ひめののーと 2P
朝礼の時間になり、担任の先生が教室に入ってくる……だけど、入ってきたのは先生だけじゃなかった。
三つ編みハーフアップの清楚そうな女の子が、もう一人。
先生に転校生だと紹介され、
「初めまして。白羽八重と申します。役割は治療者をしております。どうぞよろしくお願いします」
澄んだ声でそう言って、綺麗な所作でお辞儀をする八重という女の子。
黄色い声が上がり、教室がざわめく。
その娘の声は、今朝ベッドで聞いた声にとてもよく似ていた……気がしたけど。口調も雰囲気もまったく違うし、何より髪の色が違ったので、きっと別人だと思う――思うことにした。
それよりも。
わたし以外のクラスメイトほぼ全員から、熱い視線を向けられているほうが気になった。
確かに彼女は魅力的な女の子だった……わたしの次くらいに。
腰くらいまである柔らかな白い髪。そして綺麗な白い肌。
大きな目の中に収まる瞳の色は、紅い。
すらっとした体形のくせに、胸はかなり大きい。わたしより二つか三つくらい上だと思う。
そういう容姿のせいか、大人びた雰囲気を感じさせる。
だからどちらかといえば綺麗系なはずだけど、見る人次第では可愛い系とも言えそうな感じで。
その上、先生の話では、魔術を使った天使との実戦経験も多くて、かなり優秀な治療者らしかった。
心の中がもやっとした。
……別に敵意とか嫉妬とかではないはずだけど。
でもやっぱり、大きいのはずるい。
朝礼が終わると、彼女の周りにクラスメイトたちが集まる。もう噂を聞きつけたのか、ほかのクラスからもたくさん人が集まってきていた。
その日は一日、彼女の周りから人が絶えることがなくて…………いつもより、わたしの周りに人が少なかった。
転校生だし、今日はしかたないと思う。わたしが転校してきた時は、もっとすごかったし。
放課後。
クラスメイトたちへ愛嬌を振りまくように別れの挨拶をしてから、わたしは教室を出た。
チア部とか料理部とか、いくつかステータスになりそうな部活には入ってるけど、気の向いたときしか行かない。
今日は気が向かないのでそのまま帰る。
スマホで幼馴染に連絡する。
わたしより一つ年上の、でも学年の上では後輩の幼馴染。
こんなに可愛いわたしが、一人で下校するのは色々と危ないので、一緒に帰る娘がいないときは彼女を呼ぶ。
校内のカフェで新作のカフェオレを飲みながら、幼馴染が来るのを待つ。
しばらくすると、軽くウェーブのかかった亜麻色の髪の女の子――幼馴染の神木舞桜ちゃんが、息を切らして胸を揺らして、わたしの席までやってきた。
……この娘もわたしよりだいぶ大きい。
容姿や表情、仕草とか、全体的にふわふわした柔らかい印象の娘だけど、別に太ってはいない。それなのに大きい。
でもこの娘のはわたしのものだから、別にずるいとは思わない。
「舞桜ちゃん遅い」
「はぁはぁっ……ひめちゃんっ、急に言われてもすぐには来れないよぉっ」
「じゃあ帰ろっか」
「ちょっ、ちょっと待っ……」
肩で息をする彼女を無視して、わたしは席を立ち、カフェを出ようとする。
舞桜ちゃんはそれでも、ちゃんとわたしの後をついてきてくれる。
わたしに甘い、とっても優しいお姉ちゃん。
「喉渇いたでしょ? これあげる」
わたしはご褒美として、飲みかけのカフェオレを舞桜ちゃんにあげた……その新作が思ったよりまずかったからじゃない。あくまでご褒美。
本当に喉が渇いてたのか、それ以外の理由からか――舞桜ちゃんはとても喜んでくれたし、うぃんうぃん。
下校途中。
少し寄り道して帰ることにする。
わたしたちの住んでいる海月市は、京都の北にある。
つまり海と面しているから、浜辺がある。
わたしたちは、街から少し離れた場所にある浜辺に到着した。
「ひめちゃん、危ないよぉ?」
「だいじょーぶ。なにかあったら舞桜ちゃんが守ってくれるでしょ?」
えへへ、と照れて、それ以降注意しなくなる舞桜ちゃん……言っておいて何だけど、それでいいの?
最近この辺りには、天使がそれなりに出没していた。
立ち入り禁止にまではなってないけど、舞桜ちゃんの言ったように、ちょっと危ない場所。
だけどそのおかげで、わたしたち以外にまったく人がいなかった。
夏だからまだ空は青くて、でもそろそろ赤くなり始めてもいた。
タオルを敷いて浜辺に座る。舞桜ちゃんもわたしの隣に座った。
少しずつ沈んでいく夕日を眺めながら、波の音を聞いて、荒んだ心を癒す。
しばらくそうしていたあと、わたしは舞桜ちゃんに質問をする。
「ねー、舞桜ちゃん」
「なに? ひめちゃん?」
「わたしって可愛いよね。魅力的だよね」
わたしの言葉に、舞桜ちゃんはすぐに大きくうなずいてくれる。
「うん! めちゃくちゃ可愛いよ!」
「学校で一番?」
「うん!」
「京都で一番?」
「うん!」
「日本で一番?」
「うん!」
「世界で一番?」
「可愛いよ! 大好きっ!」
舞桜ちゃんがわたしを全肯定してくれる。
舞桜ちゃんには割と腹黒い所もあるけど、わたしに嘘はつかない。
何よりも。いまの舞桜ちゃんの目に、顔に、表情に、仕草に、嘘はなかった。
上目遣いで、舞桜ちゃんに頭を差し出すわたし。
「撫でさせてあげる。ぎゅっとしてもいいから」
「いいのっ!?」
驚き、でもわたしがうなずいたのを見てすぐに満面の笑みになり、わたしを愛で始める舞桜ちゃん。
柔らかな腕と胸でわたしを抱いて、優しくわたしの頭を撫でてくれる。
クラスメイトと違って舞桜ちゃんには、いつもこういうことを許していない。
たまにご褒美としてやらせてあげたほうが、扱いやすいから。
……それにたぶんいつもだと、わたしの体がもたないし。