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新宿区中野エリアにあるとある小さな公園は赤色灯と制服で賑わっていた。
入電午前4時48分。
その通報は管内の警察署各局にけたたましく鳴り響いた。
警察が到着した時には人影はなく、敷地のすぐ外で第一発見者となった通報者にいち早く交番の巡査部長が聞き取りを行っているだけだった。まずは鑑識が公園の四方を封鎖し、血液反応と現場写真を納めに現場に入っていく。
所轄の刑事が現場を視察してすぐに退け、鑑識の邪魔なにならないようにとパトカーと現場の中間ほどの距離となる公園内でああでもないこうでもないと話している。
そこに、一台の覆面パトカー、セダン車が到着した。
「あ、中野署の皆さんだ」
降りてきた無精髭で無精頭、シケモクを咥えたジャンパーが無作法にひょいと片手を上げて挨拶する。
「なんだって公安なんぞが出張るんだよ」
「そんな、目くじら立てないでくださいって」
「うるせぇ。またヤマかっさらってくのかよ?」
「いや仕方ないじゃないですか。こっちも上からの命令ですし。それに、聞きましたよ?大量の血痕だけで、凶器も遺体もないって。そうなったらこれ、M案件の可能性を検討せざるえないじゃないですか?」
無精髭は、所轄の担当刑事が彼にぼやくように、うんざりしているという雰囲気を醸し出しつついう。
「ったく…そうかお前、13課の悠岐か」
「どうも」
と、おどけながら答えて、警察手帳を開示する。
「こんな面倒そうなヤマ、こっちで引き受けますよ。申し訳ないんですが、引き続き大量失踪の方、よろしくお願いします」
「そっちも公安が出張り始めてんだよ。しかも陰気くせえやつらがな」
「あたー。それは、すみません」
「まあいい。なんかわかったら教えろ。もし本当にM案件なら俺らにゃどうしようもねぇしな。だが、そうでなかったらその時はこっちの領分だ」
「もちろん。承知しております」
けっ、と続けて一言だけ嫌味を吐き出して、担当の刑事は現場を出ていった。
「さって、と」
加えたシケモクを携帯灰皿に処理しつつ所轄を視線だけで見送って、支給された紺色のジャンパーの胸ポケットから携帯端末を取り出す。
「七那无ちゃん、出てきていいよ」
受話を確認して一言告げてすぐに切ると、先ほど悠岐が降りてきた覆面パトカーのセダンからもう一人降りてくると、足早に悠岐につめよって、
「なんですか七那无ちゃんって!?気持ち悪いですやめてください!」
「ははは、わりーわりー」
特に悪びれた様子もなく返す悠岐。
「軽口叩くのもほどほどにしてください!現場ですよ!」
「悪かったって、そう怒るな、菜山」
「まったく…」
悠岐はまだ肩が怒っている部下の菜山をいなしながら、ポケットから手袋を取り出して嵌め込む。
「さて、拝みに行きますかね」
「了解です」
菜山もまた同様に手袋を嵌めながら、歩きだす悠岐に続く。
「お疲れ、橘くん」
血痕があるあたりらしい、トイレと植え込みの陰になっている場所に鑑識が詰めていて、現場全体の写真を撮っているらしい人間に一声かける。
「あ、悠岐さん。お疲れ様です」
「おっす。結局、初見通りに凶器も遺体もなしか」
「遺体は、ご覧の通りありません。ただ、ざっと見てみた感じでは、なくなったとか痕跡を残さなかった、という感じではなくて、元々遺体なんて存在しなかった感じですけどね」
「存在しなかった?」
話し込み始める悠岐と橘鑑識官を置いて、菜山は他の鑑識に混じって現場を観察し始めた。
「ええ。今ドローンも使って一番可能性の高いそこの川を取り敢えず上空から探ってるんですが、多分凶器も遺体も出ないかと」
「それは…」
悠岐は問いかけつつ数歩移動して、血痕のあるあたりを覗き込んだ。
「この固まり方、やっぱり…」
「ええ。さすが、悠岐さんは見慣れてますね。ご想像の通りでしょう、闇血です」
「だろうな」
「悠岐先輩」
悠岐と橘の会話に割って入ったのは、菜山だ。
