友達の概念とその定義
ホームルームから逃亡した私は担任の雲雀先生に叱られ、更に中間登校日に来なかったことも詰められた。
形だけの謝罪をすれば、見透かしたかのようにため息をつく雲雀先生。
「雨宮はさ、このままでいいワケ?」
「・・・」
私は、雲雀先生があまり好きではなかった。
先生はいつも、眼鏡の薄いレンズ越しに私を睨み付けてくる。多分先生は睨み付けているつもりはないのだろうけど、私がそう感じてしまうのだ。
「俺はお前にも高校生活を楽しんで貰いたいと思っている。担任としてだけじゃなくて、いち大人としてだ」
「・・・はい」
「友達を無理に作れとは言わないが、いないよりいたほうがいい。佐々木以外にもな」
「は?」
項垂れていた私は、先生の言葉を聞いた瞬間に弾けるように頭を上げてしまった。
私と佐々木が、何だって?
「あの・・・佐々木は別に、友達ではないんですけど」
「えっ?」
私の小さな声を全て拾った先生は、うーんと唸って顎に手を当てていた。
「あの・・・そもそも、友達ってなんですか?」
「・・・深い質問だなー。哲学的な話は俺、無理だわ。俺は化学の先生だからね」
先生はパソコンで【友達】と検索し、検索結果を読み上げた。
「互いに心を許し合って、対等に交わっている人。一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人。だって」
「私と佐々木は心を許し合ってないです」
「心を許し合うっていうとなんか壮大だよな。急に友達のハードルが上がったわ」
私はハッとした。
私に、友達になろうと言ってくれた黒須くん。私と心を許し合おうとしてくれた黒須くんにちゃんと返事をしないまま、私は教室を飛び出してしまった。その上佐々木のせいで、断ったみたいな雰囲気になった。私の態度が黒須くんを傷つけてしまった気がして、私は急に背筋が冷たくなってしまった。
「・・・し、失礼します」
「え、このタイミングで帰るの?まあいいけど・・・」
職員室を飛び出し、私は急いで教室へ向かった。
黒須くんが教室に残っている可能性は低いが、走らずにはいられなかった。
今日は走ってばかり。普段の私からは考えられない運動量。反動で明日はベッドから動けないかもしれない、さっき雲雀先生に明日学校休みますって言っておけばよかったわ。
私は勢いよく教室の扉を開いた。
「!うっわ、びっくりしたなぁ」
「お、雨宮さんおかえりー」
誰もいなくなった教室の中、佐々木と黒須くんが向かい合って座っていた。
「な、な、なんで・・・」
「雨宮さん帰ってくるの待ってたんだぜー」
「クロが待とうって言うから」
私は教室のドアにもたれ掛かり、荒くなった呼吸を整える。
私は胸に手を当てて深呼吸をし、出来るだけボリュームを上げた声で言葉を紡いだ。
「く、黒須くん、私と、心を許し合う仲になってくれないかしら?」
「えっ」
「え!?」
黒須くんと佐々木の声が見事に重なった。
何故か赤面する黒須くんと、焦ったような表情をする佐々木。
私、何か変なこと言ったかしら。
「あ、雨宮、それってどういうこと?」
「佐々木には関係ないでしょ」
佐々木を押し退けて、私は黒須くんの前に立つ。黒須くんの黒々と輝いた瞳を見ると緊張で体が固くなるので、目を合わせることは出来ない。
顔は熱いし、もう頭は沸騰しそうだった。
「黒須くん、ダメかしら?」
「だ、ダメって言うか、その、え、俺?い、いつから俺のことそんな風に・・・」
「さっきよ」
「さっき!?」
黒須くんは目を左右に泳がせ、魚のように口をパクパクと動かしている。
黒須くんの方から友達にならないかと言ってくれたのに、今の動揺っぷりを見ていると、やはり私に落ち度があって傷つけてしまったのだろう。謝らなければ。
「ごめんなさい」
「えー!今度は断られた!?俺、告られてフラれた!?」
「ブフッ!」
突然佐々木が吹き出した。肩を震わせながら笑いを堪える佐々木を凝視する黒須くんと私。
「・・・なんで笑うの?」
「ごめん、余りにもすれ違いが面白くて。つまり雨宮は、クロと友達になりたいってことだよな?」
佐々木の言葉を聞いて、私は何度も頷いた。
「え、そうなん?」
黒須くんは体から力を抜き、椅子にしなだれた。
「告白かと思ったー!ていうか心を許し合う仲ってなんだよー」
「雲雀先生が友達を検索してくれたら、そう書いてあったって・・・」
「ヒバセンー!!」
叫び声を上げる黒須くんと、まだ笑っている佐々木。
私は2人の感情の振れ幅についていけず混乱をしたが、言いたいことは多分伝わっているはずである。
「なろうなろう、友達!俺と雨宮さんは友達。な?」
柔らかい笑顔で私に笑いかける黒須くんに、ぎこちないなりに私も微笑み返した。久しぶりに頬の筋肉を上にあげた気がする。
「・・・私、友達出来たの初めて」
「え、佐々木と友達じゃないの?」
黒須くんの言葉に、私は首をかしげた。
どうしてみんな、私と佐々木を友達にしたがるのだろう。むしろ、天敵だと思っていたのだけれど。
何の気なしに佐々木に視線を向けると、佐々木は私のほうをしっかりと見ていた。色素が薄い茶色の瞳は澄んでいて、私の心の内まで見透かしたような気がしてしまう。
「俺と雨宮、友達なの?雨宮が決めてよ」
えー。
ここは友達じゃないと言うべき?でもそう言ったら佐々木は傷つくのかしら。
混乱して首を左右交互に倒す私を見て、佐々木は不満そうに口を一文字に結んでいる。
「・・・」
「・・・」
私も佐々木も一言も発しない。無の状態である。
痺れを切らした黒須くんが、「友達ってことでいいだろ!」と叫ぶまで、私と佐々木は睨み合ったのであった。