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第二章突入です!
最近、ここの固定文を考えようか思案中です。
このヘルスゲームでは現実世界でいう五感が働くらしい。
視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。
それぞれゲームで使われることもあれば、使われないこともある。
そりゃそうだ。だってじゃんけんなんか、視覚さえあればいいんだからな。
でも、このゲームでいうゲームには運という比較的不安定なものに命を預けることになるより、実力がでるゲームで勝敗を決する方がいいに決まっている。
だから、このゲームは違った。
ゲームの中の視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚という五つの感覚器官は、あくまでゲームのシステム上の機能であって、現実のものとはやはり違う。
であれば、現実で優れていた感覚器官や、特技、知識などをフルに活用できるよう、感覚器官を司るシステムを変更し、通常の数倍上の機能、あるいは数倍下の機能にしてやることで、それらは運という不確定要素を限界まで取り除いた、実力が出るゲームと化す。
そう、このことによって、単純なじゃんけんは視覚が極限まで強化され、寸前の相手の手の形を認識することができるようになったりするのである。
こういった五感のシステムの改良を、この世界では感度調整というらしいが、この感度調整の上手さがこのゲームでの強さの基準となるという。
それに加え、標準のゲームに新たに追加される新しいルールは、感度調整後、ゲームがスタートする直前に発表されるため、下手に感度調整が極端だったりすると、そこを突かれたルールが追加されて敗北することはままあるという。
しかしながら、基準のルールに反しない新ルールのみが許可されるらしく、たまにグレーなルールを追加しようとする双方の思惑により、ルールが基準のものだけという状況に陥るらしいが。
そのゲームの一端を目にした、未調整と呼ばれる俺の感想はやはり『わからない』が正確だろう。
ミミカいわく、今回の領土戦で繰り広げられていたゲームは一対一のクレー射撃だという。だが、私たちの組合長だとミミカが指差しているキャラクターの腕を見ても、何をしているのか正確に目で追えない。それどころか、劣勢な相手方の腕の動きすら見えない。通常より高速で射出される皿の動きは、遠くて小さいのもあるが、見える見えないどころの話じゃない。
そんなハイレベルなゲームは僅差でイルカ連合が勝利し、集まっていたイルカ連合の連中と思しき観客は、歓声をあげた。
ミミカも自分のことのように、誇らしげに「私たちの組合長はね、相手にできるだけ負担がかからないように、いつもギリギリで勝ってるんだよ!」と言いながら、初めて年相応の混じりけのない笑顔で喜んでいるように見えた。
里宮も珍しく俺の横で「凄いわ!」「これが5Dなのね」「なるほど」「面白いわね」と、終始前のめりになりながら興奮していた。
二人とも、普段からこういう無垢さなら完璧美少女なのにな。
有賀に至っては、となりにいたイルカ連合の観客だろう人と、いつの間にか一緒になって応援をしていた。最後には肩を組んで喜びを分かち合うという馴染みようである。
かくして、ミミカは「さあ、ついてきて!」と俺らに嬉々とした表情で手招きすると、駆け足で闘技場の扉を出、観客席への通路とは違う小さな扉に入って行った。
先ほどより細い通路を抜け、待機室のような広い空間にたどり着くと、そこには一人の女性が数人の女性に囲まれているのが見えた。
「リリシャ! お疲れさまー!」
ミミカはその囲まれていた女性の姿を見るなりそこへ駆け寄ると、その声に気付いたその女性は、貴公子よろしく華やかな笑顔で彼女を迎えた。俺には背景にバラ園が見えたね。
「ミミカ、今日は警備だったんじゃないのかい? それにあの三人は?」
その女性の容姿はボーイッシュといったところだろうか。
言動もさながら王子様風。
こりゃあ、女性受け間違いなしだな。俺はちょっと苦手な部類だけども……。
取り巻きは甘い蜜を捧げるローヤルコートってところだろうか?
