アルラウネの悩み #2
わたしたちはお礼を言って、アルルと一旦別れ、集合場所へと向かった。
この授業は、アルルたちアルラウネの協力の下に成立している。
アルラウネたちの体から、天使を模したレプリカをいくつか創り出してもらい、破壊者と守護者が二人一組になって、その相手をする。
治療者は戦闘に直接参加しない……というと楽そうに思えるけど。
代わりに授業時間中ずっと、全員へ『戦闘前の防御強化』と『戦闘後の回復』を行う。
なので治療者は主に、精神的な持久力と、効率よく魔術を使うための練度を鍛える授業になる。
それに各組の戦闘は、終了を待たず次々に進めていくので、ほとんど休む暇なく強化と回復の繰り返し。
ある意味、治療者にとっては、実戦授業よりも大変かもしれない。
チャイムが鳴って、授業が始まる。
一組目は、破壊者の黒魔術士と、守護者の魔装士。たぶん一番よく見る組み合わせ。
黒魔術士が後衛から黒魔術で攻撃し、魔装士が前衛に立って黒魔術士を守るシンプルなもの。
全員に防御強化魔術がかかり、初戦が開始する。
「〈氷剣〉!」
黒魔術士が氷系統の黒魔術を使い、水のように透明な、液体の剣が出現し、宙を薙ぐ。
その剣は、自身の内部を透過した、進路上の物体をすべて凍結させていく。
天使のレプリカたちもそれに巻き込まれ、凍結する。
――でも凍結させられたのは、表面だけだったみたいで。
レプリカたちはそれをすぐに打ち破って、反撃を開始。天使の光弾に似た魔力の塊を生成し、発射する。
対する魔装士は、『守護する剣』で大剣の盾を前面に展開し、その魔術弾を防御。盾が消えると同時、彼女たちもさらに攻撃の手を強めていった――
アルラウネは、人よりも対魔術の魔術適性が高く、防御強化魔術の効果も大きい。
そして、アルラウネの創る天使のレプリカは、ただの動く的じゃない。
それらはあくまで彼女たちの体の一部なので、自由自在に動かせるし、彼女たちもわたしたちと同じように魔術を使うことができる。
おかげで、実戦に近い形の戦闘練習を行える。
誤解のないように言っておくと、これは『魔女見習い』クラスならではの授業内容で、一般クラスの魔術の授業は、もっと楽で簡単な内容。一般クラスは、あくまで最低限の自衛が目標だから。
ちなみにアルラウネでは、魔術や、ほかのどんな手段を用いても、『天使の盾』を貫くことができない。
だけど天使も、彼女たちを殺そうとはしない。
天使の目的はいまだによくわかっていないけど、とりあえずアルラウネは天使にとって敵じゃないみたいだった。
こういう魔術の授業に、八重ちゃんは参加しないらしい。
回復が反転しちゃうから、『参加できない』が正しいかも。
それに一応、『反転の話はまだ一般には公開しない』というのが、『魔女機関』側の方針みたいだった。『魔女見習い』は、まだ一般人。
なので、『すでに魔女として十分な実戦経験を積んでいるため、授業を免除されている』とか、表向きはそんな感じ。
むしろ先生と一緒に、わたしたちを指導する側に回って、クラスメイトたちにアドバイスをしていた。
戦闘終了待ちのわたしのそばには、同じようにそれを待っている月森さんがいる。
月森茉莉花さん――このクラスにいるもう一人の治療者。
切れ長の大きな目と長い黒髪で、日本のお姫さまって感じがする。
実際、日本のいまのお姫さま――桜さまに似てなくもない。
わたしに落とされていない、めずらしい人。
同じ治療者だけど、わたしと違って、他人を寄せつけないクールな雰囲気。
彼女が授業以外で、ほかの人と話しているのを見たことがない。
容姿も悪くないし、ちょっと努力するだけで、わたしの最大の敵になったかもしれないのに。
わたしは月森さんの手を握り、とても愛くるしい笑顔と仕草で、
「月森さん。今日も一緒にがんばりましょうねっ」
「……はい。よろしくお願いします」
ちゃんと返事はあるけど、そっけない。
でもまだわたしは、彼女にお姉ちゃんになってもらうのを、諦めていない。
去年の四月、わたしが転入してきた頃の月森さんは、もっと好意的な反応だった。
