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ツインウィッチBREAK 2話

「嘘……そんなの嘘!」

 八重ちゃんは間を置かず、


「はい、嘘です」


「え?」

 八重ちゃんから書状を渡されて、それをよく見る。

「これは本当にただのお願い状なので、姫ちゃんが断ったとしても、国外追放とか人体実験とかそういう物騒なことにはならないですよ――というより、そういう話は全部ただの都市伝説です。『魔女機関』はそんなに物騒な組織じゃないですよー」

 書状の内容は、確かに全然強制的なものじゃなかった。

 要約すると、協力するかどうかはわたしの判断に委ねる、ということが書かれていた。


 一安心する……と、逆に怒りが込み上げてきた。

「そもそも! わたしにそんな力ないって、さっきの治癒ヒールでわかったでしょ? もう一回痛くしてほしいの?」

 八重ちゃんは目を閉じ、静かに首を振る。


「――いいえ、それは違います。力の有無、という話ではないんです。世界の違いによる回復魔術の変化は、才能といった曖昧なものに左右されず、普遍の原理で揺るぎない事実。姫ちゃんが二世界間のハーフ――つまり両世界の中間存在である、ということだけが重要なんです」


「でもっ! 反転の話は実際に痛かったから信じるけど、ハーフとかって話はまだ信じてないから! ――それに! 愛莉あいりママが八重ちゃんと同じ世界生まれだっていうなら、わたしたちの世界生まれのすみれママじゃ治療できないでしょ!? だけど、菫ママはずっと治療者ヒーラーとして愛莉ママを治療してるし!」

「そうですね……それは当人たちに直接訊いてみてください。私の言葉が嘘じゃないという確認も兼ねて」


 いまママたちがいる場所は昼。時間的には問題ない。

 『魔女』として色々と忙しいだろうし、いつもはあまりわたしから電話をしない。

 でもさすがにこれは、ちゃんと確認しておきたい。

 八重ちゃんに促されたわたしは、スマホを手に取って、ママに電話をかける。


『もしもし、姫乃?』

「うん――いまだいじょうぶ?」

『ええ。天使との戦闘中だけれど、いまなら平気』

 相変わらず菫ママの『だいじょうぶ』の基準はおかしい。

「ママ。変なこと訊いちゃうんだけど、愛莉ママってもしかして別の世界生まれなの?」

『そうよ?』

 あっけなく告げられる真実。

『言ってなかったかしら?』

「聞いてない、そんなの……並行世界があるなんて話も初めて聞いたし」

 そしてもう一つ重要な質問をする。

「回復魔術が反転する話も知ってる?」

『ええ。それがどうかしたの?』

「じゃあ、愛莉ママはなんでだいじょうぶなの? 菫ママ、普通に治療してたけど」

『それは、』

「それは?」


『愛よ――私の愛莉への愛を、そんなものが阻めるわけないでしょう?』


 恥ずかしげもなく当然のように答えるママ。

『菫ちゃん、ちょっと援護お願いー!』

 遠くで聞こえる愛莉ママの声。

『わかったわー! ――ごめんなさい、また後で連絡するわね』

「ううん。もう訊きたかったことは訊けたから」

『そう? じゃあまた、いつでもかけてきて――そっちはいま夜よね? おやすみなさい、姫乃』

「おやすみ、ママ」

 そしてママとの通話を終える。


「愛――」

「お義母かあさまたちは唯一の例外ですね。なぜ治せるのか、いまだにわかっていません……けれど、愛莉お義母さまを治せるのは菫お義母さまだけで、ほかの方からの回復魔術に対しては、愛莉お義母さまも私と同様に反転してしまうみたいです」

 ママたちならありえそう、と納得してしまった…………ん? お義母さま?

「……八重ちゃんの話は、もう信じてあげるけど。百歩譲って、もしわたしが回復と反転を両立できて、その魔術で天使と戦うことになったとしたら、いまより危険な役割ロールになるんじゃないの? 攻撃するってことは、そういうことでしょ?」

「はい。でも安心してください。私が戦い方とか色々と教えてあげますから」

「いらない、そんなの。わたしはいまのままでいいの! 『魔女』になって世界を救うのは嫌じゃないけど、それはみんなに守ってもらえる治療者ヒーラーとして! 話はもうおしまい! おやすみ!」

 訊きたいことは訊けた。言いたいことも言った。もう十分。

 わたしはシーツを被り、耳を塞いだ。

 八重ちゃんがまだ何か言っていたけど、幸い今日は色々あって疲れもたまっていたので、その声を聞き流しながらでもすぐに眠ることができた。




 その夜の夢で――

 わたしは白魔術を使って天使を殲滅していた。

 その姿は。

 天使から見れば、戦場の悪魔だったかもしれない……ううん、たぶん味方から見ても。



「――っ!? ……夢? よかった……」

 悪夢から飛び起き、胸を撫で下ろすと、もう外は明るくなっていた。


 ……胸を撫で下ろす?


