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死神少女  作者: 平乃ひら
Neun
150/163

150.ハンス4

「ひえぇ……」


 店の主人が情けない声を上げるのも仕方なかった。

 死んではいないものの、六人ぐらいの集団が一方的に殴られて動けなくなっているのだから。派手な怪我をしている者は二人か三人ぐらいで他は脳震盪を起こして倒れている。


「ふぅ……」


 生き残る為のサバイバル知識と特定の条件下における状況判断、行動力、実際の戦闘能力の差、そして叩き込まれた格闘術は全て父親に教えてもらったものだ。施設から抜け出した自分を拾った父親はそのままハンスを連れて世界中を旅して回り、あらゆるところであらゆる技術を身につけさせた。今でも山に籠もればその場の自然を利用した罠で獲物を捕まえ、ナイフ一本もあれば綺麗に捌いて鍋の材料にするぐらいの自信はある。ケープ市に戻ってきたのは三年前だが、その時の経験はここ数週間でいかんなく発揮されている。余り相手を傷つけることはしたくないので必ずこうしてしまう技術は使用しないようにしていたのだが、いざ本気を出したハンスを相手に素人が太刀打ちできるはずもなかった。

 これらも全て教え込まれた知識故のもの。

 まるで今の状況になることを知っていたかのように――


(そんな親父も今や行方不明か)


 母親と外国まで仕事に出て行ったきり帰ってこない。もう二度と会えないと判断するのが妥当だろう。何しろ自分の立場を考えれば両親が放っておかれるわけなどないのだから。いくら卓越した上を持った父親といえど、組織だって追われてしまえばひとたまりもない。

 だから捕まる前に技術を自分に叩き込んだのだろう。

 ――そう、生き残る為に。


「よし、行こう。ごめんな、もう一度神教官府へ行くことになるけど」

「ううん……あそこには先生もいるから。やっぱり放っておけないもの」

「先生?」

「うん、ベルンホルト先生。私達に色々教えてくれてるの。先生も捕まってるから」

「ベルンホルトって……まさかベルンホルト・ベックなんじゃ……?」

「おいおい、のんびりしてないで早く行こう。ここにいたら心臓が幾つあっても緊張で壊れちまうよ」

「あ、ああ」


 店の主人に促される形でハンス達は神教官府へと急ぐ。運が良かったのか、実際に神教官府の前まで誰とも出会わなかった。


(……ここにテースが)


 ケープ市の中でも一、二を争う堆き棟は自分達を見下ろしながら来訪者を待ち受けている。もしこの中にテースがいるというのなら中では何が起きているのか、ハンスといえど想像が及ばない。

 だが、逆に考えればテースがいるということは無駄な殺人は起きないだろう。生殺与奪は死神である彼女が握っており、そんな彼女を前にして他者が他者を殺せる筈もない。あのホマーシュですら死神を前にしたら縮こまった子猫同然になってしまうのだ。もしメイ達を守る場所があるとするならば、それは案外テースの傍ではないか。


(また俺は……そんなことを。変なところで彼女に頼ってどうするんだよ)


 死神と呼ばれる少女が望んでいるのは頼られることではない。むしろ逆だ。


「行こう」


 だからそういう淡い期待すら飲み込んで、ハンスは神教官府の閉ざされた巨大な戸を開く。霧が発生する夜ならいざ知らず、普段なら解放されているという関門開きの扉がこの時間に閉まっているのは珍しい。かといって神教官府に出入りする一般の人はそうそういないのだが。


「誰も居ない」


 扉があっさり開いたことも驚きだが、中には誰もいなかった。受付のところに目をやると無造作にペンが転がっている。先程まで人がいたのだろうか。

 忽然と人が消えた建造物の中は空気すら動いておらず、どことなく全体の色も褪せているようだった。不気味な沈黙を守る神教官府の体内の中でハンスはさらに注意深く周囲を観察するも『人がいない』という最大の異常事態を除いては妙なところは見つからない。


(慌てて逃げ出したのか?)


 理由こそはっきりしないものの、避難した可能性はある。だからところどころ整理されておらずに放っておかれているだろう。扉に鍵が掛かっていなかったのもそういう理由かもしれない。


「上に――」


 メイが階段を指差す。


「悪魔が居ます」

「……悪魔、か」

(その表現は得てして妙だろう)


 誰も居ないのならば隠れているにはうってつけともいえる。ハンスは二人にここのどこかへ隠れているように言いつけてすぐ階段を駆け上っていった。最上階までは相当の階数を昇らなければならないが、別にそこにいるとも限らない。

 途中の階で何度か足を止めたものの、すぐさま「ここじゃない」と判断を下した。見ていないから確実ではないものの、心の中では確信していた。――死神が放つ圧倒的な殺気の残り香ともいうべきものが無いからだ。

 だとしたらさらに上へ――

 そして何階に至ったところだろうか、さすがに息が切れてきたところでハンスはふと足を止めてしまう。この階にテースは居ない。

 ――死神と呼ばれる存在は居ない。

 それにも関わらずここで足を止めろと言われたような錯覚を起こしたのだ。


「……」


 テースが居ないのなら用はないというのに、この階の奥が妙に気になる。ただの勘に頼りすぎるのも良くないことだと自覚しているのに、ハンスはその勘を無視して先に進めなかった。


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