だけど仲良くなり始めたころ、急にいまのような態度になってしまった。
……だから絶対に無理なわけではないと思う。
一組目の戦闘が終了し、わたしたちは回復へ向かう。
「お疲れ様です。回復しますね――〈治癒・設置〉」
わたしを中心に、大きな魔術円が地面に描かれる。
クラスメイトたちとアルラウネ、その全員を術の範囲に取り込んで、回復対象に指定する。
光の明滅とともに、指定された彼女たちの傷や怪我が回復していく。
疲れは見えるけど、みんな心地よさそうな表情をしていた。
――回復魔術は結構、気持ちいいらしい。
でもそれは、術者の技量によっても変わるみたいで……つまり、そういうこと。
一度設置してしまえば、術者はその場から動いても問題ないので、わたしは用意していた飲み物やタオルを渡して、彼女たちを労う。もちろん笑顔と優しい言葉も忘れない。
別に治療者は魔術以外のことをやる必要はないんだけど(実際、月森さんはそうしてるし)、回復魔術では精神力は回復できないし、肉体的な疲労もほんの少ししか回復できない。
だからこういう形で少しでも、疲れを癒してあげたかった。
治療者たるもの、回復魔術以外でも治療する、という菫ママの教えでもある。
その間に月森さんは、彼女たちに防御強化魔術をかけ直している。
術使用の負担は回復魔術のほうが大きいので、わたしと月森さんは、強化と回復の役割を交替しながら魔術を使う。
戦闘終了のタイミングが被ることも多くて、一人で両方使わないといけないのがデフォだけど。
防御強化魔術には、一応効果時間がある。
けど、いまかけても次の戦闘終了まで持続するくらいの長さは十分にあった。
というより、かけられるタイミングがここしかない。
すぐに別の戦闘が終わり、わたしたちは次の場所へ向かう。
そうして戦闘と回復を繰り返し。
八重ちゃんが加わった初めての魔術の授業は、でも特に問題はなくて、普段通りに終了した。
今日も割とやばい量の回復魔術を使った。でも、このくらいのレベルには、もう慣れてしまった。
月森さんは少し息を切らしていたけど、わたしはだいじょうぶ。授業終わりでも、まだ少し余裕がある。
――ふと。
転入直後はわたしも月森さんも、授業終わりに疲れて動けなくなっていたことを思い出す。
……それがきっかけで、月森さんと仲良くなり始めたんだったような。
八重ちゃんの指導はとても好評だったみたい。
治療士が本職のくせに、すべての魔術士に的確なアドバイスをしていたらしい。
……まあ。もう味方だし、問題ない。
お昼休み。
いつもなら。クラスメイトたちと一緒に、お昼ごはんを食べる。
……でも。
八重ちゃんとぜんぜん話せる機会がなかった、という朝の言葉を気にかけてくれたのか、わたしと八重ちゃんの二人きりにされてしまった。
教室移動のとき二人きりになったのも、同じ理由からかも。
……まったく。優しいお姉ちゃんたちめ。
どうせなら、と。
わたしは学校の施設紹介も兼ねて、八重ちゃんと屋上庭園で食べることにした。
夏の昼間だけど、木陰もあるし、川もあるしで、実はそれほど暑くない。
行く途中で偶然、舞桜ちゃんと出会って……。
結局、三人でのお昼ごはんになった。
「はい、篠宮さん。あーん――」
「残念だけど、わたしは食べさせられ慣れてますからー。それくらいで恥ずかしがったりはしませんー」
余裕そうに可愛く小さく口を開き、それを受け入れるわたしを見て、八重ちゃんは――
卵焼きを自分の口に咥えて、わたしにグイッと顔を近づけてきた。
突然のことに反応が遅れて、八重ちゃんにそのまま直接食べさせられてしまう。
「――じゃあ、これならどうですか?」
わたしは耳まで真っ赤になって、うつむいた。
「ばっ! ばかっ! ばかばかばかばか――!!」
八重ちゃんをポカポカと叩くわたし…………漫画とかアニメじゃないし、実際はボカボカだったかも。
――それを見ていた舞桜ちゃんも、なぜか八重ちゃんをポカポカしていた。
慌ただしいお昼ごはんを終えて、授業を一つ挟み。
そして、今日最後の授業は水泳だった。




