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ひめやえレシーブ 03話

 それは、流れるプールのはずだった。


 ドーム内の外周は崖のように切り立っていて、ほかの部分よりも高さがある。

 そしてこの流れるプールは、その部分をぐるりと一周するコースを通る。


 ウォータースライダーで使った、魔術製の雲のような乗り物。

 それをさらに大きく、ラフトイカダのように形成したのものへ乗って進む。

 プールの流れは基本的にとても速くて、魔術なしだと水に浸かって泳ぐのは危ない。

 流れるというより、最初のほうはラフティング(急流下り)になる。

 このドーム内で、一番訓練用っぽいプールかもしれな……もうプールじゃないかも。


 わたしはクラスメイト(お姉ちゃん)たち数人と、一度だけこのプールに入ったことがある。

 なぜ一度だけなのかは、行けばわかるはず。

 ……でもできれば、行きたくない。


「八重ちゃん。さっき八重ちゃんに付き合ってあげるって言ったけど、ここはやめといたほうがいいと思う」 

「はい――」

 八重ちゃんにしては物分かりが、

「では、なおのこと行きましょー!」

 やっぱりよくなかった。


 流れるプールの開始地点は、崖の下に位置している。

 わたしたちはそこでラフトイカダに乗り、まずは崖上・・に流されていく。

 すでに少し速い流れだけど、ここはまだ序の口。

 それでもある程度、オールを使ってラフトの動きを制御する必要がある。

 スライダーの時と違って、乗り物に横の広さがあるので、いまは二人で横並びに座っている。

「白羽さん。わたし、こういうのは苦手だから、おまかせしますねっ」

 上目遣いで八重ちゃんを見て、可愛くお願いする。


「私も得意ではないんですけどー……じゃあもういっそ、激流に身を任せて同化し(流され)ちゃいましょうかー」


「えっ――!? ちょっと! 八重ちゃん!?」

 八重ちゃんが操船をやめた途端、くるくると回り出すラフト。

 そのまま崖の上まで上がっていくと、次は下り。

 ラフトは下流へと流され始め、一気に流れが激しくなる――

 一応、何もしなくても転覆しないようにはできているはず。

 でも、目がまわ……よ、酔う。

「姫ちゃん? だいじょうぶですか?」

「……これがだいじょうぶに見えるのっ?」

「まだだいじょうぶそうですね!」

 スライダーに比べれば速度は遅かったけど、そもそも比較対象がおかしいし、こちらも十分速い。

 それにこれは、速度だけの問題じゃなくて。

 激しく上下したり、左右に回ったりするせいで、平衡感覚がどんどん失われていっている気がする。


「八重ちゃんの鬼! 悪魔ぁ! 天使ぃぃっうぅっ……」


 泣きそうになっているわたしを見て、ようやく、

「――ごめんなさいっ! 私、楽しくてつい! 一旦止めますねっ(〈浄化・拘束〉)

「待って……急に止めたら……」

 ラフトが赤い鎖でその場に固定され、プールの流れから切り離される。

 八重ちゃんは急に止まった衝撃にもなんなく耐えていたけど、わたしは――


 ……あ、死んだかも。


 勢いよくラフトから放り出されて、宙を舞う。

姫ちゃんっ(〈浄化・拘束〉)

 だけど、わたしも赤い鎖で宙に固定された。

 八重ちゃんがラフトを足場に飛んで、わたしを空中で捉え、

軽くします(〈浄化・微重力〉)

 ……わたしは元から軽いんですけどっ!

