ツインウィッチBREAK 1話
わたしはベッドの上で。
八重ちゃんは床に敷いた布団の上で。
お互い楽な姿勢で座っている。
「姫ちゃんー、私、一緒のベッドで寝たいんですけどー」
また何かされるかもしれないと、ちょっと警戒してた……ので、わざわざ八重ちゃん用の布団を用意した。
「ダメ! そこで反省して!」
「うー…………夜這いしてやるー」
小声で何かとんでもない発言が聞こえた気がする。
「外で寝ます?」
わたしが最高の笑顔でそう言うと、すぐにぶんぶんと首を左右に振る八重ちゃん。
彼女はお風呂の時から、口調とか雰囲気がふにゃふにゃしていた。
学校の時とは全然違う。凛とした感じは欠片もない。
……ある意味、わたしと同じタイプの人間なのかも。
――そこでふと。
ある記憶が頭をよぎり、八重ちゃんにそれを訊いてみることにした。
「……もしかして、今朝裸でわたしのベッドに潜り込んでたのって――」
「あれ? まだ気づいてなかったんですか?」
「だって髪の色も違ったし――」
「あれはウィッグです。すぐにばれるとつまらないじゃないですかー」
一瞬、本当に通報してやろうか、という考えが浮かぶ。
……でも先に、浜辺でのことは訊いておかないと。
そう思ったわたしが、口を開こうとしたとき、
「実は私、並行世界から来たんですよー。そしてなんとー、私はお姫さまなんですー」
ものすごく軽いノリで、あっさりと重大なことを告白されてしまった。
「で、姫ちゃんのお母さまの一人――愛莉さんは、私と同じ世界の出身でー。だから姫ちゃんは、二世界間のハーフってことになりますねー」
「……そんな話、聞いたことないんだけど」
わたしが八重ちゃんを疑い深い目で見ていると、一瞬のうちに、学校で見た綺麗で可愛いふにゃふにゃしていない八重ちゃんに(少しだけ)戻る。
そしてわたしを見つめて、彼女は言った。
「――ということで、姫ちゃん。私と結婚してください。とりあえず妾ですが、姫ちゃんの努力次第で正妻も狙えますから! 本当のお姫さまになれますよ?」
「は?」
ぜんぜん『ということで』じゃなかった……しかもプロポーズなのに、妾スタート?
「なんたって私はお姫さまですから、例外として多妻も認められています。こちらの世界でもそうですよね?」
「それはそうだけど…………そういう話じゃなくって! いきなりなんなの!?」
八重ちゃんは口に手を当て、
「ごめんなさい。話を急ぎすぎました。別に結婚までは、いますぐにしなくてもいいんです。それよりもまず、私と一緒に世界を救ってほしいんです」
「世界を……救う?」
うなずき、
「私が浜辺で天使にした魔術は、姫ちゃんにもできるんです」
「回復魔術で天使を倒したあれ? でも回復魔術が天使に有害なわけじゃないんでしょ? なんでわたしにもできるの?」
わたしが訊くと、得意げな顔になる八重ちゃん。
「ふっふっふー。実は実はー、別世界の存在に対して回復魔術を使うと、その効果が反転するんです!」
その言葉も疑わしかったけど……今日八重ちゃんが天使に対してやっていた回復魔術は、まさにその言葉通りだった。
傷を回復するはずの『治癒』で傷を与えて、弱化を回復するはずの『浄化』で弱化させていた。
……あれ?
八重ちゃんの話が本当だとすると。
「それってもしかして天使だけじゃなくて、わたしたちに対しても同じだったりする?」
「はい――〈治癒〉」
「痛っ! なにするの!」
「実感してもらったほうが信じてもらえますよね。だいじょうぶですよ、傷にはなってないはずですから」
……確かにその痛みによって、信憑性は高くなったかもしれない。
全部の話が嘘ではなさそう……全部本当とも限らないけど。
恨みがましい目で、わたしは八重ちゃんを見る。
そして、訊く。
「じゃあ! 八重ちゃんは治療者なのに誰も治療できないの?」
「んー……半分正解で、半分不正解です。私でも譲渡という形でなら、こちらの世界の方の精神力を擬似的に治療することはできますし――」
そういえば八重ちゃんは、浜辺で舞桜ちゃんの精神力を回復させていた。
だけど。
そもそも譲渡魔術なんて存在しないはず。
あれは八重ちゃんの世界にだけある魔術だったり?
「――こちらの世界にいても、私の世界出身の方に回復魔術を使ってもらえれば、私のことも治療できます。つまり、私は私自身を治療することはできるんです。でもこちらの世界の方や、いまの姫ちゃんに回復魔術を使われると――」
「〈極小治癒〉」
「っ――!? 姫ちゃんっ!?」
「さっきのお返し。あいふぉーあいだし」
ぷくーっと片頬を膨らませる八重ちゃん。無駄に可愛い。
わたしは一連のやりとりを通して、八重ちゃんがわたしに目をつけた理由を察した。
「……もしわたしがホントにハーフだとしたら。普通に回復したり、それを反転させたりの両方を自由にできるかもってこと?」
「はい。それに私と違って姫ちゃんは優秀な白魔術士なので、私よりも強くなれると思います。だから――」
「嫌」
食い気味に八重ちゃんの言葉を遮る。優秀だとかそんなのは知ってる。
そうじゃなくて――
「わたしは治療者なの! あんなの回復魔術じゃないし!」
「仕方ないですね。じゃあ――初手より奥義にてつかまつります」
八重ちゃんは何かが書かれた紙を数枚、鞄の中から出してくる。
「正式に日本国から、そして『魔女機関』からも協力要請が出ています。姫ちゃんに拒否権なんてないんですよ」
うふふ、と微笑みながら、その書状をわたしに突き出す。
噂に聞いたことがある。
でも見るのは初めて。
常に天使の脅威にさらされているいまの世界。
天使の討伐のため、人権よりも優先されてしまう強制命令が存在していると。
日本からの命令だけなら、最悪、日本を出てしまえばいい。
問題なのは『魔女機関』。
そこから命令が出されている場合、拒否すればわたしはこの世から消されてしまうかもしれない。
殺されるというのはたぶんまだマシなほうで、わたしが本当にそれだけ特別な存在だというのなら……。
始めからわたしの返答なんて関係なくって、死なないギリギリでずっと酷い人体実験をされてしまう可能性もある。
もしかしたらママたちまで――
嫌なイメージが、頭に次々と浮かんでいく。
全身から血の気が引いていった。