ひめののーと 3P
お互いに満足したあと。
日もだいぶ暮れてきたので、暗くなってしまう前に帰ることにする。
わたしの手を握りながら歩く舞桜ちゃんは、とてもご機嫌だった。
「ひめちゃんー、今日のごはんは何にしよっかー?」
「別になんでもいい。舞桜ちゃんの作る料理はだいたいおいしいし」
「えへへー、ありがとぉ。じゃあ今日は――」
と、舞桜ちゃんが今日の夕ごはんのメニューを決めようとしたとき――
「〈雪風〉!」
海の方からわたしたちめがけて複数の光弾が飛来した――けど、雪混じりの強風が吹き荒れて、それらをすべて遮断する。
遮断させたのは、舞桜ちゃんの緊急防御魔術――『雪風』。
そして、遮断した光弾の発生源は……。
光弾が飛んできた方を見ると、夕焼けの赤に染まった、でも元は真っ白なはずの人影があった。
違う。それは、人なんかじゃなくて――
「天使っ!?」
見た目はわたしたち――人とほとんど変わらない。
だけど。
頭の上にある光の輪と、背中にある白い羽は、間違いなくわたしたち人の敵――『天使』だった。
すぐにスマホで専用の連絡先に通報する。こういう時のために、少ない操作で的確に情報を伝えられるようになっている。
「ひめちゃん、早く逃げないと!」
わたしもそうしたかったけど、
「ううん。戦お。ここでわたしたちが逃げちゃったら、街の方に被害が出ちゃうかもしれないし――」
仮にもわたしたちは『魔女見習い』。
天使からみんなを守りたいという正義感は、ちゃんともっているつもり。
……これでわたしたちの評価が上がるかもとか、そういう邪なことは考えてない。
「倒せなくても、時間を稼げたら十分。『魔女』の人たちが来てくれれば、あとはどうにかしてくれると思う」
運がいいのか悪いのか、いま天使は一体しかいない。わたしたちでもなんとかできると思う。
わたしの言葉に、舞桜ちゃんは感動していた。そしてすぐに戦闘態勢を整える。
「わかった! でもいざとなったら、ひめちゃんだけでも逃げてねっ!」
天使は光弾を放ちながら宙を飛び、わたしたちに向かってゆっくりと近づいてくる。
「〈守護する剣〉!」
わたしたちの前に出現した、水晶のように透明な大剣が、その刀身を盾のようにして光弾を防ぐ。
防いだ大剣も、防いでいない大剣も、すぐ虚空に消え去った。
わたしも白魔術士としての役目を果たす。まずは強化魔術――
「〈障壁〉、〈保護〉」
わたしと舞桜ちゃんの周囲に、透明な壁とオーロラのようなものが展開して、わたしたちの体に見えない障壁が張られる。
これで物理と魔術(天使の使うのは、天術と呼ばれているけど)、その両方への防御力が大幅に上がった。
この障壁たちは、攻撃を遮断するんじゃなくて、緩衝する。
ハンドガンくらいの威力なら、生身で喰らっても軽い打撲ですむ程度には強化されている。
でも。
攻撃を受けるたびに障壁の効果は下がっていくので、かけ直しも必要。
「舞え、〈桜花〉! 生まれ出でよ、〈圧壊する剣〉!」
さっきと同じ水晶のような大剣を召喚して、舞桜ちゃんはそれを手に取り、光弾を切り裂く。
その動作は音速に近い速さ……だと思う。正確にはわからないけど。
舞桜ちゃんの動きに付随して、一瞬、桜の花びらが舞い散った。
『桜花』は、身体能力を瞬間的に強化する魔術。天使の注意を引きつける効果もある。
舞桜ちゃんの役割は、守護者。
PTの盾役として、天使との戦いで最前線に立つ存在。
「〈白の夢〉」
わたしも舞桜ちゃんに合わせて、使用者に対して幻術的な認識阻害効果を与えてくれる白魔術――〈白の夢〉を使う。
これはわたしに直接かける魔術ではなくて、わたしを見る対象――天使にかけるもの。
注目されている状態だと無理だけど、『桜花』のおかげで舞桜ちゃんに注意が引きつけられているので、いまはかなり効果があるはず。
とりあえずこれで、舞桜ちゃんが攻撃目標に……。
天使は虚空から光の剣を創り出して、舞桜ちゃんの方に突っ込んでいく。
――うまく動かせた。
天使と舞桜ちゃんが激しく斬り結ぶ。
桜花によって加速した舞桜ちゃんは、天使の一太刀を二太刀で返して、天使に傷を負わせた。
天使は、『天使の盾』という障壁でその身体を覆っている。
銃とかミサイルとか、化学兵器なんかも無効化してしまう万能な障壁。
だけど『人の意思が宿った手段』だけは例外で、それを貫ける。
普通の剣を使って普通に斬ったとしても、『人の意思が宿った手段』には変わりないので、『天使の盾』を貫けはする。
銃は無理だけど、弓矢まではだいじょうぶ。
実際。
十年前くらいまでは、そういう何世紀も昔に戻ったような戦い方をしていた。
でもそれは、魔術が開発されるまでの話。
『舞桜ちゃんの意思が宿った魔術』、そして『それを使って呼び出された大剣』からの攻撃は、当然『天使の盾』を貫ける。
つまり魔術は、対天使用の最大の武器で――わたしたちが魔術を修得する一番の理由だった。
……ここまでは順調。あとは舞桜ちゃんを援護しつつ、時間を稼いで――できれば天使を倒すだけ。
「――! 舞桜ちゃん、右っ!」
そのはずだったのに。
いつの間にかもう一体、空に天使が増えていた。
右上空から放たれた光弾が、舞桜ちゃんを襲う。
だけどわたしの声で天使に気づき、いくつかの光弾は避けることに成功する。
舞桜ちゃんは魔術適性上、強化魔術の防御上昇効果と、その耐久許容量がわたしよりも高い。
『保護』によって強化されていたので、制服は大ダメージだったけど、舞桜ちゃん自身は比較的浅い傷で済んだ。
……まだ。
まだ二体くらいならなんとかなる……はず。