虹を見たいゴーレム
鈍色の空。
灰色の雨。
軋む扉を開いてくぐり出てくる。
泥の身体が濡れることも厭わず、ソレは雨の中に立ち尽くした。
水を含み徐々にとろけていく。
腕が落ち、脚と身体の境もわからなくなっていく。
ぬかるんだ大地と溶けた身体が交じり合い、もはやどろどろの塊にしか見えなくなる。
長い間雨に晒され、ついに核になっている宝玉が露出する。
泥の身体と核の接続が切れ、外部の情報が遮断される寸前に。
雨が止んだ。
薄い雲間から光が差し込み、青い空が垣間見える。
そこで、ソレは見た。
ほんの一瞬だが、ソレは見ることができたのだ。
* * * * *
「お前はまた外に出たのか」
再度形作られた泥の塊―クレイゴーレム―は、創物主の声を認識した。
ずんぐりとした身体を動かし、ゴーレムは肯定の意思を伝える。
「ゴーレムよ、わかっているとは思うが貴様の身体は泥土で作られている。
大量の水に、とくに雨などに濡れたならどうなるかわかっているだろう?」
もう何回目だ。と彼は頭を振った。
「次に溶けたらもう知らないからな」
そう言って大きな泥土の身体を叩き、創物主の男は立ち去っていった。
そして一人残ったゴーレムはのそりと動き出す。
冷たい石造りの廊下を進み、自分に課せられた命令を遂行するために。
ここにいるクレイゴーレム達に課せられた命令、それは園庭の管理である。
泥土で作られたゴーレムは植物に良い作用をもたらし、身体が崩れても樹木を傷つけない。
そして侵入者が入ってきても、簡単に追い返すことができる。
実に使い勝手のいい従僕であった。
殊更ここの主は化学を専門とした錬金術を生業としており、大きな園庭の世話をしたり守ったりができる存在は必要不可欠である。
そのために何体ものクレイゴーレムが存在する。しかしその中の一体だけが昔から奇妙な動きをするのだ。
多くのクレイゴーレムは雨が降ると軒下に、あるいは屋内に避難する。
そういった命令を受けているし、自己保存の機能として身体が崩れることを防ぐためだ。
だが、たった一体だけ、先代の主の頃から起動している古いゴーレムだけが。
雨の中に出て行くのだ。
軒下から飛び出し、屋内から飛び出し。
まるで雨を待ち望んでいたかのように、そして渇ききった喉を潤すかの如く雨にうたれる。
ただただ立ち尽くす、風雨の中で己の身体が溶けようとも。
どうしてそうするのかは誰にもわかっていない。
なぜならゴーレムは言葉を発することができないからだ。
そのため主が命令を下すことはできても、それを正確に認識したかどうか。
それを判断することは難しい。
だから、なぜそのクレイゴーレムが雨の中に出て行くのか、自分の身体を顧みずに雨に濡れるのか。
誰もわからない。
* * * * *
あめがふれ、あめがふれ
おのれはそれをまちのぞむ
むかしみた、かつてみた
あのきれいなひかりを、もういちどみたいのだ
あのしゅんかん、うつろだったおのれにかたちができた
しろくろの、ものくろうむのせかいに、しきさいがあふれた
そしておのれは、せかいをしった
しんりをしった
なにをすててもでも、あれがみたい
またみたい、なんどもみたい
あのうつくしきしきさいを
* * * * *
泥土の塊は何度も打たれるだろう。
己の求める欲望に突き動かされて。
自己崩壊を顧みず、雨の中に繰り出して溶けていくだろう。
しかし、ソレは幸せだ。
ただ動く土塊だったソレに、色が溢れた。
二色、五色、七色と、空虚だった中に溢れかえった。
ソレはこれからも続けるだろう。
何度とろけようと、何度崩れようとも。
虹を見ることはきっと、ソレにとって蕩けるような快楽なのだから。




