表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/25

ひめやえレシーブ 04話

 洞窟のようなトンネルの向こう側は、またトンネルになっていた。

 でもそれは、上下左右を樹木に覆われている植物のトンネル。


 ドーム内には、その風景を彩るように熱帯の花や樹木が生育している。

 特に洞窟の先はそれが顕著で、密林ジャングルみたいな生い茂り方。

 ちょっと薄暗くて、とても蒸し暑い。

 洞窟の中は、ひんやりと涼しかったこともあって、いまがより暑く感じられる。


 洞窟を抜けたことで、またプールの流れが変化していた。

 最初の時ほど荒れてはいないので、オールでの操船が必要なほどじゃないけど、魔術なしで泳ぐのが危なそうなくらいには速い。やっぱりラフトは必須。

 洞窟からは、しばらく平穏が続く……わけでもなかった。


 急にラフトが、ガクン、と高度を落とす。

 着地に合わせて、大きな水しぶき。


 この区域には、所々に高い段差がある。

 段差を落ちるたびに、水しぶきが上がり、全身が濡れる。

 でも暑さのせいで、冷たくて気持ちよかった。やっとプールっぽい。

「きゃーっ!」

 とか、八重ちゃんは楽しそうな悲鳴を上げていた。

 わたしも一緒に上げる――楽しい!


 無邪気にはしゃぐわたしたちの声に反応して、周りの植物たちがざわざわと蠢く。

 比喩とかじゃなくて、実際に。

 この辺りに生育している植物は、自分の力だけで動くことができる。

 蔓を手のように、根を足のように動かして、移動したりもする。

 だけど温厚で、人を襲ったりはしないので安心安全。

 ここは段差にだけ注意していれば、楽に抜けられる安全地帯。


「――って、あれ? 八重ちゃん?」

 何回目かの段差で水しぶきが消えたあと、ふと横を見ると、そこにいるはずの八重ちゃんがいなくなっていた。

 落下の衝撃で落ちてしまったのかと、プールの中を見回したけど、どこにもいない。

「――んう! んぅん!」

 頭上から声が聞こえ、見上げると、

「……なにしてるの?」


 複数の太い蔓に絡められ、八重ちゃんは宙に拘束されていた。

 口も蔓で塞がれて、喋ることもできないみたいで。

 安心安全とは一体……。


 でも八重ちゃんなら、反転した回復魔術で簡単に抜け出せるはず。

 初めはわたしをからかっているのかと思った……けど。

 八重ちゃんの水着の中に侵入する蔓。紅潮する八重ちゃん。

 拘束もどんどんきつくなっていく。


「なにやってるの、八重ちゃん? 早く『治癒ヒール』で蔓を切って――」


 そこで、やっと気づく。

 プールの周りは、いつの間にか植物の壁に囲まれていた。

 天井以外の部分は、向こう側がまったく見えないほど厚く隙間のない壁。


 八重ちゃんは『治癒』を使うことなく、目を閉じる。

 そして、拘束している蔓ではなく、壁になっている植物へ向かって『治癒』を使う。

 その壁が少し壊れただけで、もちろん拘束は解除されない。

 それから目を開いて、出せない言葉でわたしに何か伝えようとする。


「八重ちゃんっ……!?」


 ――わたしは考える。

 ここの植物は、本来なら人を襲ったりしない……はず。

 ……ということは、襲う理由が何かある。

 わたしたちが何かした? ……ううん。ただ流されていただけで、彼女たちには何もしていないはず。

 ほかに理由は……誰かに命令されているとか?

 ……それなら、命令している誰かがいる!

 八重ちゃんが目を瞑っていたのは、生命力の感知に集中して、その誰かを探していたから?

 そこを『治癒』で狙ったけど、外れた?

 魔術を繰り返さないのは、しないんじゃなくて、できない?

 ――あっ! この娘は生命力と精神力の吸収、あと吸収してる時に簡易行動禁止(脱力)みたいなことができるんだっけ!

