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8話

「そういうわけだから、ごめんね、先生。迷惑かけるし、もしかしたら先生も責任取らされることになるかもしれないけど。ほんとに、それだけが唯一心残りなんだけど」

 四宮は本当に申し訳なさそうだ。彼女の目に不安と後悔がよぎる。

 今なら、止められるかもしれない。まだ諦めるわけにはいかない。

「ふざけんなよ。生徒が死んで責任を感じない教師なんているわけないだろ」

 彼女は清々しい顔をして、ごめんと笑った。

「先生ってさ、やる気なさそうっていうか、いつもめんどくさそうに見えるのに、じつは熱血だよね。そういうとこ、めっちゃタイプだよ」

 四宮がこちらに背を向けた。

「これから死ぬかと思うと、とっても心が安らぐんだ。きっとあの子もこんな気分だったんだね」

 その子の母親が、感情に任せて四宮を責めたりしなければこうならなかったのだろうか?

 いや、たしかに四宮も悪い。母親になど会いに行かなければよかったのだ。正直に「何もしなかった」なんて言わなければよかったのだ。

 でもそれは、四宮の嫌う歪んだ世界の話だ。

 俺はどうしたら、この歪んだ世界に彼女を繋ぎとめておけるんだろう。

「先生、ありがとね。いっぱい話聞いてくれて。あんなくだらない話、ちゃんと聞いてくれるのは先生くらいだよ。ほんとにありがと。とっても幸せな時間だった」

 やめてくれ。そんな、別れの挨拶みたいな。

「俺は、四宮の話を聞くだけで、お前を救ってやれなかった。何も解決してやれなかった」

 目の淵から涙が溢れてきた。

「ううん、そんなことないよ。私は、先生に話を聞いてもらえただけで救われたよ。だから、泣かないで」

 四宮の頬を一筋の涙が伝った。

「わかった。じゃあ、俺が死ぬ」

 四宮がいるのと少し離れたところの柵に近づき、それをまたぐ。

「え?」

「俺は、どうしてもお前が死ぬのが耐えられない。きっとお前が死んだら、俺は自分を許せなくて、どうせ自殺する。だから、俺も死ぬ」

「なに、それ」

「俺が死ぬから、四宮は死ぬのをやめてくれないか?それでもダメっていうなら、一緒に死ぬよ」

「待ってよ、やめてよ」

「自分の生徒一人救えないくらいなら、俺に生きてる価値なんてない。いまの俺がお前にしてやれるのは、一緒に死んでやることくらいだ」

「やめてって。私、先生に死んで欲しくないけど、そんなこと言われても引き下がれない。私が先に死ぬから、勝手に死ねばいいじゃない」

 風が首を撫でていく。眼下に広がる街はどこまでも続いていくようだった。

 ふと、いつか見た景色を思い出した。

「じゃあ、もう死ぬなって言わないから。でも俺も死ぬからさ、その代わりに、俺がどうして先生になったかって話を、最後に聞いてくれないか?これから死ぬって考えたら、どうしても誰かに聞いてほしいって思ったんだ」

 四宮は少し悩んだようだが、

「いいよ、最後だからね。その話が終わったら、一緒に死の」

 と言ってくれた。

 こんな可愛い子と一緒に死ねるなら、俺の人生もそう悪いものではなかったのかもしれない。そんなことを思わずにはいられなかった。

 そして俺は、俺の物語を語り出した。



 俺は昔、学校の教師が大嫌いだった。

 教師という人種は、どいつもこいつも、自分がクラスの王様で、法律で、一番正しいと言わんばかりに説教をする。

 正しさをいくら説いたって、人は救えない。

 高校時代の親友が自殺したとき、俺はそれを知った。


 親友の自殺の原因は、成績と受験に対するプレッシャーだった。

 模試の結果が悪く、三者面談で教師からも親からもきつい言葉をかけられた直後だったらしい。

 彼は親が医者で、自分も医学部に進むように言われていた。

 けれど、彼はあまり勉強が得意でなく、成績も良くなかった。

 でも、彼は優しかった。

 俺の大事な友達だった。


 別に医者になんか、なれなくてもいいじゃないか。

 成績が多少悪くたっていいじゃないか。

 誰かがそう言ってやればよかった。

 俺はあいつが本当は医者じゃなくて、教師になりたかったのを知っていた。

 あいつが毎日夜遅くまで図書館に残って必死で勉強していたのを知っていた。

 全部知っていた。

 でも、俺は、大丈夫だよ、なんとかなるよ、と笑うばかりで、何もしてやれなかった。

 医者になんか、なんて、必死に努力しているあいつに言えるわけが無かった。

 成績が悪くてもいい、なんて、プレッシャーに押しつぶされそうになって、模試の当日、トイレで吐いていたあいつに言えるわけが無かった。

 俺は、あいつに何もしてやれなかった。

 俺は、あいつの力になれなかった。



 今度も俺は、救えないんだろうか。

 なあ、教えてくれよ。

 俺はあのとき、どうしたらお前を救えたんだ?



「思い出した」

「何を?」

 四宮はまた泣いていた。

 俺は四宮に駆け寄った。そして力いっぱい抱きしめた。

「俺は誰かを救いたくて、先生になったんだ」

「やめてっ。離してっ」

 四宮は手足をばたつかせ、俺の身体を叩いたが全然痛くなかった。

「ぜったいヤダ。ぜったい離さない」

「は、な、せっ」

「いーやーだー」

 四宮は必死に抵抗したが、柵に腕を絡めてしっかり掴んだのでもう絶対に外せない。何があってもこの手は離さないと決めたのだ。

 背中が日に照らされて温かい。朝の風が四宮の匂いを運んできた。

「はーなーせー。ちーかーん。せーくーはーらー」

「なんとでも言え。死んだらぜんぶ無罪になるんだから」

「天国に行けなくなるよ」

「それは困るな。じゃあやっぱりもうちょっと長生きして良いことしないと」



 大人だって、子どもと同じだ。

 何もわかってない。

 人を殺してはいけない理由だってわかっちゃいない。

 子どものときから、何も成長してないんだ。

 子どもと違うのは、ちょっと泣いた回数と笑った回数が多いくらいだ。

 もしかしたら、余計なもんを見てないぶん、子どものほうがしっかり世界を見れてるのかもしれない。

 でも、やっぱり俺は大人で、こいつの先生だから、俺はこいつを導いてやらなきゃならない。

 明るい方へ、連れ出してやらなきゃいけないんだ。

お読みくださった皆さん、本当にありがとうございました。

無事、完結しました。


この作品は今までで一番、自己投影をしてしまいました。

あんまり自己投影し過ぎるとつまらなくなる、と何かで読んだことがあるので心配です。

そして読み返すととても恥ずかしい作品になってしまいました。


あと、題名がちょっといまいちかと思っています。

一話を書いた時点で決めてしまったので、なんだかあってないような気もします。


二人の恋路とか、四宮のキャンパスライフとか、いつか続きを書けたらいいなと思っています。


他にも書いているので、読んでいただければ嬉しいです。

最後まで読んでくださって本当にありがとうございました。

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