161.神様の望んだ神様3
「……はぁ……」
銃を握っているものの市民を殺してはならないという使命感だけで気力と正気を保っていたスティーブだったが、しかしそろそろ限界が見えてきていた。
他の同僚も同じだ。もし殺そうと思えばもちろん銃の扱いを知る刑事のほうが彼らより数段有利だろう。――それも数の差がなければ、なのだが。
警察の建物の奥に追い込まれたのは数が圧倒的に足りない刑事達のほうだ。刑事ではない他の課の警察官も協力してくれたものの、それでもやはり足りない。まさに数の暴力だ。既にその圧倒的な力に飲み込まれ同僚の一人か二人は死んでいてもおかしくはなかった。しかし仲間の数を確認している余裕もなく、とにかく防衛一方に全力を尽くしていた。
(ここまでか……!)
自分の死すら覚悟しなければならない。
市民を守るどころか、その市民に殺されるなどなんていう皮肉か。スティーブはせめて最期に煙草の一本でも吸うかと懐へ手を伸ばしたところで内ポケットに入れたその指が何も触れないことに少しだけ驚く。
「ち、どこかに落としたか」
ただ一つの娯楽すら許してくれないらしい。
(俺に憑いてる『女神様』にトコトン嫌われたか)
幸運をもたらす女神様とやらがいるなら一度は逢ってみたいものだと苦笑しつつ、スティーブは右手に握る銃に額をつけた。あまり撃っていない所為で熱を持っていないそれも、もう使うことはないだろう。念のために弾の数を確認し、ついでに補充もする。曲がり角に飛び出して銃を構えた途端、市民による一斉射撃が襲ってくるだろうか。あるいはそこらの部屋に飛び込んで窓から飛び出し、狙撃してくる連中に向けて一発でも撃つか。何にしろ死は免れない。
そんな誰も彼もが諦めていた時だった。
声が止んだ。
誰の声も聞こえなくなっていた。
「……?」
思わず隣の同僚に目をやると、彼もまた不思議そうに首を傾げていた。市民の数は数十、あるいは百を超えていただろうに、それらの声が一斉に止んだのだ。
「何が……」
そっと曲がり角から先の廊下を覗く。
「……倒れている?」
市民達が軒並み倒れていた。まるで死んでいるかのようで、ゆっくりと彼らに近づいて触れてくる。
(生きてる。いや、寝てるのか)
これだけの人間が理由もなしに一斉に眠りこけてしまうなどあり得ない。
(まさか……テース?)
彼女が何かをしたのだろうか。
死神が、死以外の何かをしてしまったのか。
「……まさか」
スティーブの手が強く握られる。それこそ手に持つ銃を壊しそうな勢いで。
「ハンス、駄目だったというのか……?」
――妹を、失ってしまったというのか。