の無人機からも……


 後方で何かがめり込み、粉砕したような音。瞬時に振り向く。


 まず衝撃で吹き飛んだ土砂がアンジュリーナに降り掛かった。そして金属の巨人、二足歩行戦車の一体が先程まで存在しなかった大穴に足を取られ、転倒している最中だった。


 爆弾が作った穴に二足歩行戦車が完全に落ち込んだ。すると、見ていて顔が強張っていた彼女の隣に居たロバートが「任せろ」と肩を優しく叩き、クレーターへ向かう。


「大丈夫か?」

『ええ、何とか……デカくても穴には落ちるなんて酷い世界です』

「お前が下手くそなだけだ。オネンネしている場合じゃねえぞ」


 冗談混じりにきつく言われ、コクピットに居座るピーターが片足を持ち上げた。それに連動し、メタルの足が爆発で黒く焦げた穴の外に引っ掛かかり、もう片方の足も出す。二足歩行の利点である地形走破性が可能とする技だ。


 体勢を整え、上空へ意識を向ける。コクピットの中央に拡大された赤外線映像が映る。


 赤外線敵位置把握システムと弾道予測処理により画面には赤い照準点が現れ、軽く曲げた人差し指を更に曲げる。腕の形をした骨格に覆われた手に引き金を握る手応えを感じた。


 腕が押し下げられる反動が連続。画面に映る赤外線映像の中心の影が四散した。


『敵航空戦力が全滅しました! 地上戦力も残り僅かです!』


 興奮を隠し切れていないオペレーターの告げる声に連鎖し、兵士達が喜びの声を上げた。


「やったぜクソッタレ!」

「なあ、お前どれだけ撃ち落とした?」

「覚えてねえ。まあいいや、ハハッ」

「カモなら良いんだが、参った、こりゃ食えねえな、ハッハッハッ!」

「おい、地上の犬コロ共を駆逐するのを忘れんな」


 誰かが注意して言った。確かに喜ぶのはまだ早い。


「てか犬かよあれ、ネコ科じゃねーの?」

「要するにあのワン公共を虐殺すれば良いんだ。さっさとしろ」

「やっぱ犬じゃん」


 下らぬ兵士達の口論をリーダーらしくロバートがまとめた。そして夜空を向いていた機銃や砲塔が、地面に対し水平に。


『対空部隊給弾完了。何時でもどうぞ』

「あの狂犬共を片っ端から駆除だ! 撃て!」


 一斉に無数の銃弾――攻めていた四足走行ロボット、無人バイク、人型ロボット、どれも例外なく無差別に銃弾を受けた。


 一番この状況を喜んでいたのはアンジュリーナかもしれない。敵攻撃に専念し、迫り来る銃弾やミサイルを止める。そして味方の士気が上がる。彼女にとっては皆が喜ぶのが何よりの幸せなのだ。


 戦場の中、嬉しさに包まれた少女の顔が一つだけあった。


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