3話
「先生。多数決って、人間の作り出した悪しきものの中でも、最もおぞましいものだと思いませんか?」
四宮は開口一番そう言ってきた。
クラスで何か決めるときは大概、多数決だ。
委員長だろうが文化祭の展示だろうが、意見が割れるときは多数決で決める。それが一番平和的で、早く決まるからだろう。
まあもちろん、弊害があることはよくわかっているつもりだけれども。
「いやでも、まあ他の決め方よりはマシなんじゃないか。なんだかんだで」
「先生、それは大人の論理ですよ。まあ聞いてください。私がいかに多数決を憎んでいるかについて」
私は多数決を認めません。
だって多数決は、正義や善を見つけるための方法ではないんですから。
多数決で決まったものが、いつ何時であっても最大多数の幸福へと人々を導く、みたいに考えている人がいますが、そうとは限りません。
多数決は、単なる予定調和に過ぎないんです。
みんなの奥底にある、一番それらしい選択肢。それが正しいものだとみんなで確認して、確かめあって、念を押すんです。
これはみんなで出した結論だから、どうなってもみんなの責任だからね、って。
ふざけた話ですよ。
みんなで一緒に、少数意見を叩き潰して、誰も悪くない。みんな正しいって言い聞かせる。そしてみんなで地獄に落ちていくんですよ。
大多数の愚か者どもと一緒に奈落の底まで叩き込まれる賢者の気持ちにもなってほしいものですよ。
「まあでも大多数が選んだんだから、きっとそれが一番いい選択なんじゃないのか?民主主義ってそういうもんだろうし」
「甘いですよ、先生。ちゃんと大学で政治学勉強したんですか?」
四宮はあざ笑うように目を細めた。
むかつく言い方だが、たしかに安易に民主主義を引き合いに出した俺が悪かったのかもしれない。それに、政治学の授業は教授の爺さんの話が眠すぎてチンプンカンプンだったのも事実だ。
人は共同体的な生き物なんです。
常に誰かと同じでいたいと思っているんです。
人が徒党を組むのも、意味なく群れるのも、当然なんですよ。
数は力であり、絶対なんです。
個人がどんなことを考えていようが、多数の前で個は抹殺されます。
どれだけ正しいことを述べようとも、圧倒的多数の前にはすべて無力なんです。
多数決は数の暴力なんです。
「本当に正しいことなら、たとえ少数意見でもみんなそれが正しいことに気が付くんじゃないか?」
「先生、自分の人生を振り返ってみてくださいよ」
四宮はにやにやと笑った。
「世の中は馬鹿ばっかりなのです。賢者の言葉は愚者には理解できないんですよ」
神の言葉が人間には理解できないのと同じです。悲しいことですね。
彼女はそう付け足し、やれやれと首を振った。
前から思っていたが、この子は変わっている。
俺は楽しく彼女の話の続きを聞くことにした。
たとえば多数決で出された結論は不当なものだと考えてそれに従いたくないと考える人間がいたとしましょう。
けれどその人は、実際には多数決に背くことはできないんです。
だって、その人は知っているんですから。
多数決という公平で、正しいとされている方法に背いてしまえば、文字通りたくさんの人間を敵に回すことになると。
こうして聡明なその人はジレンマに陥ります。絶望的な話ですよ、まったく。
多数決の偽善を、欺瞞を、恐ろしさを知っている人間が、しかしその本質を知るが故に多数決に従わざるを得ない。
いや、そう考えると話の筋が通っているのかもしれませんね。
恐怖を感じるほどの悪であるからこそ、人間はそれに従わざるを得ない。
そういう意味では、多数決を手放しで崇拝する人々と、やっていることは何ら変わらないんでしょうね。
けれど、踊らされていると知っていて踊るか。踊らされていることにも気づかずに踊るかという差はありますよね。
まあ、どちらがより幸せかというのは、難しいところですが。
それはまた別の話でしょう。
「ともかく、私が言いたいのは多数決は怪物だってことです、先生」
俺は彼女に先生と呼ばれ、ふっと我に返った。
そういえば、俺は先生だったのだ。
「よし、じゃあたまには反論しよう。これでも俺、法学部卒だしな」
「お、そういうの大歓迎です」
「四宮の意見は結果論じゃないか?大多数が正しいと思ってるんだから、実際には多数決で決まった選択がうまくいくことは多いんじゃないのか?」
もし多数の人たちが間違った判断をして、少数の人たちがその決断に付き合わなきゃいけないからって、それは不合理とは言えないんじゃないか。
いくら多数が愚かで、愚か者どもが騙されているといっても、それを説得して意見を変えられなかった賢い奴らが悪いんだよ。
そして裏を返せば、愚かな意見に惑わされないで大勢の人間を正しい道へ導けた結果が、多数決の結果かもしれないだろ。
ともかく、どんな結果が待っているかわからない以上、誰にも絶対の正解なんてわからないんだよ。だったら、少しでも多くの人が納得できるほうを選ぶしかない。
人間の意見はどれもすべてが対等で大切なものであると考えるからこそ、せめて一人でも人数が多い方を大切にすべきだと考えるのは仕方のないことだろ。
多数決っていうのは自分の意志に基づいて自分の行動を決定できる、っていうのを多くの人に保証できるシステムでしょ。
人間が正しい道を選べるなら、実に合理的なシステムだと思わない?
まあ、人間が正しい道を選べるなら、だけどな。
だからやっぱり、みんな一緒に地獄に落ちればいいんだよ。
自分たちが好きに決めて、やりたいようにやった結果ならきっとみんな後悔しないだろ。
「そうですね。そう聞くと、そんな気がしてきました」
「そう?ならよかった」
「でも、それはみんなで一緒に地獄に落ちるときの話かな、とも思います」
四宮の顔に影を落とす何かに、俺は嫌でも気が付いた。
「だって、多数決の結果、少数派だけがつらい思いをすることもありますもん。たとえば、そうですね、いじめとか?」
四宮は用があると言ってその日は帰っていった。
わざとらしく人差し指を立てて笑う四宮の顔が、頭にこびりついて離れなかった。
冷たい瞳が、嘘くさいその仕草が、何かを伝えようとしていたはずなのに、俺はそれ以上、言葉を口にすることができなかった。
お読み頂き、本当にありがとうございます。
もう少しだけこの調子で四宮の若い魂の叫びが続きます。
お付き合い頂ければ幸いです。