 だとすると、たぶんいま八重ちゃんは、『治癒』すらほとんど使えない状態。

 ――わたしが助けないと!


 プールの進路まで塞がれていて、ラフトが植物の壁にぶつかって止まる。

 壁から伸びて、わたしにも襲いくる太い蔓。

 だけど、わたしは目を閉じる。

 いまこの場所に、命令している誰かがいるかはわからない。

 でも、その可能性に賭けるしかない。

 ――視覚を閉じたことで。

 生命力の流れが感覚として視えるようになり、格段に捉えやすくなる。

 周りにいる植物とは違う、もっと大きくて複雑な生命力の塊は――

 必死に『誰か』を探すわたしに、蔓が絡みついてくる。

 ……偽物ダミーっぽいのがいくつかある。八重ちゃんは、さっきこれと間違えたのかも。


 蔓は水着の中にまで入ってきて、体を這いずり回る。ヌメヌメとした感触が気持ち悪い。


 ――ううん。いまはこっちに集中しないと……。

 違う……これも違う……これじゃない。

 本体は………………いたっ!


「八重ちゃん! そこっ!」


 腕は蔓が絡みついて、非力なわたしでは強引に動かせなかった。

 ――だったら、目で伝える!

 なんとか八重ちゃんに、目で場所を指し示す。

 八重ちゃんがそれにうなずく。


 ――そして。

 複数の赤い光珠が出現し、植物の壁に収束、その一部を破壊した。


「え? あれ? はゎわわわ――!?」

 壁の中にいたのは、小さなアルラウネだった。

 見た目は初等部くらいの、まだ幼い女の子。

 壁が破壊され、足場を失ったその娘は、そのままプールに落ちて。

 泳げないのか、水中でバシャバシャと慌てている……抵抗むなしく、彼女は水流に流されていった。

 蔓が、周りの植物が、アルラウネの動揺に合わせて同じように動揺を見せ、一瞬大きく蠢いたかと思うと、それきり動きを止めた。

 蔓の締め付けが緩む。

 ……いまならわたしの力でも抜けられる!

 絡まっていた蔓を全力で引き剥がす。


 八重ちゃんも同じように蔓から抜け出して、プールに落ち、こちらに向かって泳いでくる。

 溺れているアルラウネの女の子に、言う。

「周りを囲っている(植物)たちをどけて! そしたら、助けてあげるから!」

 答えはなく。

 ごぼごぼと、沈みそうになっている女の子。

 いまは返答も無理そうだった。

 仕方がないので、わたしは櫂を彼女の前に差し出し。

 八重ちゃんと一緒に、助けてあげた。


 水中から上がって、一旦、ロフトの上に落ち着く。

「けほっけほっ……なにしやがるのよ!」

「それはこっちのセリフなんだけど! あなた誰? なんでわたしたちにこんなことしたの?」

 女の子は、ない胸を張って、

「わたくしは! アルルおねーさまのいもうと、ルルナですわぁ!」

 ……ああ。アルルか。

「それで、アルルに命令されてやってたの?」

「そんなわけないだろーですわ! アルルおねーさまは、そーめーなかたなので、そんなことはしやがりません。そんなことをしたら、アルルおねーさまがまた…………とにかく! これはわたくしのはんだんでおこなった、おねーさまのかたきうちでやがりますですの!」

