7話
屋上の鍵は開いていた。
最悪のシナリオが脳裏をよぎり、体当たりするように扉を開けて転がり出た。
「先生、どうしたんですか?」
早朝の爽やかな風が、彼女の声を運んでくる。
四宮は屋上の周りにある柵の外側に立っていた。
白い柵をしっかりと握りしめている手を見て、俺は多少安心した。
けれど、まだ気を緩めてはいけない。
「お前、なあ。心配、かけさせんな、よ」
肩で息をしながらなんとか言葉を吐き出した。
「あー、疲れた。こんなに走ったの、いつ以来だろうな」
「先生、手紙読んだ?」
「一回さらっと読んだだけだ。後でもう一回、ゆっくり読み直すよ」
俺は握りしめてクシャクシャになった手紙を開いて伸ばしながら、そっと四宮に近づいた。あと数歩で四宮のもとにたどり着くというそのときだった。
「先生、ストップ。それ以上近づいたら飛び降ります」
すました顔でそんなことを言う。
けれどそれは、嘘でもハッタリでもないのだろう。
「四宮、やめてくれ」
「私はね、先生。私の死によって、一つの波紋が広がればそれでいいんだ。私の言葉が世界に広がり、少しだけこの世を綺麗にする。それで十分」
四宮の言葉は、俺には強がりにしか聞こえなかった。
友達も彼氏も要らないと四宮は言っていたが、それだって強がりだろう。
もし自分がいじめられたら、周りの人間に迷惑がかかるかもしれないと考えて、わざと一人になったのだ。もしかしたら、一人ぼっちになって、ちょっとでも昔いじめられてたその子の気持ちを知ろうとしていたのかもしれない。手紙の通り、四宮がいじめられるのも四宮の計算通りなのだとしたら、そうに決まっている。
高校生特有の真っ直ぐに歪んだ思考を読む冷静さと、自分の死によって完結する筋書きを着々と遂行する強い意志。その二つがなければ、ここまでたどり着くことはできなかった。
彼女は他人の目を欺き、完璧にこなしたのだ。
たった一つ。彼女が書いた最後の手紙と、それによってここに導かれた俺という存在。それこそが、四宮の筋書きにはなかった唯一のイレギュラーなのだ。
思えば彼女はいつも、どこか矛盾を抱えていた。
誠実さとは何かを語るくせに、彼女は友人や彼氏に対して誠実な態度をとっていたとは言いにくい。友達など必要ないと言うくせに、彼女は俺に話を聞いてほしいと思っていたようにも見える。多数決は間違っていると述べるくせに、多数決に従わざるをえない現状を受け入れていた。そして、人を殺していいと思っているのに、自分は人を殺さない。
だから、思うのだ。
彼女は、この世界が汚いと思う一方で、この世界を美しいと思っているんじゃないかって。彼女は死にたいと言う一方で、それを誰かに止めてほしいと思っているんじゃないかって。




