私刑確定
夏休みが終わってしまった。
学校が特別好きな人種以外、そう思うのは当然だと思う。ましてや、学校に友達がおらず、人と話すより机に額をつける時間が長い私が夏休み明けを残念に思うのは自然なことである。
灼熱地獄での拷問、もとい体育館での始業式を終え、教室に戻ってきた私はすぐに机と額を一体化させた。
「それでさー、ハワイすごく楽しくって!」
「部活ばかりだったよー、羨ましい」
「私は引き込もってゲームしてたよー」
夏休み前と同じく、賑わう教室内。
クラスメイトと比べたら、私の夏休みなんてつまらない物だろう。私なんか、家族で北海道へ旅行に行って、お盆は親戚と一緒におばあちゃんの家に泊まって、映画を山ほど見て、家族と花火大会に行って・・・あれ、かなり充実してたわね。
教室内の空気と化し、微動だにしない私の頭上から突然聞きなれない声が聞こえた。
「雨宮さん」
「・・・」
「おーい、雨宮さん。寝てんのか?」
この声、誰かしら。
私は緊張で体が強ばり、返事をすることができなかった。
「クロ、何してるの?」
この声はわかるわ。佐々木だ。
佐々木がクロ、と呼んだということは、私に今話しかけている人物は恐らくクラスメイトの黒須くんだ。
なおさら、なぜ全くといっていいほど関わりがない黒須くんが私に声を掛けてきたのだろう。
「あ、佐々木。先生が雨宮さんを呼んでって言ってたから声かけたんだけど、寝てるっぽい」
別に寝たふりをしているわけではないけれど、気まずくて今更顔は上げられない。用件は分かったので、このまま無視を決め込もうとしていたが、佐々木の一言で私は呼吸すら止めてしまった。
「雨宮は寝てないと思うよ。ね、雨宮?」
「・・・」
絶対に顔を上げないでいようと体に力が入る。
私は寝ている、寝ているということにしてほしい。
「雨宮?」
「いたたたた」
あろうことか、佐々木は私の後頭部を鷲掴みにして無理矢理顔を上げさせてきた。
こいつ、セクハラを通り越して傷害罪である。誰か逮捕してくれないかしら、無期懲役で頼みたい。
「ほら、起きてる」
私の眼前には唇が弧を描いている佐々木と、大きな目をきょとんとさせている黒須くんがいた。
「・・・無視して、ごめんなさい」
「え?なんて言った?」
高速かつ最小限の音量で喋った私に対し、黒須くんは耳に手を当てて聞き直してきた。
空かさず、佐々木が通訳に入る。
「無視してごめんなさい、だってさ」
「よく聞き取れるな、佐々木」
「雨宮、先生が雨宮のこと呼んでいるって」
「え、何、佐々木って雨宮さんの通訳か何か?」
私が一言も発していない横で、漫才のようなテンポの会話をする2人。
用件を聞き終わり、再び突っ伏そうとすると、佐々木がまたもや後頭部を掴んで来た。
「雨宮?」
「いたたたた」
もう許さないわよ、この男。何度も乙女の頭を鷲掴みにするなんて。私刑確定よ。今すぐ上履きに牛乳をかけてやりたいわ。
「はやく、職員室に行きなよ。先生、待ってると思うよ?」
「っ・・・言われなくても、あなたが後頭部を離してくれたらすぐ行くわよ」
私の後頭部を掴む佐々木の腕を掴んで、善人の皮を被ったその男を睨み付けた。
私と佐々木のやり取りを見ていた黒須くんは、小動物のように小首をかしげてこう言った。
「佐々木と雨宮さんって仲いいんだ。知らなかった」
「仲良くないよ」
「仲良くないわよ」
同じタイミングで台詞を被せてきた佐々木を、更に鋭い目付きで睨み付ける。黒須くんの耳に届いていたのは、佐々木の声だけかもしれないけれど。
こんな男と仲良しだと思われるのは、本当に心外だわ。むしろ敵よ。
「ふーん」
含みをもたせた笑顔で、黒須くんは私と佐々木のことを交互に見ていた。
そして次の瞬間、私にとってとんでもない爆弾発言を投下してきた。
「雨宮さん、オレとも友達になってくれね?」
可愛らしく目を輝かせる黒須くん。
私はポカンと口を開けて、黒須くんを穴が空く程見つめてしまった。
「ダメなかんじ?」
あざとく唇を尖らせた黒須くんは、その辺の女子では太刀打ちできないほど可愛らしかった。
これは、私の高校生活においてかなり衝撃的な出来事である。
私に友達が出来てしまった。
「・・・わ、私でよければ喜んで」
「え?なんて言った?」
黒須くんは耳に手を当てて聞き直してきた。デジャヴ。
ただ1つ違ったのは、佐々木の通訳が間違っていたことである。
「別に友達はいらない、だってさ」
「そ、そんなこと言ってないわっ!」
あ、しまった。
そう思ったときにはもう遅かった。
私は自分が予想しなかったほど大きめな声を出してしまい、教室中が静まり返ってしまった。
「・・・っ~!!!」
向けられたたくさんの視線に堪えきれず、私は顔に太陽がくっついたと勘違いするほど熱くなり、逃げるように教室を飛び出してしまった。
最低、最低、最低!
私は視界が潤むのを感じた。
だれか、佐々木を殴ってほしい。