序章 ファンタジーとは
「……ん?」
ふと気づくとそこは、一面の草原だった。
ビルもお店も、住宅ひとつないまっさらな草原。
遠くに何か、街らしい影が見えるが……はっきりとは見えない。
ここ日本の都市、東京にはあるまじき景色だし、心当たりもない。
もしや、夢でも見ているのでは。
とりあえず頬をつねる。痛い。夢ではないらしい。
うむ。どうしたものか。
腕を組み、空を仰ぐ。
とりあえず先ほどまでのことを思い出そう。
「ようこそお越しくださいました、勇者様!」
俺は……そう、いつも通りの休日の……
「あ、あれ?ようこそ、勇者様!」
家の近くにある湖の周りを、考え事をしながらボーッと歩いていたはずだ。
すると突然、目の前に太陽が出たのかと言わんばかりに急に視界が真っ白に包まれて……
「う……あ、あのぉ、勇者様!」
そして、今に至るわけだ。
「ゆ・う・しゃ・さ・ま!」
「……はい?もしかして、僕?」
急に後ろから大きな声が聞こえ、振り向くと一人の少女が息を切らして立っていた。
自分より頭ひとつ小さく、13、4歳くらいに見える。
見たことのないピンク色のドレスを着ており、その出で立ちはいかにも上流階級のお嬢様、という雰囲気だ。
しかし……この少女、全く見覚えがない。平凡な家の自分が、こんなお嬢様のような子供と知り合いになった覚えなどない。
それなのに相手の方はというと、とうとう運命の人に巡り合えたとでも言わんばかりの顔で、綺麗な水色の瞳にはうっすらと涙すら浮かんでいる。
「あぁ……やっと……来てくださったのですね……」
「……?あの……どこかで会いましたっけ……?」
「!す、すみません、自己紹介がまだでした、私レディアント国の王女、エイレーネと申します」
「レディアント……?そんな国は聞いたことがないような……」
首をかしげる。そもそも、えいれーね、なんて外国人っぽい人にもやはり心当たりがない。
「それもそのはず、ここは勇者様の世界から見た『異世界』に相当しますから」
「異世界?」
「はい、この世界は『パラル』と言います」
姫様とやらはにこやかに、聞きなれない事を口にした。
異世界というと、なんだったか……そうだ、ファンタジー小説などである、あれだ。
ゲームをしてたり、しゃべる猫とかに会うと連れて行かれる、あれだ。
知り合いが勧めてくる本に、そんなものがあった気がする。
ふむ。異世界か……ならば……
「それでですね、勇者様は今回、私の執り行った『勇者召喚』の儀において、この異世界に喚ばれたわけになります」
「ここは異世界なのか……」
「はい。土地環境や言語など、似ている部分もありますが、ここは異世界ですね」
「そうか、そうなのか……」
衝撃の事実に思わずうなだれてしまう。
「……」
「……あ、あのですね、勇者様?この世界には魔物がいて」
突然黙ってしまった俺に、おずおずと少女は話しかける。
「…………」
「勇者様には、ぜひとも世界の平和をですね……?」
「う……あの、突然こんな所に来て落ち込んでいらっしゃるのですか?お、おかしいな、召喚には『こちらの世界に抵抗の少ない人』とも念じたはずなのに……」
「………………」
「だ、大丈夫ですよ!突然異世界なんて言われてもショックでしょうけど、目的が終われば、すぐに帰れま」
「そんな事より」
「そんな事!?って、ひゃぁっ!?」
「そんな事より!」
急に勢いよく少女の肩を掴んだせいか、彼女が素っ頓狂な声をあげる。
「スライム」
「へ?」
「スライムとかって、いるんですか!」
思わず大きな声で尋ねてしまった。
「え、ええと……まぁ、はい……いますけど……」
「ゴブリンは!動く骸骨とかは!」
「一応……存在は確認されてます……」
「素晴らしい!!」
「素晴らしい!?」
思った通りだ!
思わず天にガッツポーズをキメる。
異世界物の定番、それはファンタジー!
趣味は勉強、特技も勉強、尊敬するのは金次郎。
とにかく知識を得ることが好きで、生まれてこのかた19年勉強に没頭し、某有名大学を首席で入り、周囲から天才と呼ばれる程にまでなったが、それでも解き明かせない物が俺にはあった。
実際には存在し得ない物———つまりは異世界・ファンタジーといった空想だ。
「機能を持たないスライムがなぜ動く?」
「死した物が蘇るとは?」
「人の知能を持つ人ならざる物の生態とは?」
存在出来なかったがために答えを得ることができなかったそれらの現象が、この世界には存在するのだ!
好奇心をくすぐられて仕方がない!
これを喜ばずしてなんと言うのだろうか!
「最高だ!世界平和?えぇやりましょう、ぜひやりましょう!」
「わ、わかりましたから、とりあえず、肩を揺さぶるのはやめてくださいぃぃぃ……」
こうして、俺の異世界冒険——もとい、異世界研究は、興奮とともに幕を開けた。
「よっしゃあ、学ぶぞぉおお!」
「だ、大丈夫なんでしょうか……?」