ひめろじ 第4話
広い車内。
わたしの座ったすぐ隣に、舞桜ちゃんと八重ちゃんが座る。
「えっと……まあ、いいですけど」
悪い気はしない。
「それで、白羽さん。話って何ですか?」
八重ちゃんが静かに、こくり、と頷く。
「実を言うと、この世界はもうダメなんです」
憂いを帯びた笑みを浮かべて、
「突然こんなことを言ってしまってごめんなさい。
でも本当です。
翌々週の日曜日、ものすごく
赤い朝焼けがあります。
それが終わりの合図です。
程なく大きめの地震が来るので
気をつけて。
それがやんだら、少しだけ間をおいて
終わりがきます。
……というのは、このまま篠宮さんが何もしなければ、の話ですが」
胡散臭い。とっても。
わざわざこんな場をつくってまで話すことだから、内容自体は嘘ではないのだろうけど……。とりあえず、真実として受け取ることにする。
ここまでの流れから、考えるまでもなくわたしの反転魔術絡みの話で。
そして当然、天使が関係しているのだろう。
「篠宮さん。取引をしましょう。これは、昨日までのお願いとは違います。
――ある天使の討滅に協力していただけるのなら、貴女の回復魔術を改善する近道をお教えします」
顔を伏せ、笑う。
「――と、言いましたが、実は選択肢なんてありません。
いまこの世界で彼女をなんとかできるのは、私と篠宮さんだけなのですから。
貴女が断れば、世界が滅びます。ただそれだけ。単純な事実です」
……わたしはいままで、八重ちゃんの話を断り続けてきた。
でも、いまのわたしは――
あの夜、断ったわたしじゃない。
回復魔術も使えない。
もう治療者ではなくなってしまった。
だから、それはもう断る理由にできない。
……だけど。
いま治療者じゃないだけ、だから。
わたしは治す。わたし自身を。そして取り戻す。
わたしを信じてくれている舞桜ちゃんの言葉を嘘にしないために。
そのためにも情報は少しでも欲しい。
それに、実際に体験してしまってもいる。天使の脅威を。
いつ増援が来るかわからない転移術、容易に形勢を逆転させる天罰術。
二日連続で遭遇した新種の天使たち。これからも増えていくのかもしれない。
いつ大きな被害が出てもおかしくない。
そして、反転する回復魔術の存在。いまのわたしがもっている力。
自分で使って実感した。これは他の魔術よりも強力なものだって。
単純に魔術としての威力が高いのか、天使の魔術耐性が関わっているのか、その辺りはまだよくわからないけれど。
何よりも――
『わたしにもできる』と『わたしにしかできない』とでは、まったく話が違う。
『わたしにしかできない』ことを放り出して逃げるほど、わたしは無責任じゃない。
「――わかりました。そのお話、お受けします」
「あら? 篠宮さんのことだから、これでも断られるかと思いましたが、快く引き受けていただけて嬉しいです」
満面の笑み。お姫さまっぽい美しい笑顔。
……うん。なんだろう。
昨日までの天使のことすら、八重ちゃんに仕組まれていたことのような気がしてきた。プールのは八重ちゃんもかなりまずい状況だったし、さすがにそれはないと思うけど…………たぶん。
「でも、わたしからも条件がありますから」
八重ちゃんに微笑み、手の甲を差し出す。
「危険なことをしなくちゃいけない分、ちゃんとわたしのこと、守ってくださいね――お姫さま」
すると、彼女はすぐにわたしの手を取って、微笑みを返し、
「その任、慎んでお引き受けいたしますわ――姫様」
!!!
甲にキスをされた!
