ひめやえレシーブ 02話
ウォータースライダーの下まで来たものの。
ここのスライダーは、基本的に二人一組で滑るようにできているので、実はいままで乗ったことがなかった。
特定の誰かと一緒に二人だけ、ということはできるだけ避けていたし。
それにほかにも理由があって――
「……やっぱり、やめない?」
その言葉を聞いた八重ちゃんは、
「姫ちゃん。反転魔術で世界を救ってほしいって話、やっぱりもういいです――この授業中、私に付き合ってくれるなら」
「……世界より、わたしとの時間をとるの?」
「はい!」
迷いなくすぐに肯定される。
――悪くない。ほかの何よりも、わたしが一番上なのは。
「それなら――付き合ってあげる」
「あ、でも。姫ちゃんが私に攻略されちゃったりしてー、惚れた弱みでー協力するとかーそういうのはーあるかもーしれませんよねー」
ちらちらと、こちらを見ながら言う八重ちゃん。
……そういうこと。
確かに正攻法がダメなら、別の方法を取るのが良策。
でも――
「落とせるものなら、ご自由に」
挑発するように、わたしは言い放った。
……うまく乗せられているような気もするけど。
専用のエレベータで、スライダーの開始地点まで上がる。
スライダー用の乗り物には、いくつか種類があって。
すごく速度が出る訓練用のものや、逆にそれほど速度は出ない娯楽用のものとか。
共通しているのは、どれも魔術で創られたものだということ。
空気を気体のまま固めて形成された謎物体で、柔らかい。
小さい頃に思い描く、雲に乗るようなイメージが、現実になった感じ。
ゴールで溶けるように設計されている使い切りの乗り物なので、後始末も楽。
八重ちゃんは躊躇なく、訓練用のものを選んでいた……一応授業だし?
身長差から、わたしが前に座る。
「もう少し、私の方に寄りかかってもいいですよー」
「――じゃあ遠慮なく」
深く考えずに同意したけど、冷静に考えてみると、
八重ちゃんの二つの大きな丘、その谷の間にわたしの後頭部が埋まって……ちょうど、枕にするような形になってしまう。これは――
「八重ちゃん、やっぱりわたし――」
「行きますよー!」
離れるどころか、わたしを両腕で抱き寄せて、スライダーに飛び込む。
「ひゃぁんっ――!」
お腹辺りをぎゅっとされ、変な声が出てしまう。
服越しなら慣れているけど、素肌同士は知らない感覚。
とはいえいまは、恥ずかしがっている暇もなかった。
わたしたちはスライダーの中を落下し、急加速していく。
これやっぱりジェットコースターみたいな感じにぃぃっ――
周りの景色が高速で流れていく。
左右に揺れ、回り、落下を繰り返す。
「はぁっ……はぁっ……」
絶叫系が特に苦手なわけではない。
でも人並みには苦手――
「なんだってぇぇぇっ――!!」
わたしが本気で叫んでいる後ろで、八重ちゃんは笑いながら余裕のある悲鳴を上げていた。
――そして。どうにかすべてのコースを滑り終え、水しぶきを上げて終着プールへ勢いよく飛び込んだ。
水の中に沈む。ごぼごぼ。
「姫ちゃんっ! とっても楽しかったですねっ!」
水中から浮き上がってきた八重ちゃんは、背中からわたしに抱きついてくる。また当てられる丘。
……あれ?
「八重ちゃん。水着――」
「あっ! 流されちゃってます!」
辺りを見回すと、離れた位置に水着が浮かんでいた。
「ちょっと待ってて、取ってきてあげる」
だけど八重ちゃんに強く抱きしめられ、それを阻まれる。
さらに強く押し当てられる丘。
さっきから丘が動き過ぎて、天変地異っぽい。
「あの……恥ずかしいので、このままでお願いします……」
わたしたちの方を、特別見ているわけではなかったけど。
確かに周りにはもう、ほかのクラスメイトたちが来てしまっていた。
……これはこれで変な目で見られそう。
迷った挙句、仕方なくそのままの体勢でいくことにする。
「――というか、八重ちゃんの水着ってホントに紐で留めてたの? 普通、ダミーじゃない?」
「それだと夢がないじゃないですか!」
……お約束の意味が、やっとわかった。この人は、始めから狙ってこれを――
わたしは肌をほんのりと紅くしながら、八重ちゃんと二人羽織のような体勢で水中を移動して、水着を拾いにいく。
後ろから押し当てられた胸が、背中の感覚を刺激する。
隔てているものが何もないので、蕾もはっきりわかってしまう。
耳に聞こえる吐息。わたしの体に回された腕。そして密着する肌の柔らかさ。
意識しないようにすればするほど、逆に意識してしまって。
鼓動が早くなり、体温が上がっていく。
激しく乱れされそうになる心と呼吸を、ばれないように必死に整える。
……それでもなんとか浮かんでいる水着まで辿り着き、すぐ拾って八重ちゃんに渡す。
こういうシチュエーションにこれほど弱いなんて、自分でも予想外だった。
「後ろ、見ないでくださいね?」
八重ちゃんは少し離れ、わたしを壁にして、水着をつけ始める。
「見るわけないでしょ――」
平静を装って、そう言う。
内心は。
心臓が壊れそうなくらいドキドキしていた。
「――はい。もうだいじょうぶです」
……ここでのお約束なら、まだつけてないとか?
振り向くと――
どうかしましたか? と、小首をかしげる八重ちゃん。
……そんなことはなかった。
少し期待していたみたいで恥ずかしい。思わず頬が赤らんでしまった。
ごまかすように、彼女の手を引いてプールから出る。
「次はどこに連れて行くつもり?」
「んー……楽しかったので、もう一回滑りませんか?」
「……二回目は拾わないから」
「だいじょうぶですよー。緩めてなかったら外れないと思いますしー」
……この娘は。
紐で結ぶ水着の選択から、スライダー、そしてわざと紐を緩めて、いまのシチュエーションへ。
わたし自身も知らないはずのわたしの弱い部分が、筒抜けになっているような気がする。
八重ちゃんは、本気でわたしを落とすつもりなのかもしれない。
――結局、わたしたちはもう一度スライダーを滑ってから(八重ちゃんの言葉通り、今度は外れなかった)。
八重ちゃんに手を引かれ、連れられて、ドーム内を回る。
「あ、次はあれがいいですー!」
八重ちゃんが指さしたのは、流れるプール。
でもそれは、ここに二つあるうちの一つで。
訓練用な感じが前面に押し出された、危険なプールだった。




