2話
「先生、私、前に言われたことがあるんです。そんなに性格悪かったら友達減るよ、って」
四宮との面談は、彼女のこんな言葉で始まった。
誰かの口調をマネしていったそのセリフは、まさに女子生徒が言いそうな感じで、思わず俺は笑ってしまった。
「この言葉を研究するにあたって、まず私は友達の定義から始めたいと思います」
友達とは何か?
私は「理由がなくても一緒にいられる相手」ではないかと考えます。
他人とは、理由がなければ一緒にいられません。
たとえば家族とか、恋人とか、仕事の同僚とか、クラスメイトとか。おっと、メイトとは友達という意味でしたっけ。正確には、同じクラスの人、ですね。
それらと同じ種類の、人間同士の関係に無理やり名前を付けているもの。
その一つが、友達ではないでしょうか。
同じ血が流れているから家族は一緒にいる。もしくは愛があるから、一緒にいないと生きていけないから家族は一緒にいる。愛し合っているから恋人は一緒にいる。同じ職業に就いているから同僚は一緒にいる。クラスが同じだからクラスメイトと一緒にいる。
それだけです。本当に、それだけの、根本的な、一緒にいられるだけの理由がなければ、人は一緒にいられないんです。
けれど、友達だけは違う。
特に理由がなくても、友達だけは一緒にいられる。
たとえ一緒にいたいと思っていなかったとしても。一緒にいるのに疲れ、心の底ではお互いに嫌い合っていたとしても。一緒にいることに一ミリのメリットもなかったとしても、逆にお互いに損しなかったとしても。
友達だけは一緒にいられるんです。
つまり、家族でも恋人でも同僚でもクラスメイトでも顔見知りでもなく、はたまた幼馴染でも許嫁でも不倫相手でも前世から因縁のある敵でもない相手で、なおかつ自分の周りにいる人間は、友達ということになるのではないでしょうか。
「クラスメイトでなおかつ友達っていうこともあるんじゃないか?」
「だから、先生、それは放課後や休日などの一緒にいなくてもいい時に、一緒にいるかどうかで決まるんです。学校があるときは絶対に一緒にいなくちゃならないから、友達であろうとなかろうと関係なくクラスメイトになりますけど、一緒にいなくてもいいときに一緒にいるなら友達なんですってば」
「ああ、なるほど。なんとなくわかった」
「では続いて、なぜ友達がいなければならないのか。なぜ友達がいないことが良くないこととされているのかについて考えたいと思います」
「はい、どーぞ」
私は、友達っていうのは無くては生きていけないようなものではないと思うんです。
つまり友達は、嗜好品みたいなものだと私は考えるわけです。
友達がいないと死んでしまう、みたいな顔をして、一人になることを何よりも恐れている人がいますが、友達がいない時間を過ごしたことのある人間からすれば、そんな姿は哀れを通り越して滑稽にすら映ります。まあこれは恋人にもあてはまりますね。
で、そういう人は一度、一人ぼっちになってみればいいんです。
一人でも、全然平気だってすぐにわかるはずですから。
人間は最後は結局一人です。どんなに素晴らしい友達がいても、それは自分の一部ではありません。どんな友達がいたって、自分の価値は変わらないし、自分のできることも変わらない。使い古された言葉ですが、本当に頼れるのは自分だけです。
だから、あんまり友情で悩み過ぎるのはどうかと思うんです。
友達よりも大切なものが、この世にはあります。一人ぼっちになるよりも、恐ろしいことがこの世にはあります。友達を失ってでも、守らなければならないものがあるはずなんです。
だから、それほど友情を大切にするのはどうかと思うんです。中学高校の友人なんて、長くても二、三年の付き合いです。
友達だからって困っているときに助けてくれるわけでもなければ、代わり受験をしてくれるわけでもないんですから。
そのことは、中学受験を経験したみんなならわかっていると思ったんですけどね。
あ、でも、私は別に友情を否定しているわけじゃないんです。
最初に言ったじゃないですか。
友達は嗜好品みたいなものだって。
いるならいるで、それは人生を彩る素敵なものになると思います。
私が言いたいのは、他人に依存し、常に誰かと一緒にいなければ不安を感じるような、薄っぺらくて、弱くて、つまらなくて、もろい、そんな人間になるな、という話なんです。
さて、ここで気を付けていただきたいのは友達がいないからといって、それがすぐに強い人間であるという証明になるわけではない、ということです。
実は友達が欲しいのに、ぼっちが辛すぎて自分のプライドを守るために「友達なんていらない」なんていう強がりを言っている、エセぼっちのことを私は真のぼっちとは認めません。
一人ぼっちとは孤高であり、崇高であり、強さの証です。寂しがり屋のコミュ症なんかとはくれぐれも一緒にしないでほしいです。
「まあそれは、友達がたくさんいる先生にはわかりきったことでしょうけどね」
「俺もそんなに多くはいないさ。むしろ少ないほうだ。でも四宮だって友達はいるだろ?」
「昔はいましたけど、今はいませんよ」
彼女の何の感情もこもっていないその言葉に、俺は返す言葉を失った。
少しばかり見せてしまった動揺を、四宮は目の隅で捉えたようだったがそれを気に留める素振りもなく話を続けた。
「まあ今から思えば、あれが友達だったのかもよくわかりません。ただの友達ごっこだったような気もします。お互いが仲良くしようと思えば、たとえ性格が合わなくたって友達になるのは簡単ですから」
友達ごっこなんて誰にでもできます。彼女はそう付け足した。
四宮は初めて少しだけ、寂しげに見えた。
「今日は、このくらいにしとくか?」
「そうですね。じゃあまた明日、先生」
彼女は去り際に、フフッと笑みを浮かべた。
俺はその笑顔に応えるべく、頭を働かせ始めた。
四宮の言うことは、まあわからなくはない。
気が合う人とだけつるんで何が悪い。誰とも気が合わないなら、一人でいたっていいじゃないか。
別に、一緒に何かをやらなきゃいけないときは協力する。自由な時間は好きな奴とつるめばいい。気に入らない奴とは一緒にいなければいい。
それはいじめじゃない。
無視をするいじめがあるなんていうが、なんで好きでもない奴といつも仲良くしなきゃいけないのだ。
そんなのは権利の侵害だ。
薄っぺらい友達ごっこなんか強要される筋合いはない。
だから別に、好きで一人でいるならそれはそれでいいじゃないか。
誰とも一緒にいたくないから一人でいるのだ。
だいたい友達ごっこなんて、やろうと思えば彼女はいつでもできるのだろう。
あえてやらないだけだ。適当に成績が良く、適当に運動ができて、適当にみんなに合わせることができる、要領のいい彼女には、そんなこと造作もない。
まあでも、迂闊に目立つと敵をつくることがある。ほどほどに、悪目立ちしないことが大切なのだ。そして、彼女はきっと悪目立ちしてしまったのだろう。
そしてそれが、彼女がいじめられるようになった理由なのだろう。
きっと彼女は人間関係に疲れてしまったのだ。
彼女は自分がどういう理由でいじめられるようになったかを説明しようとしてくれたのかもしれない。 それをただ単純に説明するのは彼女のプライドが許さなかったのだろう。だからこんな形で話してくれた。
それはわかった。そこまではわかった。
問題は、その先だ。
いや、焦ってはいけない。
無理やり事を進めても、いま少しずつ築いている彼女からの信頼を壊してしまうかもしれない。
それだけは教師として、絶対に避けなければならない。




