ひめろじ 第1話
ひめちゃんは、やっぱりひめちゃんでした。
詳しいことは教えてもらえなかったけど、今日、ひめちゃんのクラスが天使に襲われたそうです。昨日のわたしみたいに、意識を失っていた先輩たちはたくさんいたそうですが、白羽先輩たちの応急処置のおかげで大事には至らなくて。
大きな怪我をした人は一人もいなかったし、放課後までにはみんな無事に目を覚ましたらしいです……ただ一人、ひめちゃんだけを除いて。
白羽先輩によると、みんなが無事だったのは、ひめちゃんのおかげなんだとか。
さっきまでずっと眠っててすごく心配だったけど、起きたらいつものひめちゃんで一安心しました。
先輩たちにお礼を言って見送ったあと、いまはリビングでひめちゃんとわたし、二人きり。
「――ひめちゃん、だいじょうぶ?」
見送るときも、いまも、見た目にはいつものひめちゃんだったけど……やっぱりそれは見た目だけでした。
わたしの言葉に答えが返ってくるのも、ちょっとだけ遅くて、
「……うん。だいじょうぶ。舞桜ちゃん、色々とありがと。疲れちゃったし、今日はもう帰るから」
リビングから出ていこうとするひめちゃんに、問いかけます。
「……何かあったの?」
「あれ? まだ聞いてなかった? プールで天使に襲われて――」
「それは聞いたよぉ。でもそれだけだったら、ひめちゃん、そんな風にならないよね?」
「……何でもない。ホントにちょっと疲れちゃっただけだから」
ひめちゃんは苦笑しながらそう答えたけど、やっぱりそれだけとは思えませんでした……なので、ここは!
「ひめちゃん。今日は一緒にお風呂入りましょー」
「それはダメだって、舞桜ちゃんが言い出したんじゃなかった?」
「えー。一日くらいー」
「ダメです! ――じゃあ、おやすみ」
「……お姉ちゃん命令です! 一緒に入らせますぅ!」
強硬手段です!
わたしはひめちゃんを小脇に抱えて、お風呂場に直行しました。
ダメだと言ってた割に、ひめちゃんは抵抗したり逃げたりすることはなくて。
されるがまま、わたしに服を脱がされていきました。
……そしていま、湯船の中。
三角座りしてるひめちゃんを、後ろから抱くような体勢でわたしの胸の中に収めています。
「舞桜ちゃん、強引すぎ……」
「妹はお姉ちゃんの命令に『ぜったいふくじゅー』なんですぅー、逆らうひめちゃんが悪いのっ」
「……通報してもいい? お姉ちゃん?」
わたしに背を預けながら、外向けの声で口調だけは優しく言うひめちゃん。
「家族だから通報されても平気ですぅー」
言いながら、わたしはひめちゃんを抱きしめました。
柔らかい。やっぱり素肌同士で触れ合えるのが一番です。
一年と二か月十三日振りの、一緒に入るお風呂。
さっきひめちゃんが言ってたように、一緒に入らなくなったのはわたしが言い出したことです。
ひめちゃんが飛び級して、わたしよりも早く高校に入ることになって。
見た目も中身もどんどん魅力的になっていくひめちゃんに、わたしの……色々が耐えられそうになくって。
……でもいまだけは、そんなことも言ってられないのです。
「ひめちゃん。昨日のごはん、ありがと」
「……お礼は昨日も言ってくれたでしょ?」
「あのときは白羽先輩と合わせて、だったし。わたしの感謝の気持ちは、あれくらいじゃまだたりないのっ」
「あれは……ほとんど八重ちゃ――白羽さんが作ったみたいなものだから」
「けど、作ろうとしてくれたのはひめちゃんだよねっ? じゃあやっぱり、ひめちゃんありがとーっ、だよぅ」
ひめちゃんは本当に優しい娘で。
いつも自分のことよりもわたしの……わたしたちのことを考えてくれてて。
……でも、自分のことだけはよくわかってなくて。
「あのね、ひめちゃん……わたしももう成長したんだよっ?」
……いまみたいなひめちゃんにしちゃったのは、わたしのせいだから。