「この闇血、一般的には致死量だそうです」
「そう、か。でも遺体はない」
「はい。となると、VM偏差が高数値のマギフォイアのものかと」
「これだけ流血して移動してるか。乾燥具合からみて、流血後どれくらいだ?橘くん」
「そうですね…最低でも3時間前。もっと前かもしれませんが、5時間は経ってませんね」
悠岐は顎に手を当てて思案する。
「これだけ血流してたら嫌でも衣服に付着するよな。周囲の聞き込みはまずそっちからだな」
「とはいえ、13課は私と飄護さんだけですが…」
「……チッ。あの文鎮め」
飄護がこぼす。菜山も橘も、この文鎮という言葉が彼の上司を指すことは知っているが、あまりにも言い得て妙な表現に諫めるでもなく笑うでもなく閉口した。
「…剥がれた床ごまかすために一番重い課長のデスクを乗っけたからって、文鎮…」
「ダメだ、笑えてきた」
肩を震わせ始める菜山。
声に出始めた橘。
キョトンとする飄護。
「そのまんまだよ。現場にもでねーしな」
「ドンピシャすぎますって、悠岐さん」
「絶対署でそう呼んじゃダメですからね」
賞賛とダメ出しが飄護のところに飛んできたが、話題を変えて受け流す。
「今聞き込みしてる所轄なんざいねーよな。こっちで引き取って帰っちゃったし」
「ええ。所轄はゼロですね」
菜山が見渡して答える。鑑識数名以外は飄護、菜山の二人だけだった。
「したくねーけど了解。橘くん、公園の立ち入り規制は、闇血の付着した地表面とか終わったらここだけに縮小しといて。あと、地表サンプル、1センチ四方ばかり預かっていいかな」
「また灰聖大学ですか?」
「ご明察」
「鑑識としてはあまり気持ちいもんじゃないですが、仕方ないですね。おーい」
血液反応を採る作業をしていた鑑識のスタッフに橘が声をかける。血液の付着した地面のうち、中心部と外枠の中間部分の1センチ四方切り取って保管用容器に入れるよう指示を出すと、すぐに取り掛かった。
「複数の見地、ってのは、ここ最近身に染みてますし」
「さすが橘くん。日々是勉強、ね」
「悠岐さん似合わなさすぎですよ、そのセリフ」
「でも、時々参考にはなるだろう?」
「確かに、それは認めます。闇血の分析はなかなか結果が安定しにくいので、複数の環境でデータが取れるのは、今後の誤差修正の推測値の絞り込みにも効果的ですし。ただ…」
「やっぱ鑑識以外ってのが気に食わんか」
「なんとなくですけどね。しかも大学の研究室って。闇血アンプル作ってる企業とかならまだ分かるんですけど」
「黄巾技研?あそこは根っからマギフォイアの一族だからな。もし万が一なんかに関わっててデータ改竄なんかされたらたまんねーし」
「その可能性は捨てきれませんけどね…」
すると、先ほど橘が指示を出した鑑識が戻ってきた。
「はいどうも。…どうぞ」
橘は一瞬目視でサンプルに問題がないことを確認してから、悠岐に渡す。
「はいどうも。菜山、戻ろう」
「あ、私はもうちょっと現場見ていきます。一応、ドローンの結果も待ちますので」
「そうか、了解。んじゃ橘くん、菜山よろしく」
「戻るんですか?」
「いや、菜山残るんなら、このまま灰聖大行ってくるわ。どうせ泊まってるだろうし」
「じゃあ、終わり次第ですけど、菜山さんは送っていきますね」
「よろしく。あれ?お前らまだ付き合ってないんだっけ?」
「まだって何ですかそんなことはありません」
飄護の軽口に菜山が冷徹で素早い口調で返答する。橘が声を挟む余裕はなかった。
「あー」
橘が返答に詰まっていると
「そうか。橘くん、日々是戦闘」
「は…いじゃない何でそうなるんですかっ」
菜山とは打って変わってむきになる橘。
ちんたらしてるとあっという間にババアになるぞ、と言いながら受け取ったサンプルを内ポケットに仕舞いこんで、片手をひらひらと閃かせてあいさつし、菜山の抗議を無視して飄護が乗ってきた車でこの場を離れる。
「…あの人のどこがいいの」
「うっさい黙れ仕事しろ」
「はい」