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4話

「なあ四宮、俺、なんだかお前を呼び出してる理由を忘れそうなんだが」

「理由もなく女子高生を呼び出すなんて。先生、訴えられたら間違いなく負けますよ」

「思い出した。頬が腫れてたんだった。誰かにぶたれたのか?」

「先生」

 四宮は身体を横に向けて、アンニュイな感じでそうつぶやいた。

 頬杖をついたその横顔に思わず見惚れてしまいそうだ。

「どうして人を殺してはいけないんですかねえ」

「なんだかなあ」

 思わず口をついてしまった。

 台無しだよ、まったく。いや、現実に引き戻してもらえてよかったけれど。

「先生はどうして人を殺してはいけないと思います?」

「法律で決まってるから」

 俺は即答した。

「うーわ、つまんな。がっかりだよお」

「教師としては模範解答だろ」

「人としてはサイアクにつまらない解答だと思いません?」

「じゃあ聞かせてもらおうじゃないか。面白い解答とやらを」

「ふふふ、聞かせて差し上げましょう」



 人を殺してはいけないのはなぜか?

 人生で一度くらいはみんな考える問題です。

 私は小学生のある時期、一日一度は考えていました。

 人を殺すと殺人罪で法律で裁かれる。

 犬や猫を殺すと器物破損で裁かれる。

 けれど蟻を殺しても裁かれない。

 人を殺すのと、犬猫を殺すのが違う種類の罪というのは何となくわかります。

 自分と同じ種の生き物を殺すのと、他の生き物を殺すのは、やっぱりなんだか違う気がしますもんね。

 どちらのほうが罪が重いかと聞かれたら、同胞殺しのほうがダメに決まってます。

 けれど、蟻を殺しても罪にはならない、というのは不思議な話じゃないですか?

 命は平等と言いますが、蟻の命に価値はないとでも言うのでしょうか?

 まあそもそも蟻を殺したって、亡骸は誰の目にも留まらないし、それを悲しむ人は誰もいませんもんね。



「いや、それはちょっと違うかもしれません」

「ん?」

「先生は、『星の王子様』って本知ってますか?」

「うん、知ってるよ。一回は読んだことあるけど、もうでも細かいところは忘れてるかな」

「ふむふむ、さすが先生です。では話を続けましょう」

 四宮は満足そうに頷いた。



「星の王子様」でこんな言葉が出てきます。

「あんたが、あんたのバラの花をとてもたいせつに思っているのはね、そのバラの花のために、ひまつぶししたからだよ」

 私は、このキザで、ちょっと偉そうな、このセリフが大好きなんです。

 というか、私は「星の王子様」が大好きなんです。

 最初に読んだときは今から百年も前の人が書いたとはとても思えませんでした。

 そんな昔の人も、こんなことを考えていたのかとびっくりして。

 まあ私が子どもの頃はたぶん、自分が生まれる前の時代なんて、戦争のあった時代と江戸時代と原始時代の三つ程度くらいしかわかっていなかったですけど。

 まあともかく私は小学生のとき、星の王子様を何度も読み返していたんです。

 一つ一つの言葉が金平糖のような、カラフルな甘いお菓子に見えて、私はそれを舌の上でコロコロと転がして楽しんでいたんです。

 まあでも、今は前ほど好きではなくなったんですけどね。

 歳を取るにつれて甘いものが昔ほど好きでなくなるように、私の熱も少し冷めてしまったんです。

 今では「星の王子様」を読み返したりはしないし、ましてや、「星の王子様」が好きなんて口に出すこともはばかられます。

 それは、「『星の王子様』を好き」なんて堂々と言いふらすやつは恥ずかしいと思うようになったのかもしれないし、「『星の王子様』を好き」なんて安い言葉でこの思いを表現したくないとか、そんな言葉で昔の自分が感じた感動を汚したくないって思ったからもしれないですけど。まあそこはよくわかんないです。


 話が脱線してしまいました。

 まあ何が言いたいかというと、ある蟻を大事にしていた人間がいたとして、その蟻が殺されてしまったというのなら、その人は蟻の死を悲しむかもしれないってことです。


 では、どうして僕の大嫌いなあいつを殺してはいけないの?

 という問いに戻ります。

「死刑制度がこの国にはあるじゃないか」

 そう子どもに聞かれたら、なんて答えます?

「それは難しい問いだね、君が大人になればわかるよ」

 なんて言ってごまかすのも一つの選択肢でしょう。

「人は殺してはいけないけれど、罪を犯した人は殺してもいいんだよ」

 と言ったらそのませた子どもはきっと、

「あいつも罪を犯した悪人だ」

 と言い返してくるでしょう。

 まあそうしたら、

「裁判できちんと死刑っていう判決が出た人だけが、犯罪者として裁かれるんだよ」

 と答えるんでしょうね。

 他によくある答えとしては、「人の命は尊い」とか「自分が殺されたら嫌だろう?だから他の人にもしちゃいけない」とかですかね。


「結局、どれもおんなじようなもんです。人を殺すのはダメっていう結論ありきで、理由は全部後付け。どうやったら子どもができるか?っていう質問に対する答えと同レベルですよ。コウノトリが運んでくるって言ってるのと同じくらい何言ってるかわかりゃしない」

 四宮はつまらなさそうにため息をついた。

「じゃあ結局、四宮はその問いの正しい答えはなんだと思うんだ?」

「先生、話聞いてなかったんですか?私は人を殺していいと思ってますよ。命の価値なんて時と場合で変わります。そもそも世の中には、死んで欲しくない人と、死んでもいい人と、死んで欲しい人しかいないんですよ」

「おいおい」

 散々手前勝手な理論を並べておいて、なんて身も蓋もないことを言い出すのだろう。

「先生、じゃあどうして人を殺してはいけないんですか?教えてください」

 こんなときだけ真っ直ぐに、子どもらしい無垢な瞳でこちらを見てくる。困った生徒だ。

「それは、わかんないけど。でももし人を殺したら捕まって、つらい人生を送ることになるんだ。それだけは間違いない。だから、俺は自分の生徒には幸せな人生を送ってほしいから、人殺しはしてほしくないな」

 こんな青臭い返事じゃ四宮は納得してくれないだろうか。

 いや、仕方ない。俺も腐っても教師だ。とりあえず、大人として正しそうなことを言っとかなきゃいけない。

「なるほど。ちょっと暑苦しいですが、不真面目そうな先生が言うとマイルドになってちょうどいいです」

四宮は楽しそうに笑った。どうやらお気に召したらしい。不真面目そうとは心外だがまあよかった。

「ま、心配しないでください。私は人殺しなんてしませんよ」

 殺したい相手は、ただ単純に殺すんじゃ足りないです。死ぬよりも、ずっと苦しい思いをしてもらわなくちゃ。

 彼女は口の端をグニャリと曲げて、歳不相応の、悪女のような笑みを浮かべた。

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