162.神様の望んだ神様4
そうして最後の一人が窓から落ちていくのを眺め、ホマーシュはようやく剣を床へと刺して身体をそこに預けた。血だらけの部屋というのは普通ならあり得ない光景でも、今となっては見慣れたものだ。この色で心を動かされることもない。もしそれがあるとするなら、つい先程までは思いもしなかっただろうが――見知った顔の人間が血を流した時だろう。恐らく自身の血ですら動揺など一切しない自信があろうとも、あの『三人』の血が流れるのはどうしても耐えきれない気持ちがあった。
「これでいいだろう……アインズ」
彼を、正確にはスティーブを含む全員の人間を抹殺しようとしていた連中をホマーシュは全て斬り殺したのだ。
相手は殺しの訓練を受けている軍人だ。いくらホマーシュといえどそこここに手傷を負い、これ以上動くのは億劫だった。特に左腕から流れる血を放っておくのは良くない。すぐに止血しなければならないだろう。
「ははっ……何をやってるんですかね、僕は」
ケープ市に来てから今までろくなことがなかった。何もかもが上手く行かない。ケープ市長を殺し、その一家を葬ったところで止まってしまったのだろう。
(そう、止まってしまったんだ)
それ以上何をしようとしても、全く上手く行かない。まるで神の手がそうでもしているかのようにホマーシュの行動を制限する。無理に抗ったところで、どうせハンスのような奴が立ち塞がって道を阻んでしまう。
しかし不思議なことに、今日はたった一つだけ上手く行ったことがあった。
皮肉なものだと、ホマーシュは頭を垂れる。汗が一滴だけ垂れていくのを袖で拭ってから廊下の方へ目を向けた。
「上手く行くときは、誰かを守るときですか」
(そんなの……一度もしたことがないのに)
慣れないことをするから、仮に上手く行こうともこうして怪我を負ってしまうんじゃないか。ホマーシュはおちおち休んでいられない状況を呪いつつ力を込めて立ち上がった。
壁に背中を預けてそっと窓から外を覗く。すぐにどこに誰がいるかを把握し、連中が本気で自分を殺そうしているのを肌で感じ取った。もしかしたらスティーブやハンス、その他に向けられていた連中が全て自分を殺す為に集められているのかもしれない。
(ちょうどいい)
その為にここの連中を皆殺しにしたのだ。今現在このケープ市において尤も危険な人間が誰なのかを思い知らせる為に。
血が足りない所為で全力で動ける時間はあとほんの僅かだろう。それでも相当数を始末できる自負もある。決して過信ではなく、事実としてその実力がホマーシュには備わっている。それでも全ての連中を殺すには至らないだろう。
「さて、行きましょうか」
もし死んだとしても天国には行けないだろう。
(彼女のところには行けませんね)
それも仕方ない。それだけのことをしてきたし、そもそも天国逝きを望んで生きてきたわけでもない。
(……ああ、そうか)
七年以上前、似たようなことをしてきた思い出があった。火事によって行き先を塞がれた建物内、混乱する大人達、怒号と悲鳴が混ざり相殺し、混沌とした恐怖の坩堝の中にあった場所で、似たようなことをした。
当時のアインズが先頭を行き安全を確保する中、自分は何をしていたか。
(そういえば……あの時も、僕は)
みんなの代わりに、施設で辛うじて生き残り捕まえようとしてくる大人を殺してみんなの目を自分に向け、そうして彼らを助けようとしたではないか。
(はは……あの時から人殺しだったわけですか)
七年の歳月は長かったようで、実は短い。
その間に成長をしただろうか。変われたとしても変わりすぎてしまってはないだろうか。
「変わりすぎてしまったかもしれません。もう戻れないのだから」
巨大な剣を両手で持ち、それを垂直に立てて眼前に構える。
「ならば、今からでも僕は僕でいようではないですか」
ゆっくりと開く扉へ向けて、ホマーシュは容赦も躊躇いもなく、ただ殺意だけを向けて走り出した。