「大丈夫、警備はくまちゃんに任せてあるから! あと、あそこの三人は探偵さんだって! 何か調査してるらしいから、この組合に入れて欲しいって!」
いつ言ったのか。というか、探偵という嘘が広まるな、これ。
「探偵か、なるほどね。ミミカが紹介してくれるという事は、相当面白い人たちなんだろうね。歓迎するよ、ようこそイルカ連合組合へ。私がこの連合の組合長、リリシャだ」
「こちらもよろしく、聞きたいことが色々あるから、頼りにさせてもらうわ」
この独特な環境にまったく怖気づくこともない里宮に遅れて、俺と有賀も会釈。
どんな人物にも毅然とした態度を崩さない里宮には、毎度恐れ入る。
初めてああいった取り巻きを目撃して、若干引きつっていた俺とはまるで違う世界の住人だよ。改めて実感するね。
「それはそうと、くまちゃんに警備をさせるのは少し心配だね。あの子はまだここに来て、日が浅いから」
「大丈夫! 一通りのことは全部教えたもん!」
「密偵が入った報告もないし、ミミカがそう言うなら、私は信頼するよ」
そういえば、取り巻きの中でも、ミミカはどうやら最上位に位置づけているらしい。ミミカが来てからというもの、他の取り巻きがリリシャから少し距離をとっているのが証拠だろうか。他の取り巻きの中で、少し不満げな表情を浮かべている人もちらほら。
「私たち、まだこの組合に入るための申請とかしてないんだけど、どうするのかしら」
そして、会話中にも土足であがっていくのが里宮流である。
「それじゃあ、ミミカ。あの方たちの申請のお手伝いもしてあげてくれないか。私はこれから領土合併の調印式があるから、頼んだよ」
「任せて!」
「ああ、行ってくるね」
そう言い残すと、リリシャは奥の扉に取り巻きごと消えていった。
彼女たちがいなくなって気付く、この部屋の広さ。
……いや、リリシャという存在感の消失が、そう見せているだけだろうな。
「それじゃあ、ついてきて! すぱっと終わらせちゃうから!」
笑顔でリリシャの姿を見送ったミミカは、再び手招きしながら俺らを誘導し、闘技場を後にした。
* * *
――同刻、東方小岩峰洞窟基地。
ねずみ色の無機質な壁が広がるその場所は、どこか冷たい印象を与えてくる。
しかし、壁一面に設置された松明のオブジェクトや、洞窟には似合わない球体のランプシェードの暖かな光が、その印象を少し緩和してくれている。
あの組合を抜け、私を信じてついてきてくれたあの三人が、気を利かせて設置してくれたものだ。
今や東方のほとんどの地域は支配され、東方で唯一このゲーム開始からずっと生き残っていたクーネル組合も、今日行われた領土戦に負けて合併されることとなった。
私があの組合を抜けた時には、すでに支配が及んでいない地域を探すほうが難しく、どの組合にも占領されていない地域は、辺境にある洞窟の周辺しかなかった。
そして、ついに東方であの組合の手に落ちていない地域は、私たちの地域を含めて四つを残すところとなった。
私たちの領土は東方と南方の境界の近くに存在している上、占領をせずに使っているから、すぐに手が伸びることはないだろう。
何てたって、あの裏切り者が最も苦手とする南方の近くだから。
……とは言っても、私もそれほど得意という訳ではない。
組合長が全てを取り仕切っている点、それがどちらも女性である点は東方も南方も同じ。だけど、東方は善人のフリで支持を獲得し、統治しているのに対して、南方はサディスト気質の女王のカリスマ性に惹き付けられたプレイヤーが集まった、宗教団体に近い。そんな狂信的なプレイヤーが多数存在しているエリアの近くで万が一もめ事を起こしたとして、飛び火を警戒しない南方プレイヤーなんていないハズ。
私も近づきたくはなかったけど、背に腹は代えられなかった。
そもそも、他の三つの地域は支配されたとしても、ここは支配されないのじゃないかという安心感さえ、今は感じてしまっている。
「どうしたの? 何か心配ごと?」
