ひめやえレシーブ 01話
この学校、制服は自由じゃないくせに、水着は自由。
一応指定の水着もあるけど、あまり可愛くないし、わざわざそれを選ぶ人もいない。
更衣室はカーテンの付いた個室で区切られている。
わたしも水着に着替える。
フリルの可愛い水着。下はミニスカート風のパレオ付き。
できるだけ可愛く見えるように、水着に合わせて髪も結い直す。
水泳の授業は、学期の中頃と最後にテストが二回あるだけで、それ以外は基本的に自由時間になる。
今日はテストの日じゃないし、そんなに泳ぐつもりもないから、こういう水着でも問題ない。
「姫ちゃん姫ちゃん。私、二つ水着持ってきてるんですけど、『せくしぃ』なのと『きゅぅと』なの、どっちがいいと思います?」
「――セクシーなのでいいと思う」
キュートだとわたしと被るし。
「……姫ちゃん、そっちのほうが好きなんですね。意外です」
何か勘違いされてしまった。
しばらくして、カーテンが開かれる。
『セクシー』なほうの水着を見て、わたしは思わず言葉を失った。
「どうでしょう? なかなか『せくしぃ』じゃないですか?」
それは、ほとんど紐のような水着だった。
最小限の場所を最小限しか隠せていない。
八重ちゃんは――
腕で抱いたり、前屈みになったりして、色々な所を強調するポーズを取ったりする。
「――うん。いいと思う…………ホントにそれで授業に出られるならだけど」
わたしは死んだ目で八重ちゃんに冷たい視線を向ける。
「姫ちゃん、その反応は面白くないですぅ! もっとこう、『きゃー』とか『はわわ』とか、真っ赤になってくれると思ったのにぃ!」
片頬を膨らませて、怒(ったふりをす)る八重ちゃん。
「だって、昨日八重ちゃんの裸見てるし――」
八重ちゃんは、しまった、という風に頭を抱えた。
「じゃあわたし、先にプール行ってるから」
「まっ、待ってください! すぐに着替えますから!」
個室のカーテンが勢いよく閉められる。
クラスメイトたちはすでに着替え終わっていて、もう更衣室にはわたしと八重ちゃんしかいなかった。
カーテンに背を向ける。
八重ちゃんに聞こえないように、はーっ、と大きく息を吐いた。
……危なかった。
背を向けた後から。
たぶんわたしの顔は、八重ちゃんの思惑どおり真っ赤になってしまっていると思う。
確かに昨日裸は見た。でもなるべく直視はしないようにしてたし、裸眼と湯気で少しぼやけてたし。
それに個人的には、何も着てない時よりその…………えっちだった。
ちょっとアレなところもあるけど、基本的に清楚な八重ちゃんが、あんなのを着ているというギャップもすごかった。
八重ちゃんの前では、わたしの全演技力をもって何とかしのいだけど、もう少し遅かったら本当に危なかった。
熱くなった顔を手で仰ぎ、急いで呼吸を整えていると、
――また勢いよくカーテンが開かれる。
びくっ、と体が反応してしまうわたし。
「よかったー。待っててくれたんですねっ」
今度は白の健全な水着だった……けど、上下とも紐で結んで留めるタイプで、ある意味これも紐の水着。
……健全とは言いつつも、やっぱりぜんぜん健全じゃなかった。
あとやっぱり大きいのはずるい。
「それなら、まあ――」
「似合ってます?」
「悪くないと思う。そこそこ似合ってるし」
嘘。
とっても似合ってて、めちゃくちゃ可愛かった。思わず表情が崩れそうになる。
「……もう時間ぎりぎりだから、早く」
また赤くなってしまいそうになる顔を見せないように、早足で八重ちゃんの先を歩いて、プールに向かった。
海月高校のプールは、ドームの中にある。
ドーム内には、普通の長方形型のプールに加えて、波の出るプールや流れるプール、ウォータースライダーまであって、まるでウォーターパークのような施設だった。
植物園と同じく、こちらも巨大な施設。
学校の一施設がそんな風になっているのは、植物園もここも『魔女見習い』の訓練施設でもあるから。
『魔女見習い』にどれだけの期待をかけられているかが、よくわかると思う。
でも放課後や長期休暇中なんかは、ほとんどの施設がすべての生徒に解放されていて、実際は生徒たちの遊びの場の一つになっている。
先生が来て、授業が始まる。
最初に言っていたように、今日はすべて自由時間。
授業が始まると早々に、わたし(と八重ちゃん)は、クラスメイトたちに囲まれた。
口々に褒め称えられ、彼女たちにギュッと抱きしめられ、撫でられ、愛玩されていくわたし。
身長差のせいもあって、胸辺りでわたしの顔を抱きしめるクラスメイトも多い。
あまりにわたしが可愛くて魅力的すぎたせいで、あるクラスメイトの理性を狂わせてしまい、肌と肌の触れ合いを求めて思わずハグされてしまったことがあった。
それを見たほかのクラスメイトたちも次々に……という感じで始まったのが最初だったと思う。
別にハグも撫でられるのも嫌ではないし、されるがままにされている。
その間も可愛い妹として振る舞うことは欠かさない。
水泳授業のいつもの儀式だった。
……さんざん『ずるい』と言ってきたから勘違いされてそうだけど、別に大きいのは嫌いじゃない。
ずるい、というのはわたしなりの褒め言葉……だと思う。
つまり何が言いたいかというと、私のために使うのなら許してあげる、ということ。
さすがにまだ八重ちゃんに対してハグとか接触する系の何かはなかったけど、やっぱり八重ちゃんの水着姿は破壊力がすさまじいらしくて、キュートな水着にも関わらず、悩殺されている娘たちも多かった。
――と、
わたしとクラスメイトたちの触れあいを見ていた八重ちゃんが、いきなりわたしの手を引いて、彼女たちの中からわたしを連れ出した。
そして、
「皆さん、すみません。ご厚意に甘えて、今日一日は篠宮さんをお借りします」
と言って断りを入れ、お辞儀をしたあと。
わたしを連れて歩き出し、みんなから離れていく。
特に不満を口にしたクラスメイトはいなかった。
でも。少し恨めしそうな目で見ている人たちが十数人。
学校にいる時の八重ちゃんにしては、少し強引だった。
二人きりになってから、
「ちょっと! ――八重ちゃん? 急にどうしたの?」
頬は膨らませてなかったけど、ふてくされているのは明らかだった。
「何でもないです! それよりも――」
切り替え、一転して明るい表情を作った八重ちゃんは、ドーム内のアトラクション(あくまで訓練用)を指さして、
「一緒にあそこに行ってください!」
「……なんで一番初めにあれ?」
小声で、
「人が少ないいまのほうが都合がいいので……」
わたしに聞こえないように、何か呟いた八重ちゃん。
両手を胸の前で握りしめ、
「まずはお約束をやっておかないと! ですから!」
「お約束?」
……ウォータースライダーのお約束って、何?