 まだアルラウネになって間もないのか、ルルナは所々言葉遣いがおかしかった。

「姫ちゃん。この娘どうします? やっちゃっていいですか?」

 笑顔でそう言って、魔術を行使しようとする(ふりを見せた……たぶんふりのはず)八重ちゃんを見て、

「ひっ――!」

 怯えしゃがみこんで、頭を抱えながら縮こまるルルナ。

「じゃあ――」


 突然。

 静まり返っていた植物たちが、一斉に蠢きだした。


「ルルナ、またなにかしようとしてるのっ?」

「しらな――わたくしじゃないですの!」

 まだ進路は塞がれたまま。

「とりあえず、道を開いて!」

 ルルナは渋々うなずいて、何か呪文のようなものを唱える。

 だけどすぐ顔を青くして、

「えっと……わたくしのしじで、うごきやがらないのですわ」

 わたしたちに再び迫ってくる蔓。

 八重ちゃんが櫂を使い、受け流すようにそれらを弾いて、しのいでくれている。


「八重ちゃん、まだ『治癒・設置リヴァイタライズ』は使えない?」

 さっき精神力を吸われていたし、簡易行動禁止(脱力)もまだ解けきっていないはず。

「はい。『治癒』を一、二回と……それに『浄化』を数回使えそうなくらいです」


 周りの植物が多すぎる。

 その回数の『治癒』では、どう頑張っても倒しきれない。

 塞がれている進路は地上だけ。

 だったら水中に潜って、泳いでいけば……ダメ。逃げ切る前に捕まる。

 進路にある壁を『治癒』で壊したとしても、その後が続かないし、すぐに追いつかれて、たぶん同じ結果。

 何かないかと、周囲を見回す。

 そういえば、この辺りは確か…………あった! あれ!

「八重ちゃん、『治癒』お願い。あと、わたしたちを運んで」

「何か策があるんです、よね?」

「うん。たぶんいけると思う」

 わたしは手短に簡潔に作戦を伝えた。


「……わかりました。やってみます(〈浄化・微重力〉)


「ひゃぅっ――!」「ひゃっん――!!」

 軽くされたわたしとルルナは、八重ちゃんの小脇に抱えられた。

「お姫様抱っこでいいのに!」「なにしやがるんですの!」

「喋っていると、舌噛んじゃうかもしれませんよっ」

 グッと口を閉じるわたしとルルナ。

 八重ちゃんは助走して勢いをつけ、ラフトから――跳んだ。

 赤い鎖が何もない空間に出現し、何かを拘束する。

 ――拘束したものは、空気。

 ほんの一瞬だけの拘束。

 それによって固定された空気を足場にして。

 八重ちゃんは水の上、空中を飛ぶ。

 進行方向にある別の空気に、拘束からの固定を繰り返し。

 それらを乗り継いで、宙を駆けていく。


「あれっ! あそこを狙って!」


 わたしが目標を指さす。

「あれですね――壊します(〈治癒〉)っ」

 崖側にある植物の壁を『治癒』で壊し、そこから外へ飛び出した。

 ――はぁわぁあぁわわ!

 崖の上から、落下する。

 重力に引かれ、急加速していく。

 すぐに地上が近づく。

 そして地面にぶつか――――――らなかった。

 盛大な音と水しぶきを上げて、水面に着地。

 深く沈む。


 わたしたちは急いで浮き上がり、顔を出す。

 飛びこんだのは、湖のような雰囲気の深めのプール。

 まだ崖の上で、植物がうねうねと動いている。

 だけどあの植物たちの行動範囲では、ここまで来られないみたいだった。

 胸を撫で下ろすわたしたち。


 わたしが崖上で見つけたのは、ある水門の一部分。

 流れるプールを使っていない時は、上からここに水が流れて滝になる。

 そのための水門。

 それを目印にして、八重ちゃんに壁を壊してもらった。


「――お二人とも、無事ですか?」

「なんとか……だいじょうぶ」「……もうすこしていねいにとびやがれですわ!」

「とりあえず、一旦プールから上がりましょうか。それから……――っ!?」

 八重ちゃんの言葉が途中で止まる。

 何かを見たようで、視線の先をわたしも見る。

「なに……あれ……?」

 わたしたちはついさっき、植物の壁に囲まれた場所から脱出して来たばかり。

 なのに……。


――ドーム内が白い壁によって覆われてしまっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