 今日は八重ちゃんが同じベッドの中にいたりとか、そういうのはなかった……けど。

「なっ! なななっ――!!」

 シーツをめくって自分の姿をあらためて確認する。

 わたしはネグリジェを着ていなかった。それだけならまだいい。全然よくないけど!


「下着までっ――!」


 わたしの着ていたものは、ベッドのすぐ近くに綺麗に折り畳んで置いてあった。

 布団にはすでに八重ちゃんの姿はなく、代わりに可愛いデザインのメモと写真が置いてある。


『既成事実つくっちゃいましたっ えへへっ

 だって何をしても姫ちゃん起きないんですものー

 でも今度はちゃんと、起きている時にしましょうね』


 やたらと語尾にハートマークがついているその文章。

 写真には――一糸まとわぬ、わたしと八重ちゃんのツーショットが映っていた。

 ……どういう反応をしていいかわからなかった。

 表情とかたぶん、心のない人形のような『無』になっていたと思う。

 なぜだか舞桜ちゃんに謝らないといけない気がして、舞桜ちゃんの顔が、姿が、頭に浮かんでくる。

 すると――


「ひめちゃんー? 朝ごはんできたんだけど、まだ寝てるー? 入ってもいい?」


 大窓から聞こえてくる舞桜ちゃんの声に、心臓が飛び跳ね、ハッと正気に戻る。

「待って! いま起きたからもうだいじょうぶ。すぐに支度して行くから」

 いまの状況を見られるのはよくない。

「わかったー。ひめちゃんが来るまで、食べずに待ってるねー」

 と言って、大窓から舞桜ちゃんの影が消える。


 いつも舞桜ちゃんは、今日みたいに起こしにきてくれる。

 昨日は何か用事があって早めに登校したらしくて、起こすにはまだ早かったから……でも朝ごはんの準備は、しっかりしてくれてた。


 わたしは手早く身支度を済ませ、舞桜ちゃんの家に向かった。


「篠宮さん。おはようございます」

 部屋からいなくなっていた八重ちゃんは、何食わぬ顔で朝食の席についていた。

 わたしが呆然としていると、

「昨日の夜、やえ先輩から連絡があったの。朝早くに来てくれて、ごはんとお弁当、一緒に作ったんだよー」

 舞桜ちゃんの手前、昨日はあれからそのまま帰ったことにしているみたいだった。

 というか、舞桜ちゃんの連絡先をいつ訊きだしたのか。

「し! ら! は! ね! さんっ? ちょっとお話があるんですけど!!」

 言って、舞桜ちゃんから聞こえないし見えない所まで、八重ちゃんの手を引いて連れていく。


「八重ちゃん。ほんとに……しちゃったの?」

 死んだような目をして、色んな感情が入り混じった声で尋ねる。

「何を、ですか?」

 何が楽しいのか、八重ちゃんは微笑みながらそう返してきた。


「えっちなことっ!」


 赤くなりながらそう言うと、

「ふふっ。私がそこまでの外道に見えますか?」

「見え……」

 聖女のような微笑みをたたえた、清楚で綺麗な可愛い(自称)お姫さま。

「――ないけど。見た目の問題じゃなくて!」

「安心してください。写真を撮った以外は何もしていません。あ、証拠として、昨日の夜の映像もありますよ? あとで見ます?」

 わたしの部屋にカメラを仕掛けていたという事実が暴露される。


「そもそも。こんなに魅力的な姫ちゃんが隣で寝ているのに、何もしないなんて……そんなの健全な女の子には無理ですよ! ――それに昨日、姫ちゃんが寝ちゃう前に私、ちゃんと言いましたよね?」


 ……寝る前に耳を塞いでいた時かも。

「……まあ。なにもしてないなら、許してあげる。だってわたしはみんなのお姫さまだから――つまり、八重ちゃんにとってのお姫さまでもあるし」


 一瞬、八重ちゃんの顔から一切の表情が消える。


 だけどすぐに元の笑顔に戻って、

「――さすがです、姫ちゃん。ちょろかわです! 素敵です!」

 ……誰でもすぐに許してあげるわけじゃない。

 八重ちゃんは恋人候補にしてあげてもいいかも、くらいのスペックだし。

 初めて以外なら、別にしてあげてもされてもいいかもしれないし。


 でもいまは誰か一人、という相手は決めないことにしてる。

 『だってわたしは、みんなのお姫さまだから』


 一応、問題は解決したので、二人で舞桜ちゃんのいる食卓に戻り(舞桜ちゃんが不思議そうな顔をしていた)、朝ごはんにする。


 ……おいしい。

 この料理は八重ちゃんが作ったものだと思う。舞桜ちゃんのいつもの味つけとは違うし。

 けどそれは、舞桜ちゃんのと同じくらい、おいしかった。

 昨日のお風呂のことといい、ベッドでのことといい。

 そういうのさえなければ、割と理想のお姫さまなのに。

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