ご注文は魔女ですか? 1人
「お待たせしましたー! 私、ご注文の『魔女』になりまーす!」
……なにそれ? そんな注文してな…………そういえばしてた。
諦めから閉じてしまっていた目を、思わず開いてしまう。
通報を受けた『魔女』たちが、やっと来てくれたのだろうか。
遅い。遅すぎる。わたしたちがどれだけ苦労したと……。
その魔女は、わたしたちを包囲する天使を飛び蹴りで蹴り飛ばして、一人で包囲網の中に飛び込んできた。
……一人で?
「姫……あ、えっと、そう! 篠宮さん! 篠宮さんじゃないですか。奇遇ですね」
ふふっ、と微笑して、手を振りながらわたしたちに近づいてくる魔女。
彼女は――
「白羽さんっ!?」
今日わたしのクラスに転校してきた白羽八重さんだった。
舞桜ちゃんの大剣から受けた損傷を自己修復した天使たちが、一斉に彼女を狙う。
光弾の発射動作が見えて――
「貴女たちは黙っていてください。それと動くのも禁止します」
白羽さんの言葉のあと、天使たちに光が降り注ぐ。
その光に接触した天使の喉の辺りに、赤い光を放つ魔術円が現れ――
すべての光弾が発射される前に消え去った。
光弾の再生成もできないみたいで、天使たちに動揺のようなものが見えた……気がした。
間を置かず、天使たちに降り注ぐ新たな光。
それは接触した瞬間、赤い鎖に変化する。
その両端を地や宙へ固定して天使に絡みつき、天使をその場に拘束してしまった。
驚きで言葉が出ない。
詠唱禁止と移動禁止?
今朝彼女は自分のことを治療者だと言っていたはず。
……そんな白魔術、知らない。
そもそも彼女が詠唱した魔術は、弱化を回復する『浄化』――の下級限定魔術だった。
白羽さんが悠々と、わたしたちのそばまでやってくる。
天術の詠唱も禁止され、赤い鎖に拘束され、完全に身動きを封じられた天使たち。
白羽さんは彼女たちを見回して、
「ここなら位置的にちょうどよさそうですね。では、ごきげんよう」
白羽さんを中心に、大きな魔術円が地面に描かれる。
『治癒・設置』。これはわたしもよく使う白魔術。
自分を中心とした範囲内に存在する、指定した対象を徐々に回復していく魔術……のはずだった。
魔術円が赤く光る。
光った瞬間に回復効果が……現れず、拘束されている天使たちの体が罅割れた。
光の明滅を繰り返すたびに罅は広がり、白い光がその隙間から血のように噴き出る。
その状況を見もせずに、白羽さんはしゃがみ込んで、舞桜ちゃんの容体を見る。
「魔術を使いすぎてしまったのですね……少しだけですが、私の心を受け取ってください――〈譲渡・精神力〉」
白羽さんを包む青い光が現れて、その光が舞桜ちゃんの体に流れ込んでいく。
精神力の受け渡し? ……そんな魔術があるの?
でも舞桜ちゃんの顔色は、その魔術で少しよくなった気がした。
「これでたぶん、だいじょうぶです。お夕飯の準備が終わる頃には、目を覚まされると思いますよ」
聖女のように微笑む白羽さん。
「さて――」
立ち上がった彼女は、わたしたちから距離を空けていく。
白羽さんが歩くにつれて、まるでそれに合わせた演出かのように、周りの天使たちが四散していった。
「あのっ――!」
わたしが声をかけようとした、そのとき。
――白羽さんの右側で、何かが光った。
それは――光の槍を持った一体の天使だった。
わたしは、いままでその天使に気づけなかった。『白の夢』のような、認識阻害をする天術を使っていたのかもしれない。
天使は宙を駆け、すでに白羽さんを狙って突進してきていた。
完全に不意を突かれる形。
しかし白羽さんは少し体を動かしただけで槍を避け、それどころかその突進してきた力を利用して、天使を地面に叩きつけてしまった。
「篠宮さんが何かお話しになろうとしていた途中で……まったく、失礼な方ですね」
地に伏した天使を踏みつけて、身動きを封じる白羽さん。
そして微笑みながら、どこか楽しそうに、
「癒しの、光よ、彼女に、祝福を」
詠唱に合わせ、天使の周りに複数の光珠が出現。
天使の体に収束して、より大きな光となり、その体を包んだ。
だけどその光は、本来の『治癒』とは違う赤い光。
さっき散っていった天使たちと同じように、その天使も『治癒』をかけられるたびに罅割れていく。
……『治癒』? これが、『治癒』?
――ついには、その体が内部から爆ぜた。天使の残滓っぽい光が、その場に散乱する。
今度こそわたしは、白羽さんに質問をぶつける。
「白羽さんっ、いまのは『治癒』なんですか!?」
彼女は小首をかしげ、
「ええ。『治癒』ですよ?」
「じゃあなんで、天使を倒せたんですか!? さっきの『浄化』も沈黙させたり拘束したり、全然回復させてなかったし……白羽さんは本当に治療者なんですか!?」
――と、そこでふと考える。
わたしは天使に対して、回復魔術を使ったことがなかった。
ううん。わたしだけじゃなくて、ほかの『治療者』もそうだと思う。
……わたしたちには有益な回復魔術も、天使たちにとっては有害なのかも?
「もしかし――」
「残念ですが、それは違います」
かなり食い気味な感じで白羽さんに否定されて。心でも読まれたのだろうか、と疑ってしまう。
「軽くなってください」
また、赤い光を放つ『浄化』を舞桜ちゃんに使って、白羽さんは彼女をお姫様抱っこする。
「タクシーを呼んでおきましたので、それで帰りましょう。詳しいお話は、後ほど」
わたしたちが浜辺から上がると、車道にはもうすでに車が停まっていた……でもどう見ても、それはタクシーじゃない。黒塗りの長い車。
少し警戒したけど、『魔女』と名乗りわたしたちを助けてくれた白羽さんを信じて、その車に乗り込んだ。