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真昼の夜空

「わざわざ有難うね、具合は悪くないわ。クラスには馴染めてないかもしれないけど、別に困ってもないし、学級委員の佐々木くんは気を遣わなくてもいいのよ」


 この女、腹立つな。

 それが俺の雨宮に対する率直な感想だった。



 雨宮は同じクラスの“ヘンナヤツ”。影が薄くて、人付き合いが悪くて、いつも長い髪をだらだらと顔や肩にまとわりつかせて、顔も正直思い出せないような、そんなヤツ。そんなに深く関わりたくもないし、正直興味もなかった。

 しかし、俺は担任の一言によって半強制的に雨宮と関わらなければいけなくなったのだ。


「佐々木を学級委員と見込んで頼みがあるんだが。雨宮、ちょっとクラスに馴染めてないんだよなぁ。お前、声でも掛けてやってくれないか?」


 この男、面倒くさい。

 それが俺の担任に対する率直な感想だった。

 高校生にもなってクラスに馴染めないヤツに声を掛けろ、と。クラスに馴染めないのか馴染まないのか、そこは図りかねるが、どちらにせよ面倒な案件であることには違いない。

 こういうときははっきり断らなければならない。いくら俺が勉強ができてクラスの人気者だとしても、嫌なことは嫌と言わなければならないのだ。


 いいえ、それは出来ません。

「はい、わかりました」


 俺の心とは裏腹に、俺の勝手な唇は弧を描いていた。

これが、六月半ばの出来事である。

 そこから俺は密かに雨宮監視員と化した。学級委員ならば仕方ないと腹をくくり、雨宮の様子を毎日さりげなく探った。

 一か月もたたないうちに、俺は一つの結論に至った。雨宮には、友達がいない。

 予想通りといえば予想通りであった。休み時間にスマホを弄り、友達とはしゃぎ、自撮りをして女の子ごっこを楽しむ、そんな女子クラスメイトとは対照的に、休み時間には机に突っ伏し、一人でだるそうにし、息を殺して透明人間ごっこを楽しむ、それが雨宮だった。

 そしてもう一つ、重大なことに気づいた。授業中以外は雨宮の声を聴いたことがない。それもぼそぼそとした呪詛のような発言のみで、マイクの電源を入れ忘れたのか?というような気持ちになるような、むず痒いものだ。

 俺は思った。これは想像以上に面倒くさくないのかもしれない。雨宮はそもそも、人と交わることを好んでいないように見える。

 適当に話しかけて、私のことはほっといて、なんて中二病みたいな言質だけとって、それでおしまい。俺の中で計画が立った瞬間だった。それも、夏休み直前に話しかけよう。そうすれば、夏休み期間で雨宮と俺が話したことすら有耶無耶になって、知らぬ存ぜぬ我関せずで新学期を迎えられるだろう。

 期末テストを終え、ホームルームを終えた瞬間にそのときは来た。


「佐々木、これからカラオケ行こうぜ」


「うん、少し委員長としての仕事があるから、それを終えたら合流するよ」


 はしゃぐクラスメイトを見送り、俺は教室に残った。先ほどから机に突っ伏して微動だにしない、この死体のような女に声を掛けるためだ。

 雨宮はいつものように長くて黒い髪を机に垂らしていた。腕に顔を押し付けるように伏せているため、髪がカーテンのように顔を覆っていて、表情は見えない。

 俺は教室の真ん中近くに席を有しているが、雨宮は窓側の一番後ろという良ポジションの主。こうして距離が離れているせいか、雨宮は俺の気配には気づかないようだ。

 しばらくは静寂が空気を覆っていた。

 俺も動くことなく、雨宮の長い髪をただ見つめていた。雨宮の長い髪は一見手入れをしていなそうに見えたが、それは気のせいだったようだ。窓から入る日差しが雨宮の髪の毛を照らすと、艶やかな髪に光が散って、キラキラとまるで夜空のように輝くのだ。

 少しだけ、俺の胸の鼓動が速くなった。

 もしかして、雨宮には何か人と関係が築けない特別な理由でもあるのだろうか。夏なのにカーディガンを着ているのにも、なにか理由があるのかもしれない。実は持病があるとか。

 俺の頭は自分の様々な推測でいっぱいになり、それと同時に少しの罪悪感が沸いた。

 もしかしたら、俺の思う、ただの暗い女というイメージは間違いなのか。

 俺はたまらなくなってなるべく音を立てないようにしながら席を立ち、雨宮に近づいた。その瞬間、雨宮がゆっくりと顔を上げた。髪もゆっくりと持ち上がり、輝く黒が揺れる。それはまるで光が星屑になって空を滑るようにも見えた。


「あ、やっと起きた」


 突然雨宮が動いたことに内心驚きであったが、自分でも驚くほど落ち着いた声が出た。本当に、俺の唇は俺の意思を無視するようだ。

 雨宮は大きな音を立てて椅子ごと後ろに下がった。

 なんだ、思っていたより元気な女の子だ。顔も思っていたより整っている。暗いイメージはやはり髪にあったのかもしれない。しかし、それも今の俺からしたら負の要因ではなく、綺麗な物のように思えた。


「ごめん、びっくりさせたね」


「・・・佐々木くん、なんでいるの?」


「雨宮、ずっと突っ伏してるからさ、具合悪いのかなーって思って」


 初めてまともに雨宮の声を聴いた。呪詛以外にもはっきりしゃべるということもできるらしい。

 少しだけ、雨宮に興味を持った。友達になれるかもしれない、そう思った。

 

 そして、冒頭に至る。

 衝撃的だった。俺が思っている暗い女というイメージはやはり間違っていた。むしろ、そのイメージのほうが良かったのかもしれない。

 雨宮に見えたあの真昼の夜空も、俺の錯覚だったかもしれない。白昼夢。そういうことにしておこう。


 俺は、雨宮が嫌いかもしれない。



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