不幸のドミノ、その一枚目が倒れた
彼女は襲われていた。
緩急のある攻撃で油断を誘い、闇の世界へ誘おうとする。
「ミリア、顔色が悪いぞ、どうした?」
師匠であるグリクが声をかける。
一流、そう呼ばれる存在だった師匠でさえ、気が付く事が無い彼女への攻撃。
ミリア以外の誰にも感知しえない攻撃は、彼女の内部に起こっていた。
激しい腹痛。
さざ波と荒波の波状攻撃を受けてなお、師匠に付き従い巡回を続ける。
師匠の優しい心遣いも、波状攻撃を受けている彼女には
その半分も答える事が出来なかった。
何とかしてこの場を離れなくては!
心の中で絶叫し、脂汗を浮かべながら今できるのは
最大限の笑みを返すことだけ・・・。
どんな事を話してくれたのだろう?
師匠の微笑は、覚えている。
しかし話の内容は、迫り来る波動に
自分の持てる全て、を注いでいるミリアには届かない。
心、ここにあらず。
そんな彼女の様子を見て、少し時間をおいて話そうか。
何か大きな悩みがあるのかもしれない。
と思っていたグリクが、違和感を感じる。
国立図書館の管理。
その仕事は何の危険もなく、数日で終わるはずだった。
グリクが突然立ち止まり、ミリアを左手で制する。
意図はなく、偶然。
左腕に、注意力の欠如したミリアのお腹が触れる。
「・・・っ!」
脂汗が尋常じゃなく溢れる彼女を見たグリクが
「ここは任せて、誰か応援を」
その言葉を聞いた時、ミリアが思ったのは
この世に神はいた、と言う事だった。
「はい」
かろうじて声に出せる、言葉。
たとえこれ以上の会話を神に求められたとしても
彼女は何も言わなかっただろう。
助けを求める為に、その場を離れる。
絶好の機会。
今まで過酷な修行をしてきた。
彼女にはその自負があった。
しかし唯一、括約筋は鍛えていなかった。
その事を後悔しつつ、閃光の速さでその場を離れる姿を見て
グリクは思う。
指示に対して全力で答える素晴らしい弟子だ。
自分の教えは正しかった。
誇らしげに思いながら、今はただ、見えざる敵と対峙するのだった。