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空にトビウオ

 夏の期末テストが終わった。

 フィニッシュじゃなくて、ジ・エンドの方かも。

 はぁ、と大きなため息を吐き、視線を窓の外へと向ける。嫌味なくらいの青空と、夏だ!と言わんばかりの真っ白な入道雲が爽やかすぎて眩しくて、私はまた黒板へと目を戻した。


「明日から夏休みだが、高二の夏はな・・・」


 担任のつまらない話が始まる。

 ああ、明日からつまらない夏休みだ。私は夏休みが大嫌いよ。

 期末テストが終わった開放感と夏休みへの期待感でクラスは騒々しく、私の大量のため息はかき消されてしまう。先生からの注意が終わり、号令をかけるころにはクラスメイトのボルテージは最大まで上がっていた。


「ねぇ、この後カラオケ行かない?」

「お盆はハワイいくのー!」

「部活の大会があるからなー」


 たくさんの知りたくもない情報が空気中を飛び交い、私は机に突っ伏した。私に声をかける人などいない。

 だって、私は“ヘンナヤツ”なんだもの。雨宮はヘンナヤツで、今時黒髪ロングで長い前髪で、夏なのにロングカーディガンで、帰宅部で、友達がいなくて、いつも突っ伏しているって、言われているんだもの。

 クラスから全員がいなくなるまで、私はピクリとも動かなかった。何分突っ伏していたかわからない、顔に下に敷いた腕が痺れてきて、ゆっくりと顔をあげる。


「あ、やっと起きた」


 突然頭上から声がして、私は弾けるように椅子ごと後ろに下がった。私の机の前に立っていたのは、同じクラスの佐々木くん。クラスが同じになったのは今年からで、しかも挨拶しかしたことのない、学級委員の佐々木くん。


「ごめん、びっくりさせたね」

「・・・佐々木くん、なんでいるの?」

「雨宮、ずっと突っ伏してるからさ、具合悪いのかなーって思って」


 柔らかく笑う佐々木くんに、私の心には急に黒い靄がかかった。

 優しくてお勉強もできて、みんなに人気の佐々木くん。きっと担任の先生が佐々木くんを呼び出して、こう言うの。

 雨宮がクラスに馴染めない。少し様子を見てきてくれないか。


「わざわざ有難うね、具合は悪くないわ。クラスには馴染めてないかもしれないけど、別に困ってもないし、学級委員の佐々木くんは気を遣わなくてもいいのよ」


 厭味ったらしい私の物言いに、佐々木くんの表情が固まる。

 きっと、夏のせい。私がこんなに厭味を言ってしまうのも、苛々するのも、全部夏のせい。

 佐々木くんとの間にある沈黙が重い。佐々木くんはじっと私の目を見ていて、その瞳からは感情が読み取れなかった。私も佐々木くんの瞳から目を逸らすことができない。二人で見つめあうという恋人同士だったら素敵なシチュエーションなのに、今はただ息が詰まる。

 先に沈黙を破ったのは佐々木くんだった。


「・・・雨宮って、トビウオ、知ってる?」

「は?」


 あまりにも唐突な質問に、思わず素っ頓狂な声が漏れる。


「知ってるけど。バカにしているの?」

「トビウオってどれくらい飛ぶか知ってる?」


 佐々木くんの目が嬉しそうに細められる。

 掴めない。佐々木くんが何を考えているのか、どんな心境なのか。


「・・・それは知らないわ。トビウオと私がなんの関係があるの?」

「トビウオってね、四百メートルも跳ねるやつがいるんだって。もう、そこまできたら本当に空を飛んでいるようだよね」

「・・・だから?」

「空にトビウオだね」


 私の質問を華麗に無視し、自分勝手に話を進めていく佐々木くん。普段の学級委員の佐々木くんとはまるで別人のようで、私は混乱していた。

 ただ、佐々木くんが口にした空にトビウオというフレーズが、私の心に刷り込まれた。

 空にトビウオ。

 この青い青い大空、もくもく膨らんだ入道雲、そこを自由に駆け回るトビウオ。

 この窓から見る景色が急に水族館の水槽の一つになったみたいで、私の心がとくんと跳ねた。


「・・・佐々木くん」

「なあに?」

「私、トビウオ、知っているけど見たことないの」

「はは」


 佐々木くんがいたずらっぽく笑う。きっと彼はこの次にこう言うのだろう。

 じゃあさ、水族館に、一緒に見に行こうよ。

 私は期待に胸を躍らせ、佐々木くんの輝く瞳を見つめた。つまらない夏休みがきっと楽しくなる。嫌いな夏のことも、好きになれるかもしれない。

 佐々木くんの唇が弧を描き、彼の少し甘くて優しい声が私の耳に届く。


「図鑑とかで調べれば?水族館に一緒に行こうなんて言わないよ。俺、厭味っぽい女と一緒にいたくないし」

「え」

「・・・ていうか高二にもなってトビウオみたことないとか大丈夫?やばくない?普通に引くわ」


 それじゃ、と言い残して佐々木くんは颯爽と教室を去った。暫くは身動き一つとることができなかった。数分後、私は黙って席を立ち、荷物をひったくるように掴んで、ツカツカとドアまでむかった。

 

 ああ、無理、やっぱり夏なんて大嫌い。そして佐々木も大嫌い。




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