ひめやえレシーブ 04話
洞窟のようなトンネルの向こう側は、またトンネルになっていた。
でもそれは、上下左右を樹木に覆われている植物のトンネル。
ドーム内には、その風景を彩るように熱帯の花や樹木が生育している。
特に洞窟の先はそれが顕著で、密林みたいな生い茂り方。
ちょっと薄暗くて、とても蒸し暑い。
洞窟の中は、ひんやりと涼しかったこともあって、いまがより暑く感じられる。
洞窟を抜けたことで、またプールの流れが変化していた。
最初の時ほど荒れてはいないので、櫂での操船が必要なほどじゃないけど、魔術なしで泳ぐのが危なそうなくらいには速い。やっぱりラフトは必須。
洞窟からは、しばらく平穏が続く……わけでもなかった。
急にラフトが、ガクン、と高度を落とす。
着地に合わせて、大きな水しぶき。
この区域には、所々に高い段差がある。
段差を落ちるたびに、水しぶきが上がり、全身が濡れる。
でも暑さのせいで、冷たくて気持ちよかった。やっとプールっぽい。
「きゃーっ!」
とか、八重ちゃんは楽しそうな悲鳴を上げていた。
わたしも一緒に上げる――楽しい!
無邪気にはしゃぐわたしたちの声に反応して、周りの植物たちがざわざわと蠢く。
比喩とかじゃなくて、実際に。
この辺りに生育している植物は、自分の力だけで動くことができる。
蔓を手のように、根を足のように動かして、移動したりもする。
だけど温厚で、人を襲ったりはしないので安心安全。
ここは段差にだけ注意していれば、楽に抜けられる安全地帯。
「――って、あれ? 八重ちゃん?」
何回目かの段差で水しぶきが消えたあと、ふと横を見ると、そこにいるはずの八重ちゃんがいなくなっていた。
落下の衝撃で落ちてしまったのかと、プールの中を見回したけど、どこにもいない。
「――んう! んぅん!」
頭上から声が聞こえ、見上げると、
「……なにしてるの?」
複数の太い蔓に絡められ、八重ちゃんは宙に拘束されていた。
口も蔓で塞がれて、喋ることもできないみたいで。
安心安全とは一体……。
でも八重ちゃんなら、反転した回復魔術で簡単に抜け出せるはず。
初めはわたしをからかっているのかと思った……けど。
八重ちゃんの水着の中に侵入する蔓。紅潮する八重ちゃん。
拘束もどんどんきつくなっていく。
「なにやってるの、八重ちゃん? 早く『治癒』で蔓を切って――」
そこで、やっと気づく。
プールの周りは、いつの間にか植物の壁に囲まれていた。
天井以外の部分は、向こう側がまったく見えないほど厚く隙間のない壁。
八重ちゃんは『治癒』を使うことなく、目を閉じる。
そして、拘束している蔓ではなく、壁になっている植物へ向かって『治癒』を使う。
その壁が少し壊れただけで、もちろん拘束は解除されない。
それから目を開いて、出せない言葉でわたしに何か伝えようとする。
「八重ちゃんっ……!?」
――わたしは考える。
ここの植物は、本来なら人を襲ったりしない……はず。
……ということは、襲う理由が何かある。
わたしたちが何かした? ……ううん。ただ流されていただけで、彼女たちには何もしていないはず。
ほかに理由は……誰かに命令されているとか?
……それなら、命令している誰かがいる!
八重ちゃんが目を瞑っていたのは、生命力の感知に集中して、その誰かを探していたから?
そこを『治癒』で狙ったけど、外れた?
魔術を繰り返さないのは、しないんじゃなくて、できない?
――あっ! この娘は生命力と精神力の吸収、あと吸収してる時に簡易行動禁止みたいなことができるんだっけ!
だとすると、たぶんいま八重ちゃんは、『治癒』すらほとんど使えない状態。
――わたしが助けないと!
プールの進路まで塞がれていて、ラフトが植物の壁にぶつかって止まる。
壁から伸びて、わたしにも襲いくる太い蔓。
だけど、わたしは目を閉じる。
いまこの場所に、命令している誰かがいるかはわからない。
でも、その可能性に賭けるしかない。
――視覚を閉じたことで。
生命力の流れが感覚として視えるようになり、格段に捉えやすくなる。
周りにいる植物とは違う、もっと大きくて複雑な生命力の塊は――
必死に『誰か』を探すわたしに、蔓が絡みついてくる。
……偽物っぽいのがいくつかある。八重ちゃんは、さっきこれと間違えたのかも。
蔓は水着の中にまで入ってきて、体を這いずり回る。ヌメヌメとした感触が気持ち悪い。
――ううん。いまはこっちに集中しないと……。
違う……これも違う……これじゃない。
本体は………………いたっ!
「八重ちゃん! そこっ!」
腕は蔓が絡みついて、非力なわたしでは強引に動かせなかった。
――だったら、目で伝える!
なんとか八重ちゃんに、目で場所を指し示す。
八重ちゃんがそれにうなずく。
――そして。
複数の赤い光珠が出現し、植物の壁に収束、その一部を破壊した。
「え? あれ? はゎわわわ――!?」
壁の中にいたのは、小さなアルラウネだった。
見た目は初等部くらいの、まだ幼い女の子。
壁が破壊され、足場を失ったその娘は、そのままプールに落ちて。
泳げないのか、水中でバシャバシャと慌てている……抵抗むなしく、彼女は水流に流されていった。
蔓が、周りの植物が、アルラウネの動揺に合わせて同じように動揺を見せ、一瞬大きく蠢いたかと思うと、それきり動きを止めた。
蔓の締め付けが緩む。
……いまならわたしの力でも抜けられる!
