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死神少女  作者: 平乃ひら
Neun
158/163

158.ハンス12

 ペシェルの心臓が撃ち抜かれたと知った瞬間、スティーブは「下がれ!」と叫んでいた。

 何人が反応出来ただろうか、すぐさま窓を一瞬にして全て叩き割って雨の如く撃ち込まれてくる銃弾の中で奇跡的に一発も当たらずに後退出来たのはもしかしたら自分だけかもしれないとスティーブは苦々しく見回して、すぐに解ったことだったが迂闊な行為に激しい憤怒と後悔を覚える。十人ほどいた刑事の内、三人はあの部屋の中でとっくに事切れており、さらに一人が手を伸ばしている。


「ローマン!」


 若い刑事が中へ飛び込もうとするのをスティーブが手を掴んで止める。


「なんで止めるんですか! あいつが中で――」

「わかっている! だが死にに行くつもりか!」

「それでも!」


 スティーブの手を振り解いてその刑事は中へと飛び込み、そして容赦なく身体に銃弾を受けて二人とも死んでしまう。


「……!」


 警察署はすでに囲まれている。

 あれだけの銃弾の嵐だったのだ。一体何人の悪魔とも呼べる連中がここを囲み、牙を研いでいることだろう。いざとなれば一斉に突撃して全滅も可能だろうに、そこまではしないのだ。


「スティーブ! 下でも大変なことが!」

「……今度は何だ!」

「暴動が起こった! 誰かが銃を撃ったらしい!」


 下を見張っていた刑事の一人が走って来てそう報告し、署長室の中を覗き込んだ瞬間に「うっ」と呻いた。


「……中に入るな、蜂の巣にされる」

「ああ……そのようだ」


 同僚をなんとかしたい気持ちは誰もが同じだったが、しかしどうしようもない。署長室に入れば先程の刑事と同様に殺されてしまうだろう。


「市民達はたった一人が銃を撃ったことによってもう歯止めが効かなくなっている」

「具体的には?」


 そう質問を投げておいて、スティーブはその答えをとうに予想していた。いや、予想というよりも既に知っていたという感覚に近い。そして彼からの返答は予想通りに最悪なものだった。


「疑心暗鬼が頂点に達して……殺し合いを始めている」

「銃を撃った奴はおそらく『あいつら』の仲間だろう。虎視眈々と全員の不安が爆発する瞬間を狙い、適当な奴に狙いを定めて撃ち殺した。そうすることによって彼らは勝手に自滅する。――それどころかその暴動はさらにケープ市全体へと広がっていく」

「そして市全体が暴走したのを見計らい、鎮圧という名目をもってここに住む連中を全員殺す算段というわけか? くそったれ、滅茶苦茶過ぎる。一体俺達が何をしたっていうんだ!」


 実際、彼ら自身は何もしていないだろう。スティーブはそれでも憤る同僚を宥める言葉が見付からずに黙り込んでしまう。

 事態は最悪だ。このままでは上の階にまで市民は銃を持って乗り込んでくるだろう。今となっては警察の威厳など何の役にも立たない。何しろ彼らは警察に頼るのではなく自らの力で恐怖に負けてしまい、自らの手で『犯人』を葬らなければ止まらないのだから。

 もし彼らが犯人を求めてきたのなら、答えを提示するのは実に簡単だ。真実を述べればいい。


(信じる信じないは別としてな)


 だから事態は最悪なのだ。ココまで来たのならもう止められない。


(いや……これも連中の想定内かもしれない)


「全員集合! ここを最終防衛ラインとして陣形を組め! 今や市民といえど暴徒だ! 殺してはならないが、鎮圧を最優先とする! つまり『この警察署から連中を一歩も外へと出すな!』」


 我ながら無茶な命令を下していると自覚している。いくら素人とはいえあれだけの数が凶器を持っているのだ。数の差にして数倍。到底抑え込める筈もないが、しかしここに集まっている市民は恐らく尤も恐怖に直面し、そして間違った決意を胸にしている。外に出してしまえば自分の思い込んだ犯人と思しき人間を無差別に殺して回る可能性がある。


(そしてそれは、政府にとって丁度良い口実になる。暴徒鎮圧という名目ができあがり、全滅させられる)


 だからこそ警察としてせめて市民を守る役目を果たさなければならない。


「まぁ、死に時かもしれんな」


 結局は弟妹を守れなかった罰がここにきて回ってきたのかもしれない、と新しい煙草を咥えながら自嘲する。

 部屋の中には籠もれない。窓から狙われている危険性がある。だとするならば中央を通るこの廊下で全員を抑え込むという絶対不可能な目標をクリアしろ――スティーブは自分を信頼している同僚にそう命令を下した。


(もし生き残ったら)


 同僚から銃を受け取って、弾を確認する。


「たまには兄らしいことをしてやろうか」


 兄らしい答えを見つけるのはなかなかに困難だ。

 そう考えたらとても楽しくなってきて、スティーブは死地へ向かって歩きながらも笑っていた。


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