……平常心。落ち着こう。表情には出さない。
そんなわたしたちを横目に、一人、話に置いていかれて、露骨に不満そうな舞桜ちゃん。
反転魔術とか昨日のお願いとか、舞桜ちゃんの知らないことの上に成り立っている話だったので、なおさらだったと思う。
「さて、」
八重ちゃんは、わたし越しに舞桜ちゃんを見据えて、
「この場に神木さんもお招きした、ということは、すでにお察しだと思います。
――神木さんにも、お願いしたいことがあります。
まず、篠宮さんの了承を得るのは絶対条件でした。
しかし、
世界の終焉を回避するためには、私たち二人だけでは足りません。
本来ならば、魔女機関から人員を割くところなのですが、今回に限っては、総出で事に当たることになり、人員が不足しているのです。私たちのほうに割いている余裕がないほどに。
……そこで、私たちは私たちでパーティを組む必要があります。
作戦上の守秘義務があるので、引き受けていただけるまでは、これ以上の内容は話せませんが、」
一呼吸。
真剣な眼差しを向け、
「命の危険があります。生存するほうが難しいほどに。
それでも、篠宮さんのために命を懸け――」
「やります! わたしがっ! ひめちゃんを守りますっ!」
八重ちゃんが言い終わる前に、舞桜ちゃんはわたしを引き寄せ、柔らかな膨らみの中に抱きしめた。
八重ちゃんの表情が凍りつく。珍しく自然じゃない笑顔で、
「……ありがとうございます。神木さんは肉壁にでもなって私たちを守ってくださいねっ」
わたしの隣に詰めて、わたしに膨らみを押し付けるように抱きしめ、
「安心してください。
貴女が犠牲になった後は、私が姫ちゃんのお世話をしますから」
うふふ、と舞桜ちゃんに笑いかける八重ちゃん。
「白羽先輩? だいじょうぶですよぉ? ひめちゃんはわたしが絶対に守り抜きますからっ!」
「あらあら? 先日はやえ先輩と呼んでくださっていたのに……。
私のことは親しみを込めて『やえ先輩』と呼んでくださいね」
「気遣ってくれてありがとうございます、白羽先輩っ!」
「…………言い忘れていましたが、神木さんはまだ実力不足で――」
わたしを間に(物理的にも)挟んで二人の言い争い(?)が続く。
さっき茶番と言っていた割に、八重ちゃんも意外とわたしのことを……?
ないか。八重ちゃんだし。
玄関前のとか、いま進行中のとか。
そういう面倒なことにならないように、女の子たちとの関係を管理してきたから、実は初めての経験だったり。
「そもそも白羽先輩はひめちゃんのこと全然知らないですよねっ? そんな人にひめちゃんはまかせられませんっ!」
「……そうかもしれませんね。ですが、それは過去の篠宮さんでしょう? 最近の彼女については、神木さんよりも知っていると自負しています。例えば、スリーサイズなどご存知ですか?」
「もちろん知ってますっ!」
……え?
「じゃあ、上から――」
「「ななじゅうな「わーわーわー! ダメー!」です!」よ!」
二人が声を合わせて暴露しそうになった、わたしの個人情報を遮る。
「わたしはっ! ひめちゃんの好きな下着のタイプも知ってますからっ! 白羽先輩は知らないと思いますけどっ!」
「それくらい、私だって知ってます! いまだって、着けていますし!」
言いながら、制服上着のボタンを外し、はだけ、露出して、
「ほらっ!」
「八重ちゃんっ!?」
「そんなのっ! わたしだって普段から着てますからっ!」
舞桜ちゃんも上着をはだけて、しかもそれだけじゃなくてスカートもめくり上げてしまう。
「舞桜ちゃんっ!?」
むっ、とした八重ちゃんも対抗してスカートをめくる。
確かに二人ともわたしの好きなタイプの可愛い下着で――
って! なんで二人ともわたしの好きなの知ってるの!
それに、なんでわたしの好みに合わせた下着にしてるの!
そもそも何なのこの状況!
と、普段なら突っ込みを入れるところだけど、そういうのは全部、言葉にならないまま喉の奥へ沈んでいってしまう。
わたしは、ただただ赤くなって目を伏せることしかできなかった。
のに……
「姫ちゃん! どっちのほうが好みですか!」
「わたしだよねっ!? ひめちゃんっ!」
とか言いながら、ぐいぐいと両サイドから遠慮なく柔らかな感触が押し付けられる。挟まれる。
昨日までならきっと、舞桜ちゃんのほうに逃げられたけど。
いまはもう無理……です。
スキンシップのシチュだけなら、クラスメイトたち相手によくあることだけど。
いまのわたしにとって、この二人からこんなこと――!
何も言えないまま、身体だけが熱くなっていって……頭の中が真っ白に…………
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姫乃は、二人の手を取り、
「あの……ね。二人ともとってもとっても可愛いし、ひめのはそんな二人のこと大好きだから……けんかしないで? おねがい」
姫乃の放った可憐な言葉が、二人を射抜き、彼女たちの中で何度も反芻される。
「「……はい」」
勢いからか興奮からか、半裸に近い状態でも平然としていた二人だったが、途端に平静を取り戻した様子で、ほんのりと朱に染まりながら制服を整えていく。
「はいっ、よくできました」
二人の頭を優しく撫でたあと、再び手を握る。
そのまま彼女たちの膝の上に置いて、
「ひめの、疲れちゃったから、ちょっと眠るね。でも、もうけんかしちゃダメだよ?」
怒ったように頬を膨らませ、一転、無邪気に微笑みかけ、
「来て。一緒に、ねよ?」