 鎖の固定を解くと同時に、わたしの重力を減らして、お姫さま抱っこの形でわたしを抱える。

 ――飛んだ時にラフトの固定も解除していたみたいで。

 蹴った勢いとプールの流れを利用して、ちょうど落下地点にラフトが来るように調整し、再固定。

 その上に、華麗に着地した。

「無事ですか、姫ちゃん?」

 わたしはふるふると震え、

「八重ちゃんのばかぁっ! ムダにかっこいいことしても、許さないんだからぁっ!」

 彼女を非難した。



 ――なのに結局、いつもと違う真剣な表情と声音で謝られて、すぐに許してしまった。

 ……元はと言えば、八重ちゃんに丸投げしようとしたわたしも悪いかもだし。


 そのあと、わたしが回復するまで、固定されたラフトで少し休んでから。

 微力だけど、わたしもできるだけオールを使うことにして。

 二人で協力してラフトを操って、何とか無事に急流区域を抜けた。



 進んだ先に新しく見えてきたのは、長いトンネル――というよりは、洞窟。

 流れは穏やかものになって、もうほとんど操船の必要もない。

 わたしたちは、流されるままその中に入っていく。


 洞窟の中は、とても暗かった。

 壁に並ぶ唯一の照明が、ほのかに内部を照らしている程度。

 ひんやりとしていて、じめっとした湿り気も感じる。

 水の流れる音と、水滴の落ちる音だけが響く。


 ――急に。

 八重ちゃんがわたしに腕を絡めてきて、びっくりする。

「どうしたの? まさか八重ちゃん、怖いとか?」

「……はい。姫ちゃんは怖くないんですか?」

 八重ちゃんの体は、少し震えていた。

 確かに周りは、おどろおどろしいような感じで。

 照明の怪しい光に照らされて、いかにもな雰囲気を醸し出していた。

 何かが出てきそうな感じもする。

「怖くないわけじゃないけど、まだお昼だし、外にはみんなもいるし――」


「……あの。ここ、何か出るって聞いっちゃたんです」


「え゛!? 嘘!?」

「……昨日、皆さんにこのドームの話を聞いたんです。その時にここの噂もされていて。今年に入ってから、何かがいるような気配とか姿とかを、感じたり見たりした人がたくさんいるそうです……」

 わたしはクラスメイト(お姉ちゃん)たちから、そんな話を聞いたことがなかった。

 怖い話は苦手とまではいかないけど、あまり得意じゃないし、それを察して避けてくれていたのかも。

「でもでもっ! 墓地だったとか病院だったとか事故があったとか人が死んだとかそういうのはないし!」

「……そうですね。そうだといいんですが……」

「なっ! なにその言い方! なにかあったみたいに聞こえるんだけど!」

「いえ。本当に何でもないです。ただ私が不安なだけで…………姫ちゃん、しばらくこのままでもいいですか?」

 八重ちゃんが、さらに体を寄せてくる。

「いいけど……意外。八重ちゃんは天使に対しても心に余裕のある感じで戦ってたし、絶叫系も楽しんでたし。怖いものなんてないと思ってた」


「私にだって苦手なものくらいありますよぅー……」


 少し口を尖らせて、抗議する八重ちゃん。

 絡められた腕と、寄せられた体。八重ちゃんから伝わってくる体温。

 八重ちゃんがいまわたしにしていることは、いつもわたしがする側の行為で。

 まさか自分がされるほうになるなんて、思わなかった。

 なんだか八重ちゃんに、心をもっていかれそうになる。

 だからわたしは――


「八重ちゃんが変なこと言うから、わたしもちょっと怖くなってきたんですけど――責任とってもらえます?」


 わたしからも八重ちゃんに身を寄せる。

 一方的に絡められていた腕を、二人で一緒に組む形に変える。

 八重ちゃんは、えへへ、とはにかんで、

「姫ちゃんと一緒なら、だいじょうぶそうな気がしてきましたっ」

「そう?」

 その言葉に、わたしも何だかそんな気がしてくる。

「もし幽霊がいるなら、むしろ出てきてくださいって感じですっ」

「――それはやめてっ!」


 バシャバシャバシャ――と、何かが水を跳ねる音が聞こえた。


「いま……何か聞こえません、でした?」

「あーあーあーなにも聞こえてないからー」

「はいっ。そういうことにしておきましょー」

 八重ちゃんはわたしの肩に、頭を乗せてきた。

 ただ受け身になるのは悔しいので、わたしもそれに合わせて、頭を寄せる。



 ――気づけば。

 幽霊だったかもしれない何かを無視して、ラフトは洞窟を抜けていた。

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