嫌なことやマイナスなことを考えていた訳ではなかったけど、俯いて考え事をするのをを見ていた閑が、心配してくれていた。
この周囲に常に気を配っている観察眼は、組合長として見習わなければならいけど、やっぱり閑には敵いそうにない。
「ううん、そうじゃないよ」
「じゃあ、どうしたの?」
「あそこを抜け出してから拠点をここに決めて、暗い洞窟が怖かったり、今後の不安があったりしたけど、みんなのお陰で安心できてるんだって感じちゃって」
「そうね、まだちょっと暗いわよね。紅葉が望むなら、もう少し明りを増やしてみる?」
「う、ううん、このままで大丈夫! 大丈夫だよ!」
「本当? 明りの増設ぐらいならすぐ出来るわよ?」
ちょっと過保護なところも、閑らしい。
……たまに、冷静沈着で過保護な閑の姿がお母さんのように感じてしまうのは、閑には秘密。それに甘えたくなるのも。
「あっ、ヒビキからイルカ連合の本部に潜入できたって報告が来たわよ。ヨユーだってさ」
どうやら、潜入を任せていた二人が成功したらしい。ひーくんの潜入の腕を知っていて、特別に心配はしてなかったものの、やっぱり凄い。
普通は敵対組織と設定された組合の領土に入るのは、困難なはずなんだけど。
心配どころとしては、潜入調査が終了した後にやるべきことまでやってきそうなところ。なるべくそのあとの負担を減らしたいと言っていたけど、背負える負担はみんなで背負う方がいい。
「ひーくん、無茶しなければいいんだけど」
「大丈夫、そのためにふうらいを同行させたんでしょ。ヒビキとふうらいが隣同士なら、万が一見られたとしても親子みたいで違和感ないでしょう?」
「確かに、ふうらいさんは頑固親父ってかんじするもんね」
「このゲームやるまではゲーム自体縁がなかったみたいだし、自分の名前を漢字に変換できなかったぐらいだからね」
くすっと私が笑うと、それにつられて閑も笑ってくれた。
ここに来てからというもの、計画のことで頭がいっぱいで、ついてきてくれた三人も昔のように笑うことが少なくなってしまっているのは、私が一番感じている。
私のために頑張ってくれている嬉しさと、申し訳なさと、感謝の気持ちと、色々な気持ちがあるけど、たまに彼らが私についてきて後悔していないのか気になってしまう。
こんな私が組合長でいいのかと思ってしまう。
「どうしたの? また暗い顔してるわよ?」
私は相当顔に出やすいタイプらしい。
ううん、単純に閑の目からは逃れられないのかもしれない。
「ねえ、閑。一つ聞いていい?」
少し怖い。
でも、この際だから聞いてみたい。
「ええ、何でも」
「閑は、私についてきて後悔してないの?」
私がそう言うと、閑は呆れたような素振りを見せた。
身構えていた私に、閑は続けた。
「そんな訳ないわよ。こんな可愛くて優しい女の子が必死に説得してたのに、それに応じない東方の連中が信じられないくらいだわ」
「ううん、あの人たちはあの人の内面を知らないからで……」
私がそう言うと、また呆れられた。
「どこまでも優しいのね、紅葉は」
「そんなことないよ、だって」
「そんなことあるの」
私より少し大きな声で私の言葉を遮って、閑はかつて見たことのないぐらい穏やかな笑顔を見せた。。
「それにね、私だけじゃなくて、ヒビキもふうらいもそういう優しい心を持ってる紅葉だからこそ、信頼してついてきてくれたのよ? ヒビキなんて、紅葉を東方のトップにして、一生守るんだっ! って意気込んでたぐらいなんだから。あ、でもその時は私にも紅葉を守らせてね。約束だから」
いつからだろう。
頬を伝わるものがあった。
ぼんやりと、閑の頬が薄く赤みを帯びているのが見えた。
そんな閑は「もう、仕方ないわね」と言うと、私の体を抱きしめ、頭をなでてくれた。
「私、みんなのために、雨ちゃんのために、頑張るね」
そして、ひーくんの着信の合図とともに、イルカ連合組合壊滅計画が幕を開けた。