絡まっていた蔓を全力で引き剥がす。
八重ちゃんも同じように蔓から抜け出して、プールに落ち、こちらに向かって泳いでくる。
溺れているアルラウネの女の子に、言う。
「周りを囲っている娘たちをどけて! そしたら、助けてあげるから!」
答えはなく。
ごぼごぼと、沈みそうになっている女の子。
いまは返答も無理そうだった。
仕方がないので、わたしは櫂を彼女の前に差し出し。
八重ちゃんと一緒に、助けてあげた。
水中から上がって、一旦、ロフトの上に落ち着く。
「けほっけほっ……なにしやがるのよ!」
「それはこっちのセリフなんだけど! あなた誰? なんでわたしたちにこんなことしたの?」
女の子は、ない胸を張って、
「わたくしは! アルルおねーさまのいもうと、ルルナですわぁ!」
……ああ。アルルか。
「それで、アルルに命令されてやってたの?」
「そんなわけないだろーですわ! アルルおねーさまは、そーめーなかたなので、そんなことはしやがりません。そんなことをしたら、アルルおねーさまがまた…………とにかく! これはわたくしのはんだんでおこなった、おねーさまのかたきうちでやがりますですの!」
まだアルラウネになって間もないのか、ルルナは所々言葉遣いがおかしかった。
「姫ちゃん。この娘どうします? やっちゃっていいですか?」
笑顔でそう言って、魔術を行使しようとする(ふりを見せた……たぶんふりのはず)八重ちゃんを見て、
「ひっ――!」
怯えしゃがみこんで、頭を抱えながら縮こまるルルナ。
「じゃあ――」
突然。
静まり返っていた植物たちが、一斉に蠢きだした。
「ルルナ、またなにかしようとしてるのっ?」
「しらな――わたくしじゃないですの!」
まだ進路は塞がれたまま。
「とりあえず、道を開いて!」
ルルナは渋々うなずいて、何か呪文のようなものを唱える。
だけどすぐ顔を青くして、
「えっと……わたくしのしじで、うごきやがらないのですわ」
わたしたちに再び迫ってくる蔓。
八重ちゃんが櫂を使い、受け流すようにそれらを弾いて、しのいでくれている。
「八重ちゃん、まだ『治癒・設置』は使えない?」
さっき精神力を吸われていたし、簡易行動禁止もまだ解けきっていないはず。
「はい。『治癒』を一、二回と……それに『浄化』を数回使えそうなくらいです」
周りの植物が多すぎる。
その回数の『治癒』では、どう頑張っても倒しきれない。
塞がれている進路は地上だけ。
だったら水中に潜って、泳いでいけば……ダメ。逃げ切る前に捕まる。
進路にある壁を『治癒』で壊したとしても、その後が続かないし、すぐに追いつかれて、たぶん同じ結果。
何かないかと、周囲を見回す。
そういえば、この辺りは確か…………あった! あれ!
「八重ちゃん、『治癒』お願い。あと、わたしたちを運んで」
「何か策があるんです、よね?」
「うん。たぶんいけると思う」
わたしは手短に簡潔に作戦を伝えた。
「……わかりました。やってみます」
「ひゃぅっ――!」「ひゃっん――!!」
軽くされたわたしとルルナは、八重ちゃんの小脇に抱えられた。
「お姫様抱っこでいいのに!」「なにしやがるんですの!」
「喋っていると、舌噛んじゃうかもしれませんよっ」
グッと口を閉じるわたしとルルナ。
八重ちゃんは助走して勢いをつけ、ラフトから――跳んだ。
赤い鎖が何もない空間に出現し、何かを拘束する。
――拘束したものは、空気。
ほんの一瞬だけの拘束。
それによって固定された空気を足場にして。
八重ちゃんは水の上、空中を飛ぶ。
進行方向にある別の空気に、拘束からの固定を繰り返し。
それらを乗り継いで、宙を駆けていく。
「あれっ! あそこを狙って!」
わたしが目標を指さす。
「あれですね――壊しますっ」
崖側にある植物の壁を『治癒』で壊し、そこから外へ飛び出した。
――はぁわぁあぁわわ!
崖の上から、落下する。
重力に引かれ、急加速していく。
すぐに地上が近づく。
そして地面にぶつか――――――らなかった。
盛大な音と水しぶきを上げて、水面に着地。
深く沈む。
わたしたちは急いで浮き上がり、顔を出す。
飛びこんだのは、湖のような雰囲気の深めのプール。
まだ崖の上で、植物がうねうねと動いている。
だけどあの植物たちの行動範囲では、ここまで来られないみたいだった。
胸を撫で下ろすわたしたち。
わたしが崖上で見つけたのは、ある水門の一部分。
流れるプールを使っていない時は、上からここに水が流れて滝になる。
そのための水門。
それを目印にして、八重ちゃんに壁を壊してもらった。
「――お二人とも、無事ですか?」
「なんとか……だいじょうぶ」「……もうすこしていねいにとびやがれですわ!」
「とりあえず、一旦プールから上がりましょうか。それから……――っ!?」
八重ちゃんの言葉が途中で止まる。
何かを見たようで、視線の先をわたしも見る。
「なに……あれ……?」
わたしたちはついさっき、植物の壁に囲まれた場所から脱出して来たばかり。
なのに……。
――ドーム内が白い壁によって覆われてしまっていた。




