ひめののーと 4P
「〈治癒・付与〉」
一定時間、一定周期で治癒効果を発揮する回復魔術を、舞桜ちゃんにかける。
舞桜ちゃんの周りを白い光珠が螺旋状に漂って、光の明滅のたびに傷が回復していく。
「ひめちゃん、ありがとっ」
舞桜ちゃんもわたしと同じで『まだいける』という考えなのか、すぐに新しく出てきた天使へ切り返す。
「〈刺突する槍〉!」
舞桜ちゃんの前面に水晶のような槍が複数現れて、その天使へ向かって飛んでいく。
そのほとんどを回避されてしまったけど、一本は刺さり、天使を損傷させる。
すべての槍は、同じタイミングでその姿を消した。
舞桜ちゃんは、『魔装術』という主に武器を召喚する魔術を使う『魔装士』。
召喚した武器には何かの動作を命令できる。でもその命令を終えると、武器はすぐに消えてしまう。
召喚した本人から離れてしまっても、同じように武器の維持ができない。
上空の天使を相手にしている隙を見て、光の剣を構えた天使が舞桜ちゃんに再度斬りかかる。
――舞桜ちゃんが攻撃してくれたことで、上にいる天使も舞桜ちゃんを狙うようになったはず。
いまのうちに『白の夢』を新しく出てきた天使にもかける。その上で――
「上からの攻撃はまかせてっ。舞桜ちゃんは近接戦に集中して!」
「うんっ! お願いっ!」
大剣で天使と攻防を続ける舞桜ちゃんを狙って、空からもう一体の天使が再び光弾を放つ。
「〈偏向する鏡〉」
わたしは、その光弾の進路上にある空間を変化させる。
その空間に触れた瞬間、光弾の進路が曲がり、舞桜ちゃんではなくその近くに着弾した。
『偏向する鏡』は、物体や物質、魔力の流れなんかを変更する空間を生み出す白魔術。
光の剣や魔装術のように『質量が大きくて速度も速いもの』は無理だけど、光弾のように純粋な魔力の塊みたいなものなら、軌道を逸らす盾の代わりにすることもできる。
ただ、屈折させるのが限界で、反射まではできない。
わたしが遠距離を守り、舞桜ちゃんが近距離を攻め、二人で連携を続けながら天使たちと戦って、そしてついに――。
「これでっ!」
舞桜ちゃんの大剣が天使を両断した。
赤い血が出ることはなかった。
斬られた部分から白い光のようなものが漏れ出て、天使も同じような光になって消えていった。
それを見て、もう一体の天使が嘆きのような高い叫び声を上げる。
「何、この声……」
思わず耳を塞ぐ。
わたしたちの周囲に、白い羽根が十数片――ううん、百片以上の羽根が落ちてくる。
そのうちのいくつかが光球に変化して、周りの羽根がそれを包む。
その球体たちは一瞬で肥大化していく。
人ほどの大きさになったくらいで、包んでいた羽根を辺りに飛び散らせた。
「嘘――」
羽根の中から現れたのは天使だった。
一瞬のうちに、両手で数えられないくらいの天使が、わたしたちを取り囲んでいた。
最近ママたちから聞いた言葉が頭をよぎる――空間を転移する術を使う新種の天使たちが確認された、と。
天使たちの視線が、わたしに集まる…………わたしに?
地上と空中、その全方向から、わたし目がけて光弾が放たれた。
「ひめちゃんっ!」
とっさに『桜花』で超加速して、舞桜ちゃんがわたしのそばまで飛んできてくれる。
「〈雪風〉!」
雪混じりの強風が、わたしたちを覆うように吹き荒れ、すべての光弾を遮断した。
「だいじょうぶ!? ひめちゃん!?」
「わたしはだいじょうぶ……だけど。どうしよう、これ」
『雪風』は、あくまで緊急防御魔術。
展開できる時間は短いし、一度使うとしばらくは使えない。
相談する間もなく、次弾が来る。
「〈守護する剣〉!」
透明な大剣が展開され、次弾を防ぐ。
さらに迫りくる光弾を、大剣が消失と展開を繰り返しながら、防御を続ける。
――と、そこでわたしは気づいた。
「――!? 舞桜ちゃんこそだいじょうぶ!?」
舞桜ちゃんの顔色が悪い。息も荒い。
「だい、じょうっ、ぶっ……」
そう答えるけど、全然だいじょうぶそうじゃなかった。
魔術は、世界に存在しているらしい生命力のようなものを、魔力という魔術の燃料に変えて、それを使うことで行使できる。
周囲の生命力自体は尽きることがないけど、その変換作業はわたしたちがやらないといけない。もちろんやり続ければ、疲労がたまっていく。
肉体的にじゃなく、精神的に。
もともと舞桜ちゃんは、あまり持久力があるほうじゃない。
体を休めるのと同じように、心を休めれば回復はする。
でも、そんな猶予いまはない。
わたしには――違う、いまこの世界に存在する魔術には、精神力の疲労を回復するものはなくて。
つまり――
「ひめ……ちゃんっ。ごめん、なさいっ……逃げてっ」
「舞桜ちゃ――」
舞桜ちゃんが! 舞桜ちゃんがその場に倒れ込む。
わたしは慌てて舞桜ちゃんを支えようとして――わたしの力では支えきれなくて、一緒に倒れてしまう。
「圧壊する剣」
無数の大剣が召喚され、光弾を割断しながら天使へと斬りかかる。
大剣は少なからず、天使たちに動作を中断させるだけの損傷を与えてくれた。
わたしたちを襲う光弾が一時的に止む。
だけどそれは舞桜ちゃんが無理をして行使した、最後の魔装術だった。
大剣が消えた瞬間、舞桜ちゃんも気を失ってしまう。
――いまなら。
天使たちに隙ができたいまなら。
『偏向する鏡』を使って光弾を防ぎながら、走り抜ければ。
天使たちから逃げられるかもしれない。
……でも、逃げられるのはわたしだけ。
わたしには舞桜ちゃんを運んで走る、なんていうことはどう頑張っても無理だった。
「わたし、さっきの言葉に答えてなかったけど…………わたしだけ逃げるなんて、絶対に嫌だから」
聞こえていない舞桜ちゃんに向けて、わたしの言葉がむなしく響く。
「こんな数の天使、街に突然現れてたら大変なことになってたかも……うん。わたしの判断は間違ってなかった。でしょ、舞桜ちゃん」
わたしは舞桜ちゃんを抱きしめて、ゆっくりと目を